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私の語学スタイル

第 9 回
言葉や文化が違っても、音は変わらない

009

Style1
自分のルーツを知ること

 ネパール出身のボビンさんは、日本を中心に活動するシンガーソングライターだ。ギターを片手に、全国各地を周っている。
 ボビンさんが来日したのは、1996年のこと。目的は、語学学校への留学だった。お父さんが親日家だったこともあり、もともとネパールでも日本語学校に通っていたのだという。その後、日本の大学へと進み、本格的な音楽活動をスタートした。
 ボビンさんの音楽は、やわらかい雰囲気の弾き語りが中心だ。平和、環境、調和などをテーマに、メッセージ性の高い音楽を発信している。
 日本に暮らして13年目のボビンさん。異文化を理解する、ということは口で言うほどやさしいことではない、と言う。
 「文化って、その場所が生活の基盤になってはじめてわかっていくもの。そこの人々と生活を一緒にしてみないと、ほんとうの文化はわからない。でも、異文化に触れることで、それをきっかけに自分のルーツを知って、それに感謝の気持ち、リスペクトが湧くっていうのが大切なこと」
 実際、ボビンさんは日本に暮らして、故郷に対する思いが変わってきたのだという。
 「日本に来ていちばん変わったのは、自分の地元の良さがわかったこと。人間てやっぱり、若いころはすごく反抗心がある。自分の地元はダサイと思っていたけど、今ふり返ってみると、あそこに生まれてよかったな、育ってよかったな、と感謝できるようになった。それが日本で生活していちばん学んだことかな」
 また、音楽面でも変化があったのだそう。
 「どこでも若者は、自分の文化の伝統的なものは、ダサイって思うのが普通だと思う。自分も、ネパールの古い音楽には刺激を感じなかった。ロックとかレゲエとか、外から来たもののほうが刺激が強くて、そういう音楽ばっかりやっていた」
 しかし来日後、伝統的な音楽のよさがわかるようになったのだという。そして、伝統音楽と、西洋の音楽との「融合」「調和」が現在のボビンさんにとって、ひとつの大きなテーマとなっているのだ。

Style2
いちばん「ゆるい」言葉がいい

 日本語がペラペラのボビンさんだが、ボビンさんの歌は英語が中心だ。英語で歌う理由は、ただ単に「いちばん大勢の人が理解する言葉だったから」なのだという。
 ボビンさんの故郷ネパールは、多民族国家。ひとくちにネパール人と言っても、地域や民族によって文化も違えば、話す言葉も違う。ボビンさんの母語は、ネワール語という言葉だ。
 「ネワール語で歌っても、ほとんどの人は理解できない。自分はネパール人だけど、ネパール語で歌っても、英語で歌っても、自分にとっては外国語だった」
 ただ、ネパールで音楽をはじめたときは、ネパール語では歌いたくない、という気持ちがあったのだという。
 「今は、よく日本語で歌えば、って言われるけど、言葉はしゃべるのと書くのは全然違うもの。特に歌詞は、まだ日本語で書けるほどの能力はない。うそくさい部分が出ちゃうから。歌詞は、なるべくシンプルな英語で書くようにしてる」
 作詩をするときには、同じことでもいちばん「ゆるく」言える状態をこころがけているのだそうだ。
 「たとえば "I love you." って言うと、すごく自然に聞こえるけど、それを『愛してる』って言うと、『うーーーん』っていう気持ちになる。そこがたぶん、言葉のいちばん難しいところかな」

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関連紹介

  • ■ ボビンさんオフィシャル
    ページ
    http://slowburning.seesaa.net/
  • ■ ボビンさん 1st アルバム
     

    Rainbow Vibration
     
    フジロックや RISING SUN などに出演してきた bobin の、ソロ名義では初となるフルアルバム(2007)。キャンドルの灯火を人生になぞらえた “SLOW BURN­ING” をはじめ、ライブで演奏され音源化の要望が絶えなかった名曲を多数収録している。
  • ■ bobin and the mantra
    最新アルバム
     

    Songs of Love
     
    ネパール人と日本人の混合 4 人組、bobin and the mantra の 3 作目。ネパールやインドの民族楽器を使用した“ワールド”でオーガニックな楽曲を披露する。和やかなアンサンブルは優しくポジティヴなメッセージを発し、聴く者を心地良いどこかへと誘っていく。
 

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