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読んで味わう ドイツ語文法

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不定関係代名詞werなど

Wer vor der Vergangenheit die Augen verschließt,
            フェァンゲンハイト              フェァシュースト
wird blind für die Gegenwart.
                 ーゲンヴァァト
過去を前に目を閉ざす者は、現在に対して盲目となる。


リヒャルト・フォン・ヴァイツゼカー
▲リヒャルト・フォン・ヴァイツゼカー *1

1.ドイツの大統領

 2017年3月、第11代ドイツ連邦共和国大統領ヨアヒム・ガウク(Joachim Gauck: 在任2012-2017)が退任して、そのとき外務大臣だったフランク=ヴァルター・シュタインマイアー(Frank-Walter Steinmeier: 在任2017-)が第12代大統領に就任しました。ドイツの大統領は、実際の政治には関与せず、国家を象徴する存在です。したがって、国の良心や教養を代表するような人が大統領に相応しいと考えられています。

 ドイツの大統領のうちで、特に有名なのは、第6代のリヒャルト・フォン・ヴァイツゼカー(Richard von Weizsäcker: 1920-2015: 大統領在任1984-1994)ではないでしょうか。単に統一ドイツ最初の大統領であっただけではありません。ヴァイツゼカーは、ドイツを代表するに相応しい存在として尊敬されていました。

 冒頭の文は、1985年5月8日、欧州における第二次世界大戦終戦40周年を記念して、ヴァイツゼカー大統領が議会で行った演説にある有名な一節です。この演説の翻訳としては、『新版 荒れ野の40年 ヴァイツゼッカー大統領ドイツ終戦40周年記念演説』(永井清彦訳、岩波ブックレット、2009年)などがあります。

2.不定関係代名詞wer

 冒頭の文では、wer が「~する者」と不特定の人を表す「不定関係代名詞」で、先行詞のない関係文となっています。英語でも who を使って、「~する者は…だ」といった表現があり、考え方はほぼ同じです。

 ドイツ語の場合には、次の点に注意してください。

1. wer で始まる文は副文なので、定動詞(人称などに合わせて変化した動詞)が文末に位置する。基本として前後はコンマで区切る。
2. wer で始まる関係文に続く主文では、男性の指示代名詞(der ...)を置いて、wer で始まる関係文の主文での役割を明示する。ただし、冒頭の文のように、関係文が主文の主語となる場合(指示代名詞がderとなる場合)には、省略されることが多い。
3. 今回は紹介しないが、1格だけでなく、wen(4格Akkusativ)、wem(3格Dativ)、wessen(2格Genitiv)などもある。

 冒頭の文では、wer で始まる関係文中で vor が「~の前」を意味し、ここでは3格と結びついています。wer 文が動詞の第1位(Ⅰ)を占めたことになるので、主文では動詞 wird が第2位(Ⅱ)の位置に入り、関係文に続きます。4格と結びつく前置詞 für はここでは「~に対して」の意味です。

 では、いくつか wer を使った文を見てみましょう。まずはゲーテの言葉から。

Wer fremde Srpachen nicht kennt,
           シュプーヘン
weiß nichts von seiner eigenen [Sprache].
ヴァイス               イゲネン
異なる言葉(=外国語)を知らない者は、自らの言葉について何も知らない。

 この言葉に読者の皆さんは深く頷くものと思います。なお、kennen は実際の体験などから人や物事を知っているときに使います。Ich kenne ihn.「彼を知っている」のように、4格の名詞・代名詞を目的語に取ります。これに対して wissen(不規則変化してichとer/sie/es で weiß)は、おもに知識として知っていることに対して使い、dass などの副文を伴うことが多いです。nichts は英語の nothing にあたります。

 次の文は、『人間交際術(Über den Umgang mit Menschen)』(1788)で知られるアドルフ・クニゲ(Adolph Knigge: 1752-1796)の言葉です。

Wer immer in Zerstreuungen lebt,
            ツェァシュトイウンゲン
wird fremd in seinem eigenen Herzen.
                   イゲネン  ァツェン
いつも気晴らしのなかで生きている者は、自分の心のなかで異邦人となる。

『人間交際術』初版 扉
▲『人間交際術』初版 扉

 現在のドイツ語で「クニゲ」は、社交などの「マナー」を意味する普通名詞にもなっています。しかし、上の文からも分かるように、クニゲが語ったのは、単なるマナーではなく、人間の心や行動に対する洞察だったのです。

3.不定関係代名詞 was

 不定関係代名詞 was も、英語の what と同じように、不特定の「~するもの」の意味で関係文を作ります。alles「すべて」や nichts「何も~ない」などを先行詞とする場合と、先行詞がない場合との2つがあります。後者では、was で始まる関係文が主文の後ろに来ることもよくあります。

Der Mensch ist, was er isst.
                    スト
人間とは、彼が食べているものだ。

ルートヴィヒ・フォイアーバハ
▲ルートヴィヒ・フォイアーバハ

これは第14課でも登場した、19世紀の哲学者ルートヴィヒ・フォイアーバハ(Ludwig Feuerbach: 1804-1872)の言葉です。isst は不規則変化動詞 essen「食べる」が人称変化したかたちで、was er isst は「彼が食べているもの」という意味です。近代唯物論の先駆者のひとりらしい言葉です。

 また、was が入った文として、次のような諺があります。

Was Hänschen nicht lernt, lernt Hans nimmermehr.
    ンスヒェン                      マーメーァ
小さなハンスが覚えなかったことを、(大人の)ハンスは決して覚えない。

 この文のキモは、Hans と Hänschen の対比です。-chen は縮小辞で「小さい、かわいい」を意味します。これまででは、「赤ずきん」の Rotkäppchen などで登場しました。Hans が「大人のハンス」であり、縮小辞のついた Hänschen は「子どもの、小さなハンス」を意味しています。この文の主語は Hans で、動詞の後ろに来ています。was 文が文頭に置かれたことで,主文のⅠの位置を占めたためですね。was の関係文は、動詞 lernen「学ぶ」の4格目的語となっているわけです。日本語で言えば、「三つ子の魂百まで」といったところでしょうか。

4.関係副詞wo

 疑問詞として「どこ?」を意味する wo は、場所や時間を受ける関係副詞として使われることがあります。

 次の文は、ハインリヒ・ハイネの言葉です。

Dort wo man Bücher verbrennt,
           ビューヒャー フェァブント
verbrennt man auch am Ende Menschen.
             オホ          ンシェン
本が燃やされるところでは、しまいには人間も燃やされる。

 彼の悲劇『アルマンゾーア(Almansor)』(1821)にある言葉です。もともとは、1500年前後にスペインのコルドヴァがキリスト教徒によって再征服されて、コーランが燃やされたことを指しています。しかし今では、ナチスによる焚書(1933)と後の大量殺人を予言したかのような言葉として、広く知られています。

ベルリンで焚書があったべーベル広場にある記念碑(地下に埋め込まれた空の書棚)
▲ベルリンで焚書があったべーベル広場にある記念碑(地下に埋め込まれた空の書棚) *2

 関係副詞の wo は、時間を受ける用法もあります。例えば、グリム・メルヒェンの第1話「カエルの王様あるいは鉄のハインリヒ」は、次のように始まります。

In den alten Zeiten, wo das Wünschen noch geholfen
                        ヴュンシェン       ゲルフェン
hat, lebte ein König [...]
    ープテ    ーニヒ
望むことがまだ力となったその昔、ひとりの王様がおりました。

 wo は Zeiten(die Zeit「時」の複数形)にかかっています。関係文中では、動詞 wünschen「望む」を名詞化した das Wünschen「望み、望むこと」が主語で、動詞は helfen「助ける」の現在完了形です。lebte は leben「生きる」の過去形です。

 グリム・メルヒェンは、初版(1812/15)から最後の第7版(1857)に至るまでに、グリム兄弟によって話の追加や入れかえが行われました。そのなかで、この第1話は、最初から最後までメルヒェン集の冒頭に置かれ続けました。「望むことがまだ力となった昔」のイメージは、グリムがメルヒェンを考えるうえで、核心となるものだったのでしょう。同じように、最後の話「黄金の鍵」も常にメルヒェン集の末尾に置かれ続けました。短い話ですので、ぜひ読んでみてください。第1話の冒頭の文と最後の話が、糸で結ばれていて、メルヒェン集全体にグリム兄弟がどういう思いを込めたのかが分かると思います。



練習

 日本語に訳してみましょう。

1. Nur wer die Sehnsucht kennt, weiß, was ich leide!
            ーンズーフト
【語句】nur: ただ die Sehnsucht: 憧れ kennen: 知っている(体験として) weiß ← wissen: 知っている(知識として) leiden: 苦しむ

 

2. Glücklich ist, wer vergisst,
リュクリヒ          フェァスト
was nicht mehr zu ändern ist.
                  ンダーン
【語句】glücklich: 幸せな vergisst ← vergessen: 忘れる nicht mehr: もはや~ない zu ändern ist: 変えうる

 



まとめ

 wer「~な者」、was「~なもの」、wo「~なところ、とき」で関係文を作れます。

 関係文は副文なので、定動詞(人称変化した動詞)が文末に位置します。



ドイツ文化ひとこと メルヒェンの王様

 グリムなどのメルヒェンを読むと、王様(der König)や王子(der Königssohn)、王女(die Königstochter)がよく出てきます。でも、フランス国王やイギリス国王と比べると、どうも庶民的というか、垢抜けない感じの人物として描かれています。

 例えば、グリム・メルヒェンの「いばら姫(Dornröschen)」では、王様は祝宴用の金の皿を12枚しか持っていません。そのため、13人いた「賢い女」のうちのひとりは、いばら姫が生まれた祝宴に招かれず、怒りのあまりいばら姫に呪いをかけてしまいます。それにしても、「王様」なのに金の皿を12枚しか持っていないというのは、いくら金の皿が高価なものだとしても、ちょっと寂しいような気がしませんか。

 グリム兄弟の若かりし頃には、まだ神聖ローマ帝国は存在しており、その帝国の皇帝は同時にローマ王でもありました。この他に王の地位に当たるものとしては、ベーメン(ボヘミア)王や、近世になってからのプロイセン王くらいしかありませんでした(バイエルンやザクセンなどが王国となるのは、神聖ローマ帝国解消後)。そうした王が治める領地以外の土地は、侯爵領や大司教領など、200以上に細分化されており、その各々に領主が存在していました。そして、グリム・メルヒェンに登場する「王様」はどう見ても、大きな国の王というよりは、どこぞの小さな領地の領主様なのです。

 例えば、ドイツ南西部にはかつてバーデン大公国(王国ではない)がありましたが、この大公(Großherzog)の下にはさらに、8人の高等貴族(Standesherren)、81人の大荘園を所有する領主(Grundherren)がいたそうです。ちなみに、住民は合わせて約30万人だったそうです。「王様」がいかにたくさんいたかが分かります。




*1 Bundesarchiv, Bild 146-1991-039-11 / CC-BY-SA 3.0 [CC BY-SA 3.0 de], via Wikimedia Commons
*2 By Daniel Neugebauer (nick: Energiequant) (Own work) [CC BY-SA 2.5], via Wikimedia Commons

第36課
第38課


矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール

1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。






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