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読んで味わう ドイツ語文法

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未来形、lassen

Der Tag wird kommen, an dem das
デァ  ーク ヴィァト メン      ン デーム  ダス
Brandenburger Tor nicht mehr an der
ンデンブァガー      ーァ ヒト  ーァ   ン デァ
Grenze liegt.
ンツェ   ークト
ブランデンブルク門がもはや国境ではなくなる日が来るであろう。


ヴィリー・ブラント
▲ヴィリー・ブラント *1

1.東西融和を目指した政治家

 ヴィリー・ブラント(Willy Brandt: 1913-1992)は、西ドイツの首相(在任期間:1969-1974)であり、戦後西ドイツの政治に多大な影響力を及ぼした政治家のひとりです。皆さんのなかには、ポーランド・ワルシャワにあるゲットーの記念碑の前で跪く彼の写真を見たことがある人もいるのではないでしょうか。1970年のことで、ナチス時代のユダヤ人虐殺に対するドイツの反省と謝罪の姿勢とみなされています。

 ブラントは、1957年から1966年まで西ベルリン市長でした。冒頭の文は、1959年5月1日メーデーの際の言葉です。ベルリンの壁ができたのは1961年ですから、まだ壁はない時代です。しかし、第5課で紹介したベルリン封鎖事件(1948-49)があったり、1958年には、ソ連がベルリンの自由化(西側諸国の排除)を要求する第二次ベルリン危機が起きたりと、決して静穏な時期ではありませんでした。そんななかで、ドイツの再統一を意識し、目標とした言葉が、冒頭の文なのです。

2.werdenと不定形で「未来形」

 第19課では、7つの助動詞を紹介しました。しかし、助動詞以外にも、不定形と結びついて助動詞のような働きをする動詞があります。この課では、そうした動詞のいくつかをチェックしていきます。

 冒頭の文のはじめの部分(Der Tag wird kommen)で、普通の動詞として「なる」などを意味する werden と不定形(kommen「来る」)が結びついています。werden+不定形で、「未来形」が作られます。未来形でも、不定形は文末に位置します。なお、ブラントの言葉の後半部分は、Tag を先行詞とする関係文です(詳しくは後ほど)。

 この「未来形」は、「未来」という名前なのに、文章中での主な意味は「推量、推測」です。というのもドイツ語では、普通の未来の出来事は、現在形で語ることができるからです。例えば、次のように表現できます。

Im Sommer fahren wir nach München.
ム マー     ファーレン ヴィーァ ハ ミュンヒェン
夏に私たちはミュンヘンに行きます。

 ただし、紹介したブラントの言葉でも分かるように、未来の出来事はまだ確定していないことでもあります。特に、東西ドイツが統一されるというような未来は、発言の時点ではまさに不確定そのものだったので、未来形が必要になるわけです。同時に、未来形には、期待を表現するニュアンスがあります。

Der Tag wird kommen...
その日は来るであろう。

 つまり、単に「来るのかな」という不確定さ以上に、「来てほしい」という気持ちも込められているのです。

3.「期待」の念から出る「強い命令」と「約束」

 この「期待」の気持ちから、未来形は人称によっては、「未来」とは別の意味で使われることがあります。例えば、主語が2人称のときには、相手に「〜してくれるよね」という気持ちが入ることから、「強い命令」を表すことがあります。

 例えば、お母さんが息子に

Du wirst endlich ins Bett gehen!
ドゥヴィァスト ントリヒ ンス ト ーエン
いい加減にベッドに入りなさい。

と言うと、息子はもう口答えしないで寝ないとヤバイと思うくらいの強い命令になります。endlich は命令を表す文で副詞的に使われて「いい加減に」の意味になります。

 また1人称での未来形は、来てほしい未来を描くという点で、「約束」を意味していると言えます。

Wir werden unser Bestes tun.
ヴィーァ ヴェァデン ンザー ステス  トゥーン
私たちは最善を尽くす所存です。

 これも政治家が使いそうな言葉ですね。どうも未来形は、政治家が好きなかたちなのかもしれません。

 ブラント自身は1992年まで生き、ベルリンの壁崩壊とドイツ再統一を経験しています。ベルリンの壁が崩れた直後、西側の主だった政治家、当時の首相ヘルムート・コール(Helmut Kohl: 1930-)や外相ハンス=ディートリヒ・ゲンシャー(Hans-Dietrich Genscher: 1927-2016)、ベルリン市長ヴァルター・モンパー(Walter Momper: 1945-)などが市庁舎前で演説を行いました。そのとき、一番人気が高く、拍手喝采を浴びていたのがブラントでした。政治家として、長きにわたって東西の対話に尽力し続けたブラントの功績と思いに、聴衆が深く共感したからでしょう。

4.「〜させる、〜してもらう」の lassen

 英語の let と同じように、「〜させる、〜してもらう」のニュアンスで使われる動詞が lassen です。これも不定形を文末に置くので、一種の助動詞だと考えていいものです。

Lasst mich auch endlich Taten sehn.
スト   ヒ  オホ  ントリヒ  ーテン ーン
いい加減に行いも見せてくれ。

 ゲーテの『ファウスト(Faust)』第1部「劇場での序幕」で、劇場支配人が劇場付作家に対して言う言葉です。前ふりとして、「言葉は充分に交わされた」と言ったあとに、上の言葉が出てきます。

 lasstは、ihr「君たち」に対する命令形(次の課で扱います)です。「見させる」対象となる人物は、mich「私に」と4格(Akkusativ)で言われています。endlich は、先ほどのお母さんの言葉の中に出てきましたね。「行為」を表す名詞 die Tat の複数形が Taten です。

 lassen を使った印象深い文と言えば、ラヘル・ファルンハーゲン(Rahel Varnhagen: 1771-1833)という女性の言葉があります。彼女は作家として、かつ多くの文人が集ったサロンの主宰者として知られています。また彼女は、女性やユダヤ人の地位向上のために尽力もしています。

Was machen Sie?
ヴァス ヘン    ズィ
何をしているのですか?
Nichts. Ich lasse das Leben auf mich regnen.
ヒツ    ヒ セ   ス  ーベン オフ ヒ   ーグネン
何も(してません)。人生が私の上に降るにまかせているのです。

ラヘル・ファルンハーゲン
▲ラヘル・ファルンハーゲン

 なんだか日本語にするとマヌケな感じになってしまいます。regnen は、普通は es を主語にして es regnet で「雨が降る」という意味になる動詞です。lassen は「〜させる」という使役の意味よりは、「〜するにまかせる」という放置の意味で使われています。

 この言葉を日記に書いた彼女は、ユダヤ人の女性として、対ナポレオン戦争での混乱のなか、多くの苦労に耐えていたはずです。人生を雨という避けようのない自然現象に喩えて、かつそれをユーモアとともに受け止める姿勢は、彼女の心の大きさを表しているように思えます。

5.「彼がそれだ」???

 最後に、lassen が登場する詩の一節を紹介します。エドゥアルト・メーリケ(Eduard Mörike: 1804-1875)が書いた詩 „Er ist's“(1829)の冒頭2行です。

Frühling lässt sein blaues Band
リューリング スト イン ブオエス ント
春は青い帯を
Wieder flattern durch die Lüfte;
ヴィーダー フターン  ドゥァヒ  ディ リュフテ
再び風にはためかせる

エドゥアルト・メーリケ
▲エドゥアルト・メーリケ

 lassen は不規則変化動詞のため、du と er/sie/esで lässt となります。また不定形は flattern ですが、文末にありません。これは durch die Lüfte が、いわゆる「枠外配置」とされたからです。ここでは、 Lüfte が次の行の文末の語(Düfte)と韻を踏むために枠外配置が生じています。

 暗く灰色のイメージの冬の後に、抜けるような青空の色を連れて春が到来する感じと、それを心待ちにするドイツ人の気持ちが読みとれるような詩行です。

 この詩のタイトル „Er ist's“(ist'sはist esの省略形)は、直訳すると「彼がそれだ」で、ニュアンスとしては「彼が来た」ぐらいの意味です。でも、詩を通して読むと、この er が人間の男性ではなく、男性名詞の春(der Frühling)を指していることがわかるのです。つまり、「春が来た」の意味です。




まとめ

 〈werden+不定形〉で、「未来形」を作ることができます。

 〈lassen+不定形〉で、「〜させる」「〜してもらう」「〜するにまかせる」といった意味を表現できます。



ドイツ文化ひとこと

  メーリケの詩の全体を紹介します。また、作曲家フーゴー・ヴォルフが曲をつけていますので、ぜひ聴いてみてください。


▲Hugo Wolf - Er ist's

Eduard Mörike: Er ist's
              ァ スツ
Frühling lässt sein blaues Band
リューリング スト イン ブオエス ント
Wieder flattern durch die Lüfte;
ヴィーダー フターン  ドゥァヒ  ディ リュフテ
Süße, wohlbekannte Düfte
ズューセ ヴォール・ベンテ    デュフテ
Streifen ahnungsvoll das Land.
シュトイフェン ーヌングスフォル ダス ント
Veilchen träumen schon,
ファイルヒェン トイメン   ショーン
Wollen balde kommen.
ヴォレン  ルデ   メン
— Horch, von fern ein leiser Harfenton!
   ァヒ   フォフェァン イン イザー ァフェン・ーン
Frühling, ja du bist's!
リューリング ドゥー スツ
Dich hab' ich vernommen!!
ディヒ ープ  ヒ フェァメン
春は青い帯を
再び風にはためかせる
甘い、馴染みの香りが
大地に予感を与えながらかすめていく
スミレはもう夢を見はじめ
もうじき咲こうとしている
— 聴いてごらん、遠くから届くかすかなハープの調べを!
春よ、君だったのか!
君を感じ取ったよ!



*1 Bundesarchiv, B 145 Bild-F057884-0009 / Engelbert Reineke / CC-BY-SA 3.0 [CC BY-SA 3.0 de], via Wikimedia Commons

第19課
第21課


矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール

1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。






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