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リレー連載

 実践で学ぶ  コーパス活用術

31

迫田 久美子

学習者コーパスに見る日本語習得のストラテジー

― 教師の教え方と学習者の学び方 ――

© (WT-shared) Matthew 6476

 

 1  教師の文法と学習者の文法は違う?

(1) 「[魚を]火の上(→で)焼きます」 (KY コーパス英語話者)
(2) 「頭の中(→で)別のこと、考えています」 (C-JAS 中国語話者)
(3) 「私の姉はひとりでソウル(→に)住んでいます」 (KY コーパス 韓国語話者)
(4) 「パチンコ屋(→に)子供がいますよ」 (C-JAS 韓国語話者)

 (1)〜(4)は、日本在住の日本語学習者の KY コーパス、および C-JAS の発話データに見られた、位置や場所を示す助詞「に・で」の誤用です。英語や中国語には助詞に当たるものがないため、これらを母語とする学習者に日本語の助詞の誤用が観察されるのは、古くから母語の影響だと考えられてきました。しかし、助詞がある韓国語の話者にも同様の誤用が見られることから、ある習得段階においては学習者共通の誤用だと考えられ、母語干渉以外の要因である可能性が推測されます。

 (5)〜(7)は、日本の大学に進学する目的で日本語を学んでいる学習者のコーパス C-JAS に見られた「じゃない」に関する誤用例です。

(5) 若いじゃない(→若くない)、もうすぐ30になります」 (C-JAS 中国語話者)
(6) 「私はすぐ(は)死ぬじゃない(→死なない)」 (C-JAS 韓国語話者)
(7) 「[勉強を頑張っていないので]もうちょっといいじゃない(→よくない)です」 (C-JAS 韓国語話者)

 「じゃない」は、否定表現「ではない」の縮約形です。授業で否定形を教える場合は、普通体より丁寧体が先に導入されるのが一般的です。つまり、まず「ではありません」が教えられ、その次に縮約形の「じゃありません」が導入され、その後に、普通体の「ではない」「じゃない」が導入されることになります。

 

 2  教科書における「に・で」と「じゃない」の導入

 現在、市販されている日本語の教科書で「に・で」と「じゃない」の扱いを調べてみましょう。各教科書が、どのような構文で導入しているかをまとめてみました。まず、「に・で」の扱いを表1に示します。

 

表1. 教科書別の「に・で」の扱い
教科
『日本語初歩』
(国際交流基金、1985)
あそこ 何が ありますか。
れいぞうこの 中 なにが ありますか。
3 15
あなたは 花や なにを かいましたか。
わたしは 花や ばらの 花を かいました。
6 42
『みんなの日本語 初級 I』(初版)
(スリーエーネットワーク、1998)
机の上写真があります。
箱の中何がありますか。
10 80
わたしは 駅 新聞を 買います。
どこそのかばんを買いましたか?
メキシコ買いました。
6 46
『新文化初級日本語 I』(初版)
(文化外国語専門学校、2000)
冷蔵庫の中ビールとおさしみがあります。 5 35
財布ですか。どこ落としましたか。 7 58

 

 表1を見ると、いずれの教科書でも、「に」は「〜に…があります」の存在構文で導入されています。また、「で」は「〜で…V ます/ました」の動作動詞の構文で導入されていることがわかります。

 指導の手引では、位置や場所を示す格助詞「に・で」について、「に」が「います・あります」と共起して、存在構文で使われること、「で」が「買う」「落とす」などの一般動詞と共起して、動作の行われる場所を示すことが述べられています。

 次に、「じゃない」の導入を見てみましょう。表2は、教科書別の「ではありません・じゃない」の初出の例文をまとめたものです。

 

表2. 教科書別の「ではありません・じゃない」の扱い
教科
『日本語初歩』
(国際交流基金、1995)
いいえ、わたしは フランス人では ありません 1 1
いいえ、あしたは いい 天気では ないでしょう 10 78
『みんなの日本語 初級 I』(初版)
(スリーエーネットワーク、1998)
サントスさんは学生じゃありません 1 6
活用練習:きれいじゃありません⇒きれいじゃ ない
あめじゃありません⇒あめじゃ ない
20 66
『新文化初級日本語 I』(初版)
(文化外国語専門学校、2000)
いいえ、それはわたしのじゃありません
いいえ、教科書じゃありません
2 25
いいえ、静かじゃありません 4 34
物価も高いし、うるさいし、あまりいい環境じゃないと思います。 13 112

 

 表3から、いずれの教科書でも「ではありません(じゃありません)」の導入が先に行われ、その後に「じゃない」が導入されることがわかります。「ではありません」は丁寧体「です」の否定形で、その縮約形が「じゃありません」であると導入します。具体的には、「サントスさんは学生です」の否定形は「サントスさんは学生ではありません」、その縮約形は「サントスさんは学生じゃありません」となります。

 丁寧体「です」に対し、同僚や親しい人に使う普通体「だ」があり、その否定形が「ではない」となり、その縮約形が「じゃない」となります。具体的には、「明日は雨だ」の否定形は「明日は雨ではない」となり、縮約形は「明日は雨じゃない」となります。

 

 3  日本語学習者の学び方――学習者のストラテジー
3.1 場所を示す格助詞「に・で」に関するユニット形成のストラテジー

 学習者は、習得の初中級や中級段階で、日本語を固まりとして覚える傾向があります。特に、格助詞のようにそれ自体に意味を持たない機能語は、意味のある名詞や動詞とユニットを形成して覚える傾向が見られます。

 迫田(2001)は、冒頭のように「に・で」の誤用が母語の違いにかかわらず産出されることから、先行研究と C-JAS のデータに基づき「に・で」の誤用例を調べました。その結果が表3です。表内の(A)〜(D)はそれぞれの誤用例の出典を表しています。[1] ●は文献やデータに誤用例があったことを、○は正用例があったことを示し、誤用例の直後の( )は出典の記号を表しています。

 

表3. 「に」と「で」を含んだ名詞句の正用・誤用例の出現(迫田2001・改)
助詞 文献
(A) (B) (C) (D) 誤用例(出典)
後ろに *テレビのうしろに窓です。[2](B)
隣に *わたしのへやのとなりにピーターさんのへやです。(B)
中に ●○ *その中に印象的だったのは清水寺でした。(C)
前に *たばこ屋の前に会うように言って下さい。(C)
〈地名〉に *ネパールには今も90%の人口は農業〜。(B)
田舎に  
食堂に  
大学に ●○ *大学に試験をうけておどり[おち]ました。(D)
後ろで  
隣で *私は日本人の隣で座っていました。(B)
中で *部屋の中で、こたつとベッドがあります。(A)
前で  
〈地名〉で *東京で住んでいます。(D)
田舎で *タイでは病院があるんで[です]けど、いなかでありません。(C)
食堂で *食堂でごはんを食べに行きます。(C)
大学で *ヘブライ大学で留学して、来年〜。(A)

 

 この表から、「に」の誤用には「後ろ/中/前」などの相対的な位置を表す名詞の場合に使用されている例が多く、地名や建物を表す名詞の場合には少ないことがわかります。また、「で」の誤用には地名や「大学/食堂」などの建物を表す名詞の場合に使用されている例が多く、反対に、相対的な位置を表す名詞には少ないことがわかります。このことから、迫田(2001)は学習者の「に」と「で」の誤用について、(8)のような学習者独自の学び方、使い分けの規則があるのではないかと考えました。

(8) 日本語学習者の「に」と「で」の学び方、使い分けの規則
  ■相対的な位置を表す名詞には「に」を使う (例:*門の前に話をしました。)
  ■地名や建物を表す名詞には「で」を使う (例:*東京で住んでいます。)

 迫田(2001)は、(8)の学習者自身の学び方、使い分けの規則を検証するために、韓国語母語話者、中国語母語話者、その他の言語の母語話者で日本語学習歴1年半程度の中級レベルの学習者各20名、計60名と日本語母語話者20名を対象として、(9)のような多肢選択の穴埋め調査を行いました(調査では網掛け、○ ×表示なし)。

(9) a. 100万円あったら、友達といっしょに外国(で× に〇)あそびに行きたいね。
  b. 図書館(で○ に×)食べ物を食べてはいけません。
  c. れいぞうこの中(に× で○)、きのう買ったパンがかたくなっている。
  d. 駅の前(に○ で×)白い建物の銀行があります。

 もし、(8)の仮説が正しければ、学習者は(9)a, b には「で」を、(9)c, d には「に」を選択することが予測されます(網掛け部分は学習者が選択すると予測される助詞を示しています)。したがって、「地名/建物+に」「位置+で」の正答率は低いこと、「地名/建物+で」「位置+に」の正答率は高いことが推測されます。図1の結果を見てみると、仮説通り、学習者は母語の違いにかかわらず、「地名/建物」には「で」を、「位置」には「に」を選択しやすいことがわかりました。

 

図1. 「に・で」の調査における正答率

 

 この結果から、学習者は習得過程のある時期、中級レベルにおいて、場所の格助詞「に・で」に関しては、動詞ではなく、前に接続する名詞と共に固まりのユニットを作って選択している可能性が示唆されます。

 固まりのユニット形成には、ほかにも以下のような例が観察されます。(10)では存在動詞「ある」に対し、「が+ある」のユニット、(11)では思考動詞「思う」に対し、「だ+と思う」のユニットが形成されている可能性が示唆されます。

(10) [スキューバダイビングのライセンスは] 4つがあるけど。 (C-JAS 韓国語話者)
(11) できれば、それ、一番いいだと思うけど。 (C-JAS 中国語話者)

3.2 「じゃない」に関する否定形の付加のストラテジー

 家村・迫田(2001)は、(5)〜(7)に見られるような「若いじゃない(→若くない)」「死ぬじゃない(→死なない)」が、ほかの学習者にも同様に観察される誤用かどうかを確かめるために、聴解と認識の2つの実験調査を行いました。中国人留学生の初級・初中級・中級レベル各10名、計30名と日本語母語話者10名を対象として、聴解テストの場合は、(12)のような否定表現の誤用例と正用例を含む会話を聞かせ、B の文の内容が文法的に正しいかどうかの判断をさせました。

(12) 調査文の内容(調査用紙には B の部分は「○×」のみが印刷されている)
  a. A:毎日、国に電話をかける?
  B:音声のみ(毎日? そんなにかけるじゃないよ。1カ月に1回ぐらいかな。)(○ ×)
  b. A:朝はいつもどんなものを食べるの?
  B:音声のみ(朝は何も食べないよ。)(○ ×)

 さらに、後日、同じ学習者を対象として、同じ内容を聞かせ、調査用紙には課題文を示し、この文の下線部の文法的正誤判断をさせ、誤りだと判断した場合は、わかる範囲で正用を示す認識テストを行いました。

(13) 調査文の内容(調査用紙には B の部分は記載されており、誤用と判断したら下線部に正用を書く)
  a. A:毎日、国に電話をかける?
  B:毎日? そんなにかけるじゃないよ。1カ月に1回ぐらいかな。(○ ×)
(×の場合は訂正 _______ )
  b. A:朝はいつもどんなものを食べるの?
  B:朝は何も食べないよ。(○ ×)
(×の場合は訂正 _______ )

 2つの実験調査の結果は、図2と図3の通りです。

 

図2. 聴解テストの正答率
図3. 認識テストの正答率

 

 2つの図から、次のことがわかります。

1学習者は、聴解テストでは動詞・イ形容詞にかかわらず、「*若いじゃない」「*電話をかけるじゃない」のような誤用を誤用だと判断する割合が低く、その傾向は初級〜中級レベルに見られ、特に初中級レベルの正答率が低い。
2認識テストでは、初中級と中級レベルでは、誤用だと判断できる割合が高くなり、文字を見て誤用訂正する場合は、聞くだけに比べると正答率が高くなる。しかし、初級レベルでは、文字による正誤判断においても正答率が低く、否定形の習得が進んでいない。

 この結果は、あるレベルにおいては、「じゃない」という言葉を否定の標識(マーカー)ととらえて、形容詞や動詞に付加することによって否定を表現しようとする学習者の学び方、規則が推測されます。このような「付加のストラテジー」は、ほかの誤用でも観察されます。例えば、(14)(15)のように、文末に「です」を、(16)のように「できない」を付加する例も見られます。

(14) 「車、持ってない、ないたらー、ちょっと、困りますですね」 (C-JAS 中国語話者)
(15) 「みんな、来てくれるですよ」 (C-JAS 韓国語話者)
(16) 「[子供ができると] 疲れ、遊びできない、勉強できない」 (C-JAS 中国語話者)

 ユニット形成の場合も付加の場合も、正しい言語形式を習得する過渡期の学習者自身の学び方による工夫だと考えられます。選択が難しい助詞を名詞との固まりで覚えたり、「若くない」「死なない」などの活用形が覚えられない場合には、「若い+じゃない」「死ぬ+じゃない」のように否定形の標識を付加したりして、学習者の限られた知識の中で、なんとか意味を伝えようとする工夫ではないでしょうか。

 

 4  コーパスはなぜ必要か
4.1 教師や研究者による思い込みの排除

 今回は、コーパスで得た学習者の誤用を手掛かりに、2つの分析を通して日本語学習者独自の学び方、使い分けのルールを検証しました。ここでは、改めて、コーパスの意義について、ふりかえってみたいと思います。

 教師や研究者は、コーパスの実際の発話や作文データによって「学習者は『教えた通りに』学ぶとは限らない」ということがわかります。学習者は、難しいルールや内容を彼らなりの方法によって簡略化したり、楽な覚え方を優先したりします。それは、人間の記憶や注意力といった認知資源に限界があることに起因しています。ですから、教え方が悪いとか学習者が怠けているのではないのです。

 また、学習者が独自のルールを内在させているということに気づかずに、研究者が「学習者は常に規範的な文法に沿って習得する」と思い込んだり、データを見ずに、規範的な文法を基準にして日本語の習得研究をしたりすることは危険ではないでしょうか。

4.2 学習者に対する理解

 コーパスが学習者独自の学び方、使い分けのルールを示してくれるおかげで、教師とは異なる学習者の考え方、工夫の仕方、誤用の要因を把握することができ、それは同時に学習者の理解につながります

 例えば、日本語学習者が助詞「に・で」を名詞との固まりで使い分けをするようなストラテジーを使っていることがわかれば、指導の際には「に・で」を記入するテストではなく、(17)〜(20)のように動詞述語を選択させることで気づかせるような指導もできます。

(17) 図書館で{2時間本を読みました・3000冊の本があります}。
(18) 図書館に{2時間本を読みました・3000冊の本があります}。
(19) 駅の前で{会ってから出発します・銀行がありますから、そこで待っていてください}。
(20) 駅の前に{会ってから出発します・銀行がありますから、そこで待っていてください}。

 最後に、コーパスからわかる学習者の学び方、使い分けのルールはあくまでも一事例、ひとつの仮説でしかありません。その学習者がその状況でたまたまその誤用を産出しているのかもしれません。その仮説を一般化するためには、コーパス分析とは別に、実験調査で検証することが求められます。

 

 5  まと

 今回はコーパスに見られる誤用をヒントに、学習者の学び方が教師の教え方と一致しないケースを取り挙げ、固まりを作る「ユニット形成のストラテジー」と便利な標識を付け加える「付加のストラテジー」を紹介しました。

 学習者コーパスを活用すれば、教師や研究者は学習者の立場になって考える姿勢を養うことができますし、コーパス分析で得られた仮説は、さらに実験調査することで一般化が可能になります。学習者コーパスには、学習者の外国語・第二言語習得の仕組みを研究するヒントが多く潜んでいます。どんなヒントが潜んでいるか、ワクワクしながら探してみませんか。

 

〈引用文献〉

市川保子(1997)『日本語誤用例文小辞典』凡人社。

家村伸子・迫田久美子(2001)「学習者の誤用を産み出す言語処理のストラテジー(2)――否定形「じゃない」の場合」『広島大学日本語教育研究』第11号、43-48. http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/ja/00027780

迫田久美子(2001)「学習者の誤用を産み出す言語処理のストラテジー(1)――場所を表す「に」と「で」の場合」『広島大学日本語教育研究』第11号、17-22. http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/00027779

寺村秀夫(1990)『外国人学習者の日本語誤用例集』(大阪大学;データベース版、国立国語研究所、2011年) http://pj.ninjal.ac.jp/teramuragoyoureishu/

福間康子(1997)「作文からみた初級学習者の格助詞「に」の誤用」『九州大学留学生センター紀要』第8号、61-74.

 

 

〈著者紹介〉

迫田 久美子(さこだ くみこ)

国立国語研究所客員教授。広島大学にて博士号(教育学)を取得。専門は、第二言語習得、日本語教育方法学。主に、日本語学習者の発話データに基づく習得研究を行っている。単著に『中間言語研究――日本語学習者による指示詞コ・ソ・アの習得』(溪水社)、『日本語教育に生かす第二言語習得研究』(アルク)、編著に『講座・日本語教育学 第3巻 言語学習の心理』(スリーエーネットワーク)、共著に『日本語学習者の文法習得』(大修館書店)、『日本語教育のためのコミュニケーション研究』(くろしお出版)、『プロフィシェンシーを育てる――真の日本語能力をめざして』(凡人社)、Handbook of Japanese Applied Linguistics, Vol. 10(De Gruyter Mouton)などがある。

 

 


〈注〉

[1] (A)は寺村(1990)、(B)は福間(1997)、(C)は市川(1997)の文献、(D)は C-JAS のデータを表す。

[2] 「*」は、誤用または不自然な文であることを示す。


 

 

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