今回から2回にわたり、認知言語学(Cognitive Linguistics)という学問の考え方を用いたコーパスの活用例を紹介します。コーパスには、大量の言語データが収集されているという特徴と、収集された用例が相互に関連しており、全体がまとまりのある談話を構成しているという特徴があります。この2つの大きな特徴に注目しながらコーパスのデータを見ていくと、文脈から切り離された少数の例を見ているだけではわからないような言語の特徴を捉えることができます。特に、認知言語学では、人間による世界の捉え方が、言語の様々な特徴を動機づけると考えます。認知言語学的な見方を用いてコーパスからのデータを考察することで、英語の使用者が文化や社会の中でどのように世界を捉えているかが見えてきます。
認知言語学と聞くと、小難しい感じがするかもしれませんが、簡単に言うと、人間の認識の仕方が、どのように言語の文法的な振る舞いや意味に影響を与えているかを扱う学問です。ことばの使い手である人間は、五感を通して世界を認識し、捉えたものを言語化します。そのため、言語の中には、人間が世界をどのように捉えたかが、様々な形で反映されています。 次の例を見てください。
(1)
a. This glass is half full. (1) の各文は、「コップの中に水が半分入っている」という点では、同一の事態を表しています。しかし、これらの文では、話者が事態のどこに注目しているかに違いがあります。(1a) のように、「コップが半分満たされている」と言う場合は、残っている水の量が注目されています。一方、(1b) のように「コップは半分空いている」と言う場合は、なくなった水の量が注目されています。(1) の各文は同一の事態を表していても、話者が事態のどこに注目するか、すなわち、世界をどのように捉えるかが異なるため、(1a) では full, (1b) では empty という異なる語彙が使われているのです。 もうひとつ、人間が世界を捉える方法が言語表現に反映される例を見てみましょう。
(2)
This highway runs from east to west. (2) は客観的に見れば、静的な事態を表していると言えますが、この文の発話者は高速道路の形状を心的に追っています。つまり、(2) の動詞 run が表すのは、主語となる高速道路(This highway)の移動ではなく、東から西へと続く高速道路を心的にたどる話者の心の中の軌跡です。また、この文は話者の視点が東から西へと移動していることも表しています。話者は高速道路の形状を見るために、「東から西へ」目線を動かすことも、西から東(from west to east)へ目線を動かすこともできます。どちらの方向へ目線を動かすかは、話者がどのように世界を認識するかに関係する問題です。日本語にも「東西に走る高速道路」という表現がありますが、同様のことが言えます。 以上はほんの一例ですが、人間による世界の認識の仕方は、ほかにも様々な形で言語の中に入り込んでいます。
このように、認知言語学では、人間の認識の仕方と言語の関係を見ていきます。では、この枠組みではどのようにコーパスを使うことができるのでしょうか。まず、コーパスに収集されている大量の言語データは、認知言語学が提唱する様々な仮説を実証的に検証する手段となります。コーパスからのデータを収集することで、言語が文脈の中で実際にどのように使われるかという観点から分析を進めることができます。 逆に、認知言語学はコーパス内に現れる語彙の分布や出現頻度がなぜそのようになっているのかを論じるヒントを与えてくれます。つまり、ことばの構造や意味は人間による世界の認識方法によって動機づけられているため、コーパス内の語彙の分布や出現頻度を観察することで、人間がどのように世界を認識して、言語化しているかを考察することができます。
今回の分析では、以前にも紹介された The British National Corpus(BNC)を用います。BNC は約1億語のイギリス英語からなる汎用コーパスです。書き言葉が9割、話し言葉が1割であり、各単語には品詞に関する情報がついています。BNC は以下のアドレスからアクセスできます((i) は有料、(ii) (iii) は無料です)。[1]
(i) http://bnc.jkn21.com/index.html 分析対象としては、英語の第二文型(SVC)で使われる5つの動詞を見ていきたいと思います。英語の自動詞には、(3) の go, come, fall, grow, turn のように、直後に形容詞を取り、「〜 になる」という状態変化や「〜 である」という状態を表す動詞群があります。[2]
(3)
a. The science experiment went wrong. これらの動詞は、動詞の後に現れる形容詞が主語の結果・状態を表しているという特徴があります。これらの動詞がどのように使い分けられているのか、日本人の英語学習者にとってはわかりにくいところもありますが、コーパス内の語彙の使用を探ると、各動詞がどのような事態と関連しているかが見えてきます。 BNC は品詞情報がついているコーパスですので、5つの動詞 go, come, fall, grow, turn に形容詞が続く形を検索することで、該当例を取り出すことができます。
最初に、go と come に注目したいと思います。go と come は基本的には移動の意味を表しますが、第二文型(SVC)で使われ、主語の状態変化を表す用法が存在します。そこで、BNC を用いて動詞 go と come に続く形容詞を検索してみると、次のような結果が出ました。[3] 表1の go と come の横のカッコ内の数字は、BNC 内で動詞として用いられた go と come の頻度です。
表1. BNC における “{go / come}+形容詞” の頻度[4]
表1のように、動詞(go / come)と形容詞の組み合わせの頻度を比べると、go と come では共起する形容詞に大きな違いが見られます。まず、go を見てみると、直後には wrong や mad などの悪いイメージを持つ語が続いています。また、bust, bankrupt など普段それほど頻度が高くない形容詞も上位に現れていますが、これらの形容詞も好ましくない状態を表します。その他の語の多くにも同様の傾向が見て取れます。ここから、“go+形容詞” は、主語が好ましくない状態へ変化することを表すと言えます。対照的に、come と共起する形容詞には、「現実になる」「活気づく」「白状する」など好ましい状態を表す形容詞が上位にきます。[5] ここから、“come+形容詞” は、主語が好ましい状態に変化することを表すと言えます。 では、なぜ、go は好ましくない変化に、come は好ましい変化に使われるのでしょうか。それは、話者が自分の周りの領域をどのようなものとして捉えているかと関係がありそうです。go と come は移動動詞として使われる場合、話者の位置も表します。つまり、話者を中心に考えた場合、話者の領域から出ていく事態を go が、話者の領域に入ってくる事態を come が表します。また、go は、話者のいない場所から話者のいない別の場所への移動も表します。 これらの go と come の使い分けから、人間が、自分がいる領域をその外側に広がる領域とは異なるものとして認識していることがわかります。つまり、様々な移動の中で、自分の領域に入ってくる移動だけを come という表現に担わせ、go とは区別して使用しているのです。同様に、日本語でも「行く」と「来る」には使い分けがあります。自分のいる領域とその外側の領域は、様々な言語で語彙的に区別されています。 ここで、状態変化を表す go と come について考えてみましょう。go と come の移動用法と状態変化用法を対応させてみると、次のようになります。
自分の領域から出ていく go は好ましくない状態への変化を、自分の領域に入ってくる come は好ましい状態への変化を表していることがわかります。ここから、話者は自分の周りの領域をその外側の領域と区別しているだけでなく、前者を快適で好ましいものとして捉え、後者を不快で好ましくないものとして捉えていると考えられます。つまり、自分の普段いる領域は慣れ親しんだ快適な場所として捉えられているため、好ましい状態への変化は come によって表されます。一方、好ましくない状態への変化は、自分がいる快適な空間から出ていく go によって表されているのです。このように、コーパス内の go / come と形容詞の結びつきを見ていくことで、人間が自分の周りの領域をどのようなものとして捉えているかが見えてきます。
状態変化を表す動詞には、go と come 以外にも、fall, grow, turn などがありますので、少し傾向を見てみましょう。
表2. BNC における “{fall / grow / turn}+形容詞” の頻度
コーパスを見ることで、fall, grow, turn もそれぞれ共起する形容詞に違う傾向があることがわかります。fall には、asleep, silent, ill, dead など静かで力がない状態を表す形容詞や、short, foul など悪い状態を表す形容詞と共起する傾向が見られます。[6] 次に、grow は、old, strong, tired など体に起こる変化や、large, big, tall など目に見える体積の増加を表す形容詞と共起する傾向が見られます。また、上位の形容詞はすべて比較級にできるなど、段階的に起こる変化を表しています。最後に、turn は多くの場合、色の変化を表す形容詞と共起しています。このように、3つの動詞では、どのような結果・状態を表すかが異なります。 これらの違いも、認識の仕方と関係していると思われます。つまり、弱々しく力のない結果状態が「落ちる」事態に、段階的に肉体に起こる変化が「成長する」事態に見立てられています。また、色の変化などこれまでとは全く違った状態への変化は、「回転する」事態に見立てられていると言えます。
このように、コーパスを見ることで、状態変化を表す各動詞がどのような形容詞と結びつきやすいかが明らかになります。例えば、コーパス内の go / come と形容詞の結びつきを見ると、それぞれの動詞にはどのような事態の変化を表す傾向があるかがわかります。さらに、その理由を認知言語学的に考えることで、人間が自分の周りの領域をどのようなものとして捉えているかを推測することができます。もちろん、これはまだ仮説の段階であり、人間が自分の周りの領域を好ましいものとして認識しているかどうかを調べるためには、in / out, here / there, take / bring など、内側と外側を区別する表現をさらに考察していく必要があります。 最後に、コーパスを用いて分析する上で注意すべき点をひとつ挙げたいと思います。それは、コーパスに載っている情報と載っていない情報を区別することです。コーパスには大量の言語データが収集されていますが、語を構成する2つの要素である形式と意味のうち、意味に関する情報は収集されていません。しかし、コーパスには、相互に関連した大量のデータが収集されています。そこで、語が使用される環境を見ていくことで、語が表す意味がどのようなものであるかを推測することができます。さらに、コーパスは辞書とは異なり、例文の前後の文脈も見ることができるので、文脈の中で語がどのような役割を持ち、どのように使用されているかをより深く観察することができます。そのため、語が使われる文脈に注目することで、言語を使用する人間がどのように世界を捉えているかを探ることができます。
今回は認知言語学の考え方と、認知言語学の中でどのようにコーパスを用いることができるかを紹介しました。次回は、具体的にコーパス内の言語現象を見ながら、コーパスから見えてくる英語話者の物の見方について考えていきたいと思います。
〈参考文献〉 西村義樹・野矢茂樹. 2013. 『言語学の教室――哲学者と学ぶ認知言語学』東京: 中公新書. 高橋英光. 2010. 『言葉のしくみ――認知言語学の話』北海道: 北海道大学出版会. 山梨正明. 2000. 『認知言語学原理』東京: くろしお出版.
〈注〉 [1] BNC の詳しい情報については、連載の第2, 3回目を参照してください。 [2] 第二文型で使われる動詞については、『徹底例解 ロイヤル英文法(改訂新版)』(旺文社)の pp. 36-37を参照してください。 [3] 本稿では、(i) http://bnc.jkn21.com/index.html から入手できる BNC を使用しています。表1と表2の単語は、BNC において形容詞の品詞タグがついた語を集計したものです。 [4] コーパスを用いて定量的な分析をする場合、その分析結果には、調査対象外の例(いわゆる、ゴミ)がある程度は混ざります。例えば今回の調査では、結果・状態を表す5種類の動詞が第二文型(SVC)で使われる例をコーパスから収集するために、“動詞+形容詞” の組み合わせを検索しましたが、検索結果には、形容詞が第三文型(SVO)の O を修飾するもの({come / turn} full circle)や、動詞が物理的な移動を表しているもの(go {straight / left}, come early など)が混ざっています。コーパスの検索結果が集めたい現象と一致するかは、責任を持って確認する必要があります。 [5] “come+形容詞” には、辞書では成句として扱われているものが多く見られます。例えば come clean は、「白状する」という意味の成句とされています。一見すると、これらの例は今回の分析の対象ではないように見えるかもしれません。しかし、He came clean. のような文は、「彼はクリーンになった」という主語の状態を表す意味から、「彼は白状した」というような意味に拡張しているため、第二文型と言えます。
[6]
fall short の short は、多くの辞書では形容詞ではなく副詞として扱われています。
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