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読んで味わう ドイツ語文法

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zu不定詞

Nach Auschwitz ein Gedicht
ハ    オシュヴィツ   アイン ゲディヒト
zu schreiben, ist barbarisch.
ツー シュイベン    イスト バァーリシュ
アウシュヴィッツの後で詩を書くことは野蛮だ。


テオドーア・アドルノ(右。左はマックス・ホルクハイマー)
▲テオドーア・アドルノ(右。左はマックス・ホルクハイマー) *1

1.戦後のドイツ文学

 上の文は、哲学者テオドーア・アドルノ(Theodor Adorno: 1903-1969)が、1951年に発表した「文化批判と社会」において記した文です。戦後ドイツの抒情詩のみならず、文学や思想にまで多大な影響を与えた一文だと言えるでしょう。

 „nach Auschwitz ein Gedicht zu schreiben“が、本課の眼目である zu 不定詞句です。nach は前置詞で「〜の後で」。ein Gedicht zu schreiben が、英語の to write a poem にあたる「詩を書く(こと)」を意味します。

 さて、アウシュヴィッツは、今はポーランドにあるナチスの強制収容所のあった場所です。「アウシュヴィッツ」という一つの言葉に、アドルノはナチスの犯罪全体を代表させています。ナチスによるホロコーストという犯罪があった後に、ドイツ人がそのことに思いをいたすことなく、美しさを求めて詩を書くこと。そこには、殺害された人間の尊厳を顧みない無慈悲さ、殺害者側にいた自分たちに対する鈍感さ、つまり「野蛮さ」が隠されていることになります。上の言葉はそれを鋭く指摘しています。

 今でこそ、ドイツはナチスの犯罪などの過去と真摯に向き合う国だというイメージがあります。しかし、こうした姿勢は、敗戦後から一貫して続いてきたものではありませんでした。敗戦直後のドイツ文学では、政治性を回避できる自然詩が好まれました。東洋風に言えば「国破れて山河あり」的な雰囲気のなかで、ナチス・ドイツによる犯罪に対して目をつぶる傾向があったのです。そうした風潮は、未曾有の犯罪を、単なる特殊事例とはみなさず、理性の必然だと考えるアドルノにとって、許せないものだったはずです(マックス・ホルクハイマーとの共著『啓蒙の弁証法(Dialektik der Aufklärung)』(1947)参照)。

 過去と向き合おうという動きは、1968年の学生運動以降に明確化したものです。当時の若者たちは、親世代の権威主義的な態度や、過去の蛮行に目をつぶろうとする姿勢に反発し、抵抗したのでした。それは例えば、世界的なベストセラーとなり、映画化もされたベルンハルト・シュリンク(Bernhard Schlink: 1944-)による小説『朗読者(Der Vorleser)』(1995)にも描かれているところです。

 アドルノが投げかけた言葉は、ドイツの文学・思想の世界を深く揺さぶりました。例えば詩人のハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー(Hans Magnus Enzensberger: 1929-)は、「私たちが生き延びようとするならば、この言葉を反駁する必要がある」と言い、それができる者はほとんどいないとも述べています。


ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー
▲ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー *2

 後にアドルノは、自らの言葉を取り消すことになりますが、そのきっかけは、詩人パウル・ツェラン(Paul Celan: 1920-1970)の詩作品でした。自身ユダヤ人として強制収容所も経験し、親を収容所で失ったツェランは、加害者の言葉であるドイツ語で詩を書き、ホロコーストとまっすぐに向き合いました。ツェランについては、この課の最後でご紹介します。

2.zu不定詞・不定句の作り方

 第10課の3で紹介したように、ドイツ語の不定句(主語などで動詞のかたちが「定まっていない」句)では、動詞要素が最後に位置します。不定句での語順の感覚は、ほぼ日本語と同じだと考えていただいてけっこうです。英語の to 不定句にあたるドイツ語の zu 不定句も、語順はzuのない不定句と同じです。注意する点としては、zu を動詞の直前に置くことです。

zu schreiben 書く(こと)
ein Gedicht zu schreiben 詩を書く(こと)
nach Auschwitz ein Gedicht zu schreiben アウシュヴィッツの
後で詩を書く(こと)

 ここで、zu 不定詞句から脱線しますが、「詩」が ein Gedicht と不定冠詞で語られていることに注意してください。こうした場合の不定冠詞には、「そもそも可能ならば」というニュアンスが入ります。別の例を挙げて説明すると、例えば、レストランなどでメニューがほしいときには、

Die Speisekarte, bitte!
ディ  シュイゼ・ァテ   
メニューをください。

と言い、定冠詞を使います。レストランならメニューはあって当然という意識が、定冠詞に表れています。この場合に不定冠詞を使うと、特別な文脈がある場合を除いて、「もしこの店にメニューがあるならば…」というニュアンスが入ってしまい、店の人を怒らせかねません。つまり、アドルノが„ein Gedicht“と書いたとき、「そもそもこんな時代に詩なんて書けるのか!」というニュアンスを込めたのだと言えます。

 zu 不定詞を作るときに注意が必要なのは、第22課で紹介した分離動詞の場合です。この場合、zu は前つづりと動詞本体の間に入って1語で書きます。

aufzustehen 起きる(こと)
immer um 5 Uhr aufzustehen いつも5時に起きる(こと)

 zu 不定詞句は、その前後をコンマで区切るのが特徴です。英語との違いなので、注意してください。

3.シュヴァイツァーの言葉

 それでは、他の zu が入った文を紹介していきましょう。最初は神学者、哲学者にして医者でもあり、そしてオルガニスト、音楽学者でもあったアルバート・シュヴァイツァー(Albert Schweitzer: 1875-1965)の言葉です。私くらいの世代(50歳代)だと、シュヴァイツァーの伝記に触れたことがあるかと思いますが、皆さんはいかがでしょうか。子ども時代に他の子とけんかして、負かした相手に「オレもおまえのように毎日肉を食っていたら負けない」と言われ、貧富の差の問題に気づいた…。このエピソードは、今でも頭の隅に残っています。なんだか、道徳や修身の教科書のようですね。とはいえ、シュヴァイツァーが人間の問題を掘り下げて考え、行動する人であったことは事実です。


アルバート・シュヴァイツァー
▲アルバート・シュヴァイツァー

 彼の言葉のひとつに、次のものがあります。

Mit dem Herzen zu denken,
ト  デム  ァツェン  ツー ンケン
ist die rechte Art für die Menschen.
スト ディ ヒテ  ァト フューァ ディ ンシェン
心で考えることは、人間にとって正しいありかたである。

 「頭で(mit dem Kopf)」のみ考えようとする合理主義的な思考だけでは不十分であり、心がともなった全人格的かつ倫理的な考え方の重要性を直截に表現しています。アドルノの文と同様に、mit dem Herzen zu denken という zu 不定詞句が、そのまま主語になっています。

4.ブラームスの言葉

 「〜することは…だ」という構文は、英語でもよく it is ... to ~ というかたちで、形式主語の it を用いて表現されますね。ドイツ語も同様で、zu 不定句のかわりに es を仮の主語として置く文は、日常的によく見られます。例えば、作曲家ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms: 1833-1897)は、次の言葉を遺しています。

Es ist nicht schwer, zu komponieren.
ス スト ヒト シュヴェーア ツー コムポーレン
作曲することは難しいことではない。

ヨハネス・ブラームス
▲ヨハネス・ブラームス

 es が後ろに置かれた zu komponieren を指していることが分かりますね。この文は、さらに続きます。

Aber es ist fabelhaft schwer, die überflüssigen Noten
ーバー スト ファーベルハフト シュヴェーァ ディ ーバーフリュシゲン ーテン
unter den Tisch fallen zu lassen.
ンター  デン  ティシュ ファレン ツー セン
しかし、途轍もなく難しいのは、余計な音符を捨てていくことだ。

 最初の交響曲を完成するのに、20年近い年月をかけたブラームスらしい言葉です。schwer は、もともとは「重い」という意味ですが、同時に「難しい」という意味でも使われます。unter den Tisch fallen lassen は直訳すると、「机の下へ落としてそのままにする」という意味で、慣用的に「放っておく、無視する」という意味になります。このように動詞要素が2つ以上ある場合でも、zu は不定詞句で最後に位置する動詞につけるのです。

 ここまで、主語として働く zu 不定詞・句を紹介しました。実際には、目的語となったり、形容詞的に使われたりと、英語の to 不定詞・句とほとんど同じように使われます。主語以外の例としてひとつだけ、哲学者カント(Immanuel Kant: 1724-1804)の「啓蒙とは何か(Was ist Aufklärung?)」(1784)の中心的な文を紹介します。

Habe Mut, dich deines eigenen Verstandes
ーベ  ート  ディヒ イネス  イゲネン   フェァシュンデス 
zu bedienen!
ツー ベディーネン
汝自身の悟性を用いる勇気を持て!

 Mut haben は「勇気を持つ」という熟語で、文頭の habe というかたちは、du(ここでは読者)に対する命令です。後半の zu 不定句は、Mut「勇気」の内容を形容詞的に語っています。sich ...2 bedienen という再帰動詞は「…を用いる」という2格の目的語を取る表現です。

 啓蒙とは、自立して自分で考える勇気を持つことだ、というメッセージです。自分の頭で考えることに勇気がいる。さらに加えるならば、単に合理的にだけではなく、シュヴァイツァーが言うように心で考える必要がある。この事実は、空気を読むことを重視し、効率や合理性を優先しがちな今の日本で、真摯に受け止める必要があるのではないでしょうか。

5.重要な熟語um ... zu ~

 この課の最後に、非常に重要で、覚えておくと便利な熟語を紹介します。「〜するために」を意味する英語の熟語は in order to ~ ですね。これにあたるのが、ドイツ語では um ... zu ~ です。

 冒頭で紹介した言葉をアドルノが取り消すきっかけとなった詩人ツェランは、1958年にブレーメン市の文学賞を受賞しています。答礼の挨拶のなかで、ツェランは次のように語っています。文法的には過去形や現在完了形、間接疑問などが含まれていて、難しい文なのですが、後半部で4回登場する um ... zu ~ にだけ注目してください。長いので、発音は省略します。

In dieser Sprache habe ich, in jenen Jahren und in den Jahren nachher, Gedichte zu schreiben versucht: um zu sprechen, um mich zu orientieren, um zu erkunden, wo ich mich befand und wohin es mit mir wollte, um mir Wirklichkeit zu entwerfen.
この言葉[=ドイツ語]で、私はかの年月にも、その後の年月においても,詩を書こうとしてきました。話すために、方向を見定めるために、どこにいて、どこへ行こうとしているのかを探るために、現実を作り出すために。

パウル・ツェラン
▲パウル・ツェラン

 ツェランは「死のフーガ(Todesfuge)」(1944-45頃成立)などの詩で、ユダヤ人のホロコースト体験を、あるいは人間が人間を非人間的に、モノとして扱う悲劇を描き出しています。「死のフーガ」だけであれば、オリジナルと訳が掲載されている生野幸吉・檜山哲彦編訳『ドイツ名詩選』(岩波文庫)が入手しやすいでしょうか。ツェランの詩作の全体像は、中村朝子氏の全訳(青土社)や飯吉光夫氏の抄訳(白水社)でうかがうことができます。ぜひ読んでほしいと思います。また、この詩人について詳しく知りたい方には、関口裕昭氏の『パウル・ツェランへの旅』(郁文堂)や『評伝パウル・ツェラン』(慶應義塾大学出版会)をお勧めします。

▲「死のフーガ」(本人の朗読)



まとめ

 zu 不定詞・句では、動詞が最後に位置し、その動詞の前に zu を入れます。分離動詞の場合には、前つづりと本体のあいだに挟んで一語で。

 助動詞+動詞のように、動詞要素が複数ある場合にも、最後の動詞要素の前に zu を入れます。

 基本として、zu 不定詞・句の前後をコンマで区切ります。



*1 Jjshapiro at en.wikipedia [CC BY-SA 3.0 or GFDL], from Wikimedia Commons
*2 By Mariusz Kubik, Kmarius, [1] (Own work) [Attribution, GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY 2.5], via Wikimedia Commons

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第25課


矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール

1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。






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