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読んで味わう ドイツ語文法

33

分詞のさまざま

Die Eule der Minerva beginnt erst
    イレ                     ァスト
mit der einbrechenden Dämmerung ihren Flug.
        イン・ブヒェンデン   メルング
ミネルヴァのフクロウは始まりつつある夕暮れとともにやっとその飛翔を始める。


G. W. F. ヘーゲル
▲G. W. F. ヘーゲル

1. ミネルヴァのフクロウ

 ミネルヴァはローマ神話の女神です。古代ローマのミネルヴァは、もともとは手工業や商業を保護する神でした。 ギリシャ神話においてミネルヴァに相当する神はアテネですが、アテネは手工業のほかにも、智恵や戦略、芸術も司る女神でした。その結果、こうしたアテネの要素(特徴)がミネルヴァにも持ち込まれることとなり、智恵や戦略の象徴としても考えられるようになりました。

古代ギリシアの硬貨
▲古代ギリシアの硬貨 *1

 フクロウは、夜の闇の中でも目が利くために、智恵の象徴とされ、絵画などでは女神アテネ/ミネルヴァとともに描かれます。上の文では、ミネルヴァのフクロウは哲学を象徴しています。

 冒頭の文を記したのは、哲学者ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel: 1770-1831)です。彼が生きた時代は、ゲーテやシラーの活躍した時代に重なります。この時代は、知識人が古代ギリシア・ローマの歴史や文化を知っていることは当然とされており、神話などから引用して語ることが普通に行われていました。その際には、ギリシアの神々もローマ神話の名称で呼ばれるのは普通のことでした。

 上の文は、ヘーゲルの『法の哲学の基本(Grundlinien der Philosophie des Rechts)』(1821)の「まえがき(Vorrede)」に記されています。そこでは、「哲学とはもともといつも遅きに失するものだ。世界の思想としての哲学は、現実がその形成過程を終えて、完成した後になった時にはじめて姿を現す」とも述べられています。ヘーゲルにとって哲学は、歴史や現実が(いったん何らかのかたちで)完結した後の「夕暮れ」の段階で、その認識として姿を現すものとして理解されています。

 「まえがき」が書かれたのは、1820年。フランス革命からナポレオン戦争までの急激な変化の時代が終わり、ドイツの社会が落ち着きをほぼ取り戻した時期です。ヘーゲルは、過去の激動の時代が「完成した」と思えた時期に、あらためて過去をふり返って考えたわけです。

 若い頃は革命に熱狂したこともあった彼は、哲学を深めていくなかで、行為者としてではなく、認識者としての自己を冷徹に見定めたのでしょう。50歳となったヘーゲルの洞察であり、かつ諦念でもあるように思えます。

2.現在分詞とは

 この課のテーマは、さまざまな分詞です。以下では、現在分詞、過去分詞、未来分詞について触れます。過去分詞については、三基本形を扱った第25課で少し触れました。

 上のヘーゲルの文には、「現在分詞」が含まれています。ドイツ語の現在分詞は、不定形に-dをつけることで、「~しつつある」ことを意味します。

 英語との違いで重要なのは、ドイツ語では現在形で「~している」という進行中のことも表現できるため、英語のような進行形を作ることはないことです。ドイツ語の現在分詞は、主に名詞を修飾する形容詞的な使い方がなされるのです。述語的に使えるのは、bedeutend[ベイテント]「重要な」や dringend[ドンゲント]「至急の」などのごく限られた例外だけです。

 さて、ヘーゲルの文に登場する einbrechen「始まる」という動詞の現在分詞は、einbrechend です。これに形容詞が名詞を修飾する場合の語尾 -en(3格Dativと2格Genitivで冠詞がある場合はいつも -en ですね)がついて、

mit der einbrechenden Dämmerung
始まりつつある夕暮れとともに

となっているのです。なお、die Dämmerung は朝夕の薄暮を指す言葉で、朝の夜明けも夕の黄昏も指します。ここでは、全体の文脈から「夕暮れ」であることが分かります。

3.「異なった考え方をする自由」

 現在分詞を使った別の文としては、ローザ・ルクセンブルク(Rosa Luxemburg: 1871-1919)という社会主義運動の思想家による、次の言葉があります。

ローザ・ルクセンブルク
▲ローザ・ルクセンブルク

Freiheit ist immer die Freiheit der anders Denkenden.
イハイト                       ンダース ンケンデン
自由とは常に、異なった考え方をする者たちの自由でもある。

 最後の Denkenden が、現在分詞 denkend「考えつつある」を名詞化したもので、「(別のしかたで)考える者たち」を意味しています。冠詞つきで複数2格なので、-en 語尾がついています。

 この文だけを見ると、非常にリベラルな思想で、私も感銘を受けました。ただし、これは「ロシア革命について(Zur russischen Revolution)」と題された著作中の一節であり、社会主義内部での多様さや自由について語っている文ですので、必ずしも広義のリベラリズムを表現しているわけではないようです。

 それでも、文脈はともかく、難民や他国に対して不寛容で傲慢な政治家を見ていると、この言葉を教えてあげたくなります。

4.過去分詞

 過去分詞が形容詞的に使われるとき、他動詞であれば「~される」という受動の意味になります。

Aufklärung ist der Ausgang des Menschen aus seiner
オフ・クールング
selbstverschuldeten Unmündigkeit.
ルプスト・フェァシュルデテン  ンミュンディヒカイト
啓蒙とは、人間が自らの責任で招いた未成年状態から脱出することである。

 これは、第24課でも登場した哲学者イマヌエル・カントが、「啓蒙とは何か」(1784)という論文の冒頭に書いた有名な言葉です。verschulden「罪を招く」という他動詞の過去分詞 verschuldet(ver- という非分離の前つづりがあるので、ge- はつきません)に、selbst「自ら」がつき、かつ後ろには形容詞語尾の -en がついたかたちです。「汝自身の悟性を用いる勇気を持て!」とも述べたカントにとって、自立の精神は何よりも大切なものでした。

 非常に難解な哲学者というイメージが、どうしてもつきまとうカントですが、人間カントを紹介した面白い本として、池内紀の『カント先生の散歩』(潮文庫)があります。いちおう『純粋理性批判』に目を通した、というよりも目を滑らせただけの私も、この本を読んでカントに会ってみたかったなと思った次第です。

 自動詞の場合、過去分詞は完了を意味します。

Die Mitarbeiter begrüßen die neu angekommenen Gäste
   ト・ァバイター ベグリューセン        ンゲコメネン
freundlich.
従業員は新たに到着したお客を愛想よく歓迎する。

 ankommen「到着する」の過去分詞 angekommen に形容詞語尾の -en がついています(複数では冠詞があれば必ず -en 語尾)。

 さて、現在分詞と過去分詞がわかると、次の文が(理論上は)読みとれることになります。

Das bedeutend Wiederkehrende und schon Vertraute,
    ベイテント   ヴィーダー・ーレンデ            フェァトオテ
die geistreiche oder tiefsinnige Anmahnung [ist]
   イストライヒェ      ティーフズィニゲ ン・ーヌング
immer das Sprechend-Eindrucksvollste.
          シュプヒェント インドルクフォルステ
重々しく再来するものですでに馴染みのもの、機知に富むか深い意味をもった催促は、いつでも意味深長で最も印象的なものなのだ。

 現在分詞が bedeutend「重要な、重々しい」、wiederkehrend「再来する」、sprechend「意味深長な、表現力に富む」と3つ、過去分詞が vertraut「馴染んだ」と1つ出ている文です。

 これは、トーマス・マンの長編小説『ファウストゥス博士(Doktor Faustus)』(1947)の一節で、語り手のツァイトブローム(Zeitblom)が、主人公の音楽家レーファーキューン(Leverkühn)のある音楽作品を評しての言葉です。悪魔との契約というファウスト伝説に題材を取った芸術家小説であり、かつナチスの時代を描いた時代小説でもあり、非常に読み応えのある作品です。これも私は目を滑らせただけで終わっただけなので、いつかじっくり向き合ってみたいと思っています。

5.未来分詞

 英語では一般的ではないかもしれませんが、ドイツ語には「未来分詞」があります。これは、例えば不定形が lösen「解く、解決する」であれば、zu lösend というかたちを取ります。そして必ず名詞を修飾して使われます。意味は「解決されるべき、解決され得る」で、受動と義務や可能が結びついた意味になります。例えば、次のように使われます。

Die Regierung ist mit dieser nicht leicht zu lösenden
   レールング                   イヒト ツー ーゼンデン
Frage konfrontiert.
     コンフロンティーァト
政府はこの簡単には解決され得ない(解決できない)問題に直面している。

 未来分詞は少々お堅い、お役所言葉的な表現です。日常会話ではあまり耳にしないと思いますが、書き言葉としてはしばしば目にすることがあるため、紹介しておきます。



まとめ

 現在分詞は<不定形+d>で、「~しつつある」の意味。

 過去分詞は、他動詞では受動の意味、自動詞では完了の意味。

 未来分詞は<zu 不定形+d>で、「~されうる」「~されるべき」の意味。



ドイツ文化ひとこと ヘーゲル、ベートーヴェン、ヘルダーリン

 この課で紹介したヘーゲルの哲学そのものについて語ることなど、どう考えても私の能力にあまることなので、別の観点から触れたいと思います。

 ヘーゲルが生まれた年は1770年(1831年没)。この年に、作曲家ベートーヴェン(1770-1827)と詩人ヘルダーリン(1770-1843)が生まれています。3人は19歳という若さでフランス革命を経験し、その理念に熱狂します(ただし、政治的な現実には幻滅を味わい、距離を取るようになりました)。

 彼らは、フランス革命が歴史の時間をゼロに巻き戻し、世界が新しく創造されるような感覚を抱いていたようです。この新しい時代に相応しい新しい思想や芸術を求めたのが、彼ら3人だったと言えます。

 例えばヘーゲルの『精神現象学』(1807)、ベートーヴェンの交響曲やオペラ『フィデリオ』(1805)、あるいはヘルダーリンの「祖国の歌」(1803前後)と呼ばれる詩群は、それらの結実のように思えます。





第32課
第34課


矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール

1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。






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