Web英語青年

Web英語青年ブログ

  • 最新配信
  • RSS

路上にて

路上にて

カテゴリ : 
くもの脚(著者が散歩などで発見したこと)
執筆 : 
Tom Gally  投稿日 2009-4-23 9:30
私は今年3月、『英語青年』最後の紙版で次のことを書いた。昨年12月、東京のある駅の前で見かけた中年女性についての話だ。
彼女は、慌ただしい人混みの中、歩道橋下の柱の前に静かに立っていて、汚れた広告板を手に持って『私の志集』と題された詩集を1冊300円で売っていた。彼女を見てびっくりしたのは、東京でも路上で詩集を売る人が珍しいからではない。四半世紀前に、私がその駅を使って日本語学校に通っていた時に、同じ女性が同じ広告板を持って同じ落ち着いた顔つきで詩集を売っていたからである。そのとき、彼女の詩集を何回も買おうと思ったが、勇気はなかった。しかし、歳を取るメリットの一つは、知らない人に話しかけようとすると怖じ気づく気持ちが減ることである。今回は躊躇なく彼女の『志集』を買った。謄写版のような簡易印刷で刷られ、手作業によりホッチキスで止めたようなその小冊子は、もう第40号に達している。その晩は帰りの電車で、また次の日以降は大学の研究室で何回も詩集を読み返して、詩人のことを思い返した。この25年間、その駅の周辺は再開発と再々開発ですっかり様子が変わったが、彼女がそこで自分の言葉を都会人に提供しつづけていることは感慨無量である。
昨夜、久しぶりにその駅前を通りかかると、この女性は同じ場所に立っていた。「第41号は?」と訊いたら、彼女は「6月以降に出る」と答えた。私は代わりに、まだ持っていなかったバックナンバー1冊を購入した。6月以降、また詩人を探してみる。

(上記引用文が活字になってから、彼女の詩集の題名は『私の志集』ではないことに気が付いた。副題は「志集」だが、題名は各号違う。『英語青年』紙面上では不可能になったので、こちらで訂正する。)

▲ページトップに戻る