研究社
研究社 会社案内 採用情報 サイトマップ 書店様向け 教育現場向け

研究社 WEB マガジン Lingua リンガ


読んで味わう ドイツ語文法

17

前置詞は特定の格と結びつく1

Der Krieg ist eine bloße Fortsetzung der Politik mit anderen Mitteln.
ァ    クーク スト イネ ブーセ フォァト・ツング        ァ ポリティーク ト ンデレン     テルン
戦争とはたんに政治を別手段で継続することである。


カール・フォン・クラウゼヴィッツ
▲カール・フォン・クラウゼヴィッツ

1.クラウゼヴィッツと戦争論

 冒頭の文は、軍人にして軍事理論家だったカール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz: 1780-1831)が書いた『戦争論(Vom Kriege)』(1832-37)にある有名な言葉です。

 戦争を論じるとなると、それまでは主に戦場での戦術が議論の中心にありましたが、クラウゼヴィッツは、戦争を政治や外交、あるいは国民との関係という広い文脈のなかに据えました。それを端的に表現したのが、上の文なのです。

2.前置詞は特定の格と結びつく

 上の文中にある mit は前置詞です。これは英語の with に相当しており、「~とともに、~を使って」を意味します。英語では、前置詞の後に人称代名詞がくる場合、その目的格が置かれるという決まりがあります。ドイツ語の場合には、前置詞それぞれで、名詞・代名詞のどの格と結びつくかが異なります。これを文法用語では、「前置詞の格支配」と呼びます。ただし個人的には、この「支配」という言葉がなんだかおどろおどろしいので、「格と結びつく」などと表現しています。

 ドイツ語の前置詞には、次のような種類があります。

 a) 4格(Akkusativ)と結びつく前置詞

 b) 3格(Dativ)と結びつく前置詞

 c) 2格(Genitiv)と結びつく前置詞

 d) 4格または3格のどちらかと結びつく前置詞

 この課では、a)〜c)を紹介して、次の課でd)を紹介します。

3.mit「〜とともに、〜を使って」は3格と

 クラウゼヴィッツの文にある前置詞 mit は、3格と結びつきます。ここでは、anderen Mitteln という複数3格が mit と結びついています。das Mittel「手段」は、よく複数形で使われる名詞です。無語尾型なので、die Mittel が複数(1格)のかたちです。複数3格の名詞には、-n 語尾がつきましたね。

 文の主語は der Krieg「戦争」で、述語が eine bloße Fortsetzung der Politik「政治の単なる継続」です。der Politik は女性2格です。ちなみに、-ik で終わる名詞はすべて女性名詞になるというきまりがあります(例: die Grammatik [グラマティーク]「文法」)。

4.3格と結びつく前置詞の例


『戦争論』初版扉
▲『戦争論』初版扉

 日本語で『戦争論』と訳されている本の原題は、„Vom Kriege[フォム クーゲ]“です。vom というのは、von と dem が融合したかたちです(融合形については、次の課の最後で)。dem は男性3格の定冠詞でしたね。von は「~の、~について、~から」を意味する前置詞で、mit と同じように3格と結びつきます。ですので、このタイトルは『戦争について』とでも訳すのが、より正確ということになるでしょうか。

 なお、タイトルでは、Kriege と -e 語尾がついています。これは昔のドイツ語では、主に1音節の男性・中性名詞の3格には、-e 語尾をつけるという決まりがあったためです(ただし省略も可能でした)。今のドイツ語では、ほぼ消えたに等しい語尾なのですが、熟語の nach Hause[ナハ ハオゼ]「家へ」などにはその名残りがあります。ちなみにこの nach「〜へ、〜のあとで」も、 3格と使われる前置詞です。

 また、第12課では、バッハのカンタータを紹介しました。

Aus tiefer Not schrei ich zu dir.
オス ティーファー ート シュイ ヒ ー ディーァ
深い困窮から私は汝(神)へと声を上げる。

この aus「〜から」も zu「〜へ」も、ともに3格と結びつく前置詞です。tiefer Not「深い困窮」というフレーズでは、女性名詞の Not「困窮」を形容詞 tief「深い」が修飾しているのですが、tief に -er 語尾がついており、これが女性3格であることを表しています(女性3格の定冠詞 der と語尾が一緒ですね)。また、zu の後の dir は du の3格のかたちです。

5.4格と結びつく前置詞

 次に4格と結びつく前置詞をいくつか紹介します。最初は、英語の without に相当する ohne という前置詞です。詩人ゲーテの言葉に、次のようなものがあります。

Jugend ist Trunkenheit ohne Wein. (Goethe)
ーゲント  スト トンケンハイト    ーネ    ヴァイン
青春とはワインなしの陶酔だ。

ゲーテに言われると、なんだか青春が崇高な感じになりますね。この文では、冠詞がないので見分けがつきませんが、Wein が4格に当たります。ゲーテのこの言葉に対して、私の青春は、さしづめ

Betrunkenheit mit Bier und Whiskey
ベトンケンハイト         ト   ーァ ント ヴィスキー
ビールとウィスキーでの酔っ払い状態

といったところだったような…。バブル期以前の80年代前半では、輸入ワインはまだまだ高級品で、日本酒もまだ吟醸酒や純米酒などはないに等しく、やたら砂糖で甘く味付けされた、飲むと必ず悪酔いするシロモノでした。それはウィスキーの(学生でも買えた)安モノでも同じ。陶酔(Trunkenheit)といった詩的な表現からはほど遠い、悪酔い(Betrunkenheit)と二日酔いの青春時代でした…。

 同じ酔いを表す表現でも、Trunkenheit は、普通の酔っ払い状態を意味するだけでなく、ゲーテの文にあるように、精神の高揚、あるいは恋愛などで陶然となった状態も表現できるのです。これに対して Betrunkenheit(もしくはBetrunkensein)は、端的に酔っ払っている状態だけを言います。

 脱線ついでに言うと、「二日酔いだ」は、ドイツ語では「雄猫を持つ」と表現します。

Ich habe einen Kater. 二日酔いだ。
ヒ  ーベ    イネン ーター

 さらに脱線すると、夏目漱石の『吾輩は猫である』のタイトルは、

Ich der Kater 我こそ、(その)雄猫なり。
ヒ    ァ  ーター

とドイツ語に訳されています。言われてみれば、「吾輩」と名乗っているので、雄猫なのですね。「吾輩は〜である」という威張った感じがうまく訳されていると思います。

6.durch「〜を通して」も4格と

 本題の前置詞に戻ると、4格と結びつく前置詞には、英語の through とほぼ同じ意味の durch[ドゥルヒ]があります。この前置詞は、ベートーヴェンの有名な言葉にも登場します。ちょっと長いのですが、読んでみましょう。正書法は現代のものに改めてあります。彼の1815年9月の手紙にある言葉です。

wir Endliche mit dem unendlichen Geist sind nur zu Leiden und Freuden geboren, und beinah könnte man sagen, die ausgezeichneten erhalten durch Leiden Freude.
ヴィーァ ントリヒェ ト ム ンエントリヒェン イスト ズィント ーァ ー 
イデン      ント フイデン     ゲーレン       ント  バイー     ンテ 
ン    ーゲン   ディ    オス・ゲツァイヒネテン        エァルテン   ドゥルヒ 
イデン   フイデ
無限の精神を持った私たち有限の存在は、ただ苦悩と歓喜のために生まれており、そしてほとんどこう言えるだろう、優れた者たちは苦悩を通して歓喜を得るのだと。

細かい文法の説明は省略して、前置詞という観点から見ると、mit dem unendlichen Geist「無限の精神を持った」(mit + 3格)、zu Leiden und Freuden「苦悩と歓喜のために」(zu + 3格)、そして durch Leiden「苦悩を通して」(durch + 4格)が使われています。最後の Freude は、erhalten「得る」の4格目的語です。

 しばしばベートーヴェンの言葉として「苦悩を通して歓喜に至れ」と、少々間違ったかたちで引用されますが(私も間違えたことあり)、実際には「優れた者たちは苦悩を通して歓喜を得る」なのです。となると、凡人凡夫の私にとっては、果てしなく遠い道のりでしょうか…。

7.trotz「〜にもかかわらず」は2格と

 この課の最後に、2格と使われる前置詞をひとつ紹介します。「〜にもかかわらず」を意味する trotz[トツ]は、反ナチス抵抗運動を組織し、投獄され、最後はヒトラー自殺の3週間前に処刑された神学者ディートリヒ・ボンヘファー(Dietrich Bonhoeffer: 1906-1945)の次の言葉に登場します。1944年3月、獄中からの書簡にある言葉です。


ディートリヒ・ボンヘファー
▲ディートリヒ・ボンヘファー *1

Es gibt erfülltes Leben trotz vieler unerfüllter Wünsche.
ープト  エァフュルテス ーベン トツ   フィーラー ン・エァフュルター 
ヴュンシェ
多くの満たされない望みにもかかわらず、満たされた人生がある。

 es gibt + 4格で、「〜がある」という意味です。erfülltes Leben が「満たされた人生」。unerfüllter Wünsche「満たされない望み」の Wünsche は、der Wunsch の複数形で2格です。2格と分かるのは、形容詞的に使われている unerfüllt「満たされていない」に -er 語尾があり、それが複数2格を表しているからです。複数2格の定冠詞は der で、同じ語尾ですね。形容詞が名詞を修飾する場合の語尾変化については、この連載の最後のほうでお話しします。

 ナチスに対するドイツ国内での抵抗運動は、日本ではこれまであまり知られてきませんでした。しかし、ドイツ国内にも、このボンヘファーのように、ナチスやヒトラーの暴政に抵抗した人々がいました。それを紹介しているのが、對馬達雄氏による『ヒトラーに抵抗した人々――反ナチ市民の勇気とは何か』(中公新書、2015年)です。私も読んで、非常に感銘を受けました。皆さんにもぜひ読んでもらいたい本です。




まとめ

 ドイツ語の前置詞は、特定の格と結びつくという決まりがある。

 4格と結びつく前置詞の例と主な意味

bis 〜まで durch 〜を通って
für 〜のために gegen 〜に対して
ohne 〜なしで um 〜のまわりに、〜(時)に

 3格と結びつく前置詞の例と主な意味

aus 〜の中から bei 〜の近く、〜のときに
mit 〜とともに、〜を使って nach 〜へ、〜の後で
seit 〜以来、〜から von 〜から、〜の
zu 〜ヘ、〜のために

 2格と結びつく前置詞の例と主な意味

[an]statt 〜の代わりに trotz 〜にもかかわらず
während 〜のあいだに wegen 〜のために



ドイツ文化ひとこと クラウゼヴィッツ

 フランス革命からナポレオン戦争の時代まで、今のドイツは300以上の領域に分かれていました。その中で中心的な役割を担っていた大国は、ドイツ北部のプロイセンと、神聖ローマ帝国皇帝のいたオーストリアでした。

 クラウゼヴィッツは、プロイセン出身の将校でした。1806年のイェナの戦いで捕虜になり、フランスで1年間の捕虜生活を送ります。その間、彼はなぜオーストリアやプロイセンなどの職業軍人で構成される正規軍が、戦いのプロではない、有象無象の人間が集まっただけにしか思えなかったフランス軍に敗れたのかを考えます。

 その後、彼は、ナポレオンのロシア遠征の際に、ナポレオンと戦うためにロシア軍に参加します。その後は再びプロイセン軍に戻って、ナポレオンと戦います。

 対ナポレオン戦争が終結した後、彼は陸軍学校の校長などを務め、空いた時間に『戦争論』を書き進めたと言います。著書は彼の没後、妻が原稿を整理して出版したのでした。

 彼の戦争論の面白さは、戦争を多角的に考えたことです。彼はいわゆる戦術や戦略のなかに、想定できない偶然的な要素(「摩擦(Friktion[フリクツィーン])」)が生じうると考えました。あるいは戦闘だけでなく、プロパガンダなどの非軍事的な手段によっても敵を消耗させることの重要性を指摘しています。そうした現代性ゆえに、今もクラウゼヴィッツは読み継がれているのでしょう。




*1 Bundesarchiv, Bild 146-1987-074-16 / CC-BY-SA 3.0 [CC BY-SA 3.0 de], via Wikimedia Commons

第16課
第18課


矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール

1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。






▲ページトップに戻る

複写について プライバシーポリシー お問い合わせ

Copyright(C)Kenkyusha Co., Ltd. All Rights Reserved.