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読んで味わう ドイツ語文法

31

形容詞の名詞化

Kunst gibt nicht das Sichtbare wieder,
ンスト  ープト          ズィヒトバーレ  ヴィーダー
sondern macht sichtbar.
ンダーン
芸術は見えるものを再現するのではなく、
見えるようにするのだ。


パウル・クレー
▲パウル・クレー

1.形容詞の名詞化とは

 形容詞を名詞化する場合、英語では特に語尾変化などはありませんね。例えば、「新しいもの」は the new で、「老人」は the old といった具合です。ただし、the old という表現だと、男性なのか女性なのか、はたまた中性の「もの、こと」なのかが分からないので、実際には the old man などのように表現するかと思います。

 ここまで連載につきあってくれた皆さんなら、もう想像できると思いますが、この形容詞の名詞化に関しても、ドイツ語の場合にはそう簡単ではありません。前の課で学んだように、形容詞が名詞を修飾する場合には、語尾が必要です。このため、形容詞を名詞化するときにも、当然語尾がつきますし、名詞の性や格、冠詞の有無や種類によっても語尾が異なります。

 ああ、また格変化の話か…と嘆きたくなります。前の課でも書きましたが、格変化を完全に覚えようという野望(?)は捨ててください。形容詞が名詞を修飾する場合には語尾がつくことを意識してくれれば充分です。そのうえで、日常的に登場する表現、例えば Guten Tag! の -en 語尾が男性4格(無冠詞)の場合であり、この挨拶が「よい1日を!」と話し相手に願う表現だということを理解できればいいのです。

 もうひとつ大事なのは、冠詞の有無と形容詞の語尾から、名詞の性や数を推し量ることも可能だということです。例えば「美女と野獣」は、英語だと "Beauty and the Beast" ですが、beauty「美女」が一読しただけだと「美」という抽象名詞にも読めてしまいます。これに対してドイツ語だと、

Die Schöne und das Biest

と、女性だとはっきりとわかります。細かい決まりがあることで、厳密な読み取りも可能になるわけです。

2.パウル・クレーと新しい絵画

 冒頭で引用したのは、画家パウル・クレー(Paul Klee: 1879-1940)の言葉です。動詞 wiedergeben は分離動詞なので、wieder が文末に位置しています。4格目的語が das Sichtbare で、これが形容詞の名詞化です。nicht A, sondern B は、「AではなくB」という熟語です。

 das Sichtbare のもとの形容詞は、sichtbar「目に見える」です。これを名詞 das Ding「こと、もの」と組み合わせて「目に見えるもの・こと」という表現を作ると、

das sichtbare Ding

となります。このフレーズで、名詞 Ding を省略し、さらに形容詞の先頭の文字を大文字にすると、

das Sichtbare

となり、これが「形容詞の名詞化」です。

 クレーの言葉は、古代ギリシアから19世紀までのヨーロッパ芸術の基本にあった「模倣」の理念を否定するものです。19世紀までは目に見えるものをあるがままに再現すること、つまり、生きているものは生きているがごとくに、静物であれば実物がそこにあるかのように表現することが、絵画の要諦でした。

 しかし、19世紀後半の印象主義が模倣理論に揺さぶりをかけました。印象主義は、もはや対象そのものの再現ではなく、描き手の眼や心に映ったものを描き取ろうとします。従来の芸術では、例えば肖像画を描くとき、いかにその人に似ているかが重要です。しかし、印象主義以降は、「似ているか」は判断基準から外されて、「どれだけ印象・心象を描き出せるか」が大切になったのです。

 ごく大雑把に言って、この対象重視から内面重視への変化が、西洋絵画における大転換でした。とはいえ印象主義絵画では、まだ外の世界の風景や人物はそれと分かるように描かれています。しかし、印象主義の考え方をさらに推し進めると、絵は対象に似ている必要はないわけで、最終的には抽象絵画へと至ります。ご存じのように、抽象絵画は何も「再現」していません。クレーの言葉に従えば、芸術家はそれまで見えなかったものを「見えるように」したと言えるわけです。

パウル・クレー「パルナッソス山へ」
▲パウル・クレー「パルナッソス山へ」

3.中性での名詞化は「~なこと・もの」


エーリヒ・マリア・レマルク
▲エーリヒ・マリア・レマルク *1

 このように、形容詞を中性で名詞化すると、「~なこと・もの」を意味します。他の例を挙げると、作家エーリヒ・マリア・レマルク(Erich Maria Remarque: 1898-1970)の有名な小説に、『西部戦線異状なし』(1929)というのがあります。そのオリジナルのタイトルは、

Im Westen nichts Neues

です。im Westen は「西に」を意味します。nichts Neues は英語の nothing new と同じ表現で、「何も新しいこと・ものはない」です。この場合には、冠詞がないので、性や格を明示するために語尾は -es となります(中性1格)。


『西部戦線異状なし』初版カバー
▲『西部戦線異状なし』初版カバー *2

 今からおよそ100年前に、ヨーロッパを中心に第一次世界大戦が戦われていました。クレーとレマルクも徴兵されています。特にレマルクは、前線に送られて負傷しています。クレー自身は最前線には出ていませんが、それでも画家仲間のフランツ・マルクなどを失っています。第一次世界大戦は、ドイツ語圏の人々に敗戦と混乱をもたらしただけではありません。個々人が死んでも、「異状なし」とされる事態は、特に若い世代に深い喪失と断絶の感覚をもたらしたのでした。

4.人を表す場合の形容詞の名詞化

 形容詞の名詞化で人を表す場合には、男性、女性そして複数の区別が出てきます。「ドイツ人」は、deutschを名詞化して表現します。「ひとりの/そのドイツ人男性」はそれぞれ、

ein deutscher Mann    der deutsche Mann

です。これをもとに、形容詞の名詞化で「ひとりの/そのドイツ人男性」を表現すると、

ein Deutscher    der Deutsche

となります。

 同様に女性の場合でも「ひとりの/そのドイツ人女性」は、

eine deutsche Frau    die deutsche Frau

で、これをもとに

eine Deutsche    die Deutsche

となります。

 日常会話レベルで特に覚えてほしいのは、複数1格(無冠詞)の場合です。例えば、「大人たち」という語、「成長した」を意味する過去分詞 erwachsen [エァヴァクセン]をもとに作られます。「成長した人たち(=大人、成人)」は、無冠詞で表現すると

erwachsene Leute
エァヴァクセネ   イテ

ですので、Leute を取って形容詞を名詞化すると、

Erwachsene
エァヴァクセネ

となります。これを知っていると、クマのかたちをしたグミで日本でも知られているお菓子会社ハリボーの宣伝文句の意味が分かります。

Haribo macht Kinder froh – und Erwachsene ebenso.
                  フー      エァヴァクセネ   エーベン
ハリボーは子どもたちを喜ばせる、そして大人たちも同様に。

▲ハリボーのテレビCM

もし今度ハリボーのグミを食べる機会があったら、袋に書かれているこの文を探してみてください。

 さて、詩人ハイネは、次のような辛辣な言葉を残しています。

Ein Kluger bemerkt alles,
   クーガー ベァクト
ein Dummer macht über alles eine Bemerkung.
   ドゥマー                      ベァクング
賢い者はすべてに気づきがあり、
愚か者はすべてについてひとこと言わずに済まない。

形容詞で名詞化されているのは次の二つです。

ein Kluger = ein kluger Mensch/Mann
ein Dummer = ein dummer Mensch/Mann

der Mensch は「人間」という意味です。

 bemerken は「気づく」という意味の動詞です。これを名詞にしたのが die Bemerkung です。この語は「気づき」という意味のほかに、日常的には「コメント、注釈」の意味で使われます。同じ語源の言葉なのに、ハイネの手にかかると、見事な対比を見せるのが面白いところです。



練習

 次の文を日本語にしてみましょう。

1. Alles Vergängliche ist nur ein Gleichnis.
     フェァングリヒェ              グイヒニス
(Goethe „Faust“)
【語句】alles: すべての[中性1格] vergänglich: 無常な nur: ただ das Gleichnis, -se: 比喩、喩え

 

2. Fremd ist der Fremde nur in der Fremde.
ムト                           フムデ
(Karl Valentin)
【語句】fremd: 異質の、見知らぬ der Fremde: fremdの名詞化[男性1格] die Fremde: 異郷[普通の名詞]

 



まとめ

 形容詞を名詞化する場合、大文字で書き始めます。語尾は冠詞の有無や名詞の性・数と格で決まります(第29~30課を参照)。

 形容詞を中性名詞化すると「~なこと、もの」を表します。男性・女性・複数名詞化すると、それぞれ「~な人」を意味します。



ドイツ文化ひとこと エーリヒ・マリア・レマルク『西部戦線異状なし』

 『西部戦線異状なし』を書いたレマルクは、前に紹介したエーリヒ・ケストナーや劇作家で詩人のベルトルト・ブレヒト(Bertolt Brecht: 1898-1956)と同世代の作家です。本文でも触れたように、彼は実際に西部戦線に送られました。そこで重傷を負い、病院で終戦を迎えています。この小説は1927年には書き上げられており、1928年に新聞で数度にわたって部分掲載されたのち、1929年1月に単行本として出版され、百万部を超えるベストセラーとなりました。

 すぐに英語にも翻訳され、その後ユニヴァーサルが映画化権を取得します。映画は1930年4月に公開されました。英語でのタイトルは、"All Quiet on the Western Front" です。2つのオスカー(監督賞と作品賞)を得ています。

▲“All Quiet on the Western Front”

 私がこの作品に触れたのは、この白黒の映画が初めてでした。今調べてみて驚いたのが、この映画が戦前にハリウッドで映画化されていたことです。見たのはずいぶんと前のはずですが、主人公が休暇中に学校に戻って生徒たちに戦場の悲惨さを語るシーン、そして最後の塹壕でのシーンをいまだに鮮明に覚えています。

 小説は、1930年に秦豊吉によって日本語に訳されています(新潮文庫収録)。映画もデジタル版がDVDやブルーレイで出ています。




*1 Bundesarchiv, Bild 183-R04034 / CC-BY-SA 3.0 [CC BY-SA 3.0 de], via Wikimedia Commons
*2 By H.-P.Haack [CC BY 3.0], via Wikimedia Commons

第30課
第32課


矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール

1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。






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