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読んで味わう ドイツ語文法

35

指示代名詞

Orchester haben keinen eigenen Klang;
オァヒェスター                 イゲネン
den macht der Dirigent.
ーン            ディリント
オーケストラには独自の音はない。
それを作るのは指揮者だ。


ヘルベルト・フォン・カラヤン
▲ヘルベルト・フォン・カラヤン *1

1.指示代名詞

 冒頭の文は、20世紀を代表する指揮者のひとりとして知られるヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan: 1908-1989)の言葉とされるものです。彼は、オーケストラの響きを最大限に活かす演奏を目指していました。自分の求める音を実現させるために、実に細かい指示を出したカラヤン。それを端的に表現している文です。

 本課で扱う指示代名詞は、この文のなかでは den です。指示代名詞とは、近接した名詞を指す代名詞のことで、ここでは直前の男性名詞Klang「音、音色」を指しています。指示代名詞の代わりに、den Klang とも言えますし、人称代名詞で ihn と言ってもいいところです。

 しかし、den Klang と名詞を繰り返すよりも、あるいは人称代名詞の中立的な表現よりも、den と対象を具体的に指さすように言い直すほうが、インパクトがあります。指示代名詞は、対象となるものを、指さす感覚が強い代名詞なのです。そのため、書き言葉よりも、日常の会話でよく使われます。

 例えば、次の会話を比べてください。

Kennst du die Frau? — Ja, ich kenne sie.
その女性を知ってる? — Ja, die kenne ich.

 上の人称代名詞を使った文は、いわば無味無臭のニュートラルな表現です。これに対して下の指示代名詞を使った表現は、「ああ、あの人ね、うんうん、知ってる」と目の前にイメージしながら話をしている含みがあります。

2.指示代名詞の格変化と注意点

 指示代名詞の格変化は、基本的に定冠詞と同じです。ただし、2格(Genitiv)と3格(Dativ)複数では特殊な変化をするので、注意が必要となります。

<指示代名詞の格変化>

 男 
 中 
 女 
 複 
1格
der
das
die
die
4格
den
das
die
die
3格
dem
dem
der
denen
ーネン
2格
dessen
dessen
deren
deren
セン
ーレン

 指示代名詞を使う場合には、次の3つの点を頭に入れておきましょう。

(1) 文頭に置いて使うことが多い
(2) 発音は、定冠詞よりも強く長めに
(3) 人に対して使うと、「ヤツ」のようなニュアンスが入る場合があるので注意が必要

 特に最後の点は、話しているときに誤解を招いてしまう可能性があるので、気をつけてください。

3.グリム・メルヒェンは指示代名詞の宝庫

 指示代名詞は話し言葉でよく使われると言いました。メルヒェンももともとは「語り」だったので、この指示代名詞が結構な頻度で登場します。特に物語の冒頭部分ではよく用いられています。例えば、「忠実なヨハネス(Der treue Johannes)」という話の冒頭部です。

Es war einmal ein alter König,
      インマール        ーニヒ
der war krank und dachte: [...]
                 ハテ
昔あるところに年老いた王様がいて、病気になってこう思いました[略]。

 „Es war einmal ...“というのは、メルヒェンの始まりの定型句のひとつで、日本の昔話でいう「昔むかしあるところに…」に相当する言い方です。es は形式主語で、上の文の実質の主語は ein König「ひとりの王様」です。war は sein「ある」の過去形、einmal は「かつて、一度」を意味する副詞です。ein König のすぐ後ろにある der が男性1格の指示代名詞で、「その王様は」という意味になるわけです。krank は「病気の」、dachte は denken「考える」の過去形です。

 次は、ディズニーの映画にもなった「ラプンツェル(Rapunzel)」の冒頭部分です。

Es war einmal ein Mann und eine Frau,
die wünschten sich schon lange vergeblich ein Kind, [...]
   ヴュンシュテン                 フェァープリヒ
昔あるところに夫婦がいて、もう長いこと子どもがほしいと願ってきましたが、叶いませんでした。

「ラプンツェル」挿絵
▲「ラプンツェル」挿絵(Otto Obbelohde画)

 ここでは実質の主語が複数(ein Mann und eine Frau)なので、動詞は waren となっていいはずなのですが、語りとして「夫婦」が1組として意識されたのでしょう、単数扱いとなっています。それなのに、指示代名詞は die と複数1格ですし、それに合わせて動詞も3人称複数の wünschten となっているのはご愛敬です。

 なお、sich は3格(Dativ)の再帰代名詞で「自分たちのために」を意味します。vergeblich は「無駄に」を意味する副詞として使われています。これはいわゆる「批評の副詞」と呼ばれるもので、文中で語られたことに対する語り手の判断や批評を表しています。訳としては、「~したが無駄だった、叶わなかった」のように最後にまとめるといいでしょう。

 他にもグリム・メルヒェンには指示代名詞がたくさん出てきますので、ぜひ探してみてください。本を買って読んでもいいですし、ネット上であれば、Wikisource で初版(1812/1815)から第7版(1857)までの各版を読むことができます。

4.不定代名詞 einer

 これまで紹介してきた指示代名詞は、主に定冠詞のついた名詞を受ける場合に使われます。これに対して、不定冠詞がついた名詞を受ける場合には、不定冠詞をもとにした不定代名詞 einer が使われます。

 例えば会話で、

○ Ist hier in der Nähe ein Café?
               ーエ    カフェ
この近くにカフェはある?
◇ Ja, da ist eines.
ええ、あそこにひとつあるよ。

のようなやりとりがあります。答えの eines が中性名詞(1格)の ein Café を受けているのです。

 不定代名詞 einer は、次のように変化します。不定冠詞と同じように、単数だけで複数はありません。

<不定代名詞einerの格変化>

 男 
 中 
 女 
1格
einer
ein[e]s
eine
4格
einen
ein[e]s
eine
3格
einem
einem
einer
2格
eines
eines
einer

 不定冠詞の変化とずれていて注意が必要なのは、不定冠詞では ein となる3箇所(男性1格と中性1格・4格)です。それぞれ、性と格を明示するように語尾がつきます。この点では、形容詞の語尾変化と同じですね。なお、中性1格・4格では、eines と eins の両方のかたちが可能です。どちらかと言えば、eins は主に話し言葉で使われます。

 この不定代名詞は、作家エーリヒ・ケストナーによる次の文で見られるように、前の名詞を受けるのではなく、einer であれば男の人、eine であれば女の人、eines であれば「ひとつのこと」の意味で使うこともあります。

Wenn einer keine Angst hat, hat er keine Phantasie.
               ングスト               ファンタ
不安を抱かないのであれば、その人は空想力も持っていない。

wennは「~ならば」という従属の接続詞ですね。einer が「ひとりの人」で、ここは男性形で人間一般を代表していると考えてください。



練習

 指示代名詞、不定代名詞をチェックして、日本語に訳してみましょう。

1. Es war ein Mann, der hatte eine Tochter,
                               ホター
die hieß die „kluge Else“.
    ース
【語句】der Mann: 男性 hatte ← haben「持つ」の過去形 die Tochter: 娘 hieß ← heißen「~という名である」の過去形 die kluge Else: 賢いエルゼ

 

2. ○ Ist hier in der Nähe ein Supermarkt?
                          ーパー・ァクト
◇ Ja, drüben ist einer.
      ドリューベン
【語句】hier: ここに in der Nähe: 近くに der Supermarkt: スーパーマーケット drüben: 向こうに

 



まとめ

 指示代名詞

 男 
 中 
 女 
 複 
1格
der
das
die
die
4格
den
das
die
die
3格
dem
dem
der
denen
2格
dessen
dessen
deren
deren


 不定代名詞einer

 男 
 中 
 女 
1格
einer
ein[e]s
eine
4格
einen
ein[e]s
eine
3格
einem
einem
einer
2格
eines
eines
einer


ドイツ文化ひとこと ヘルベルト・フォン・カラヤン
ヘルベルト・フォン・カラヤン
▲指揮をするカラヤン *2

 カラヤンの音楽について語る資格は私にはありませんので、ここではあまり知られていない彼の家系を紹介します。

 歴史をたどると、カラヤン家はギリシアに起源があり、18世紀にザクセンのケムニッツに移り住みました。ヘルベルトの曾曾祖父の名は、ドイツ語風に発音するとゲオルク・ヨハネス・カラヤニス(Geórgios Ioánnes Karagiánnis:1743-1813)で、彼は木綿ビジネスで成功し、繊維産業の振興に貢献したことを評価されて、1792年に貴族になります。姓も von Karajan となりました。後に一家はウィーンに移ります。

 子孫のなかには学者や医者がいました。ヘルベルトの父エルンストも、医者としてザルツブルクで名をなしています。音楽を趣味としていて、ピアノやクラリネットを演奏し、ザルツブルク室内楽協会のメンバーでもありました。また、ヘルベルトの兄のヴォルフガングも、医業のかたわら、音楽アンサンブルを作り、特にバッハの『フーガの技法』の演奏で世界的に知られていました。ヘルベルトは学芸や音楽に囲まれた環境で育ったわけです。

 彼がまだ10歳の1918年、第一次世界大戦の敗戦でオーストリアは共和国になりました。1919年には、法律で貴族を表すvonや貴族の称号の使用が禁じられます。

 指揮者として名をなしてからも、本来であればvonは使えないはずです。ところが、ある研究者の指摘によると、カラヤンは「von を使わせてくれないならば、オーストリアではもう指揮をしない」と役所で大見得を切ったのだとか。そこで役所は von Karajan を「芸名(Künstlername)」として認めたのだそうです。




*1 Bundesarchiv, Bild 183-S47421 / CC-BY-SA 3.0 [CC BY-SA 3.0 de], via Wikimedia Commons
*2 Bundesarchiv, Bild 183-R92264 / CC-BY-SA 3.0 [CC BY-SA 3.0 de], via Wikimedia Commons

第34課
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矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール

1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。






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