研究社
研究社 会社案内 採用情報 サイトマップ 書店様向け 教育現場向け

研究社 WEB マガジン Lingua リンガ


読んで味わう ドイツ語文法

38

da[r]+前置詞とwo[r]+前置詞

Wovon man nicht sprechen kann,
ヴォフォン 
darüber muss man schweigen.
リューバー             シュヴァイゲン
何について人は語り得ないか、それについては沈黙せざるを得ない。


ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン
▲ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン

1.ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン

 冒頭に挙げたのは、オーストリア出身の哲学者ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein: 1889-1951)の『論理哲学論考(Logisch-philosophische Abhandlung)』(1921)の最後の文です。学生時代にこの文をどこかで耳にしたか読んだかして、原著に挑んだわけですが、原語でも、もちろん日本語でも、みごとに玉砕(?)してしまった本です。なので、内容の解説は潔く省略いたします…。

 とはいえ、ときおり次のような私にも分かりやすい文もあり、世界と言語の問題に深く向き合った本が、(恥ずかしながら)分かった気になっていたものです。

Die Grenzen meiner Sprache bedeuten
   グンツェン        シュプーヘ ベイテン
die Grenzen meiner Welt.
私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する。

 それはさておき、最初の文には、この課で説明する2つの要素を含む語(wovon と darüber)があります。なので、この文を文法的に理解するためには、2つの段階を経る必要があります。以下、しばらくおつきあいください。

2.前置詞と「それ」は da[r]- + 前置詞で

 一般的には、前の名詞などをうけて「それ」などと指す場合には、人称代名詞を使います。

Da ist ein Wagen. Er ist sehr alt.
         ヴァーゲン
あそこに車がある。それはとても古い。

 ドイツ語では、男性名詞は er で、女性名詞は sie で、中性名詞は es で受けるのでしたね(それぞれ1格の場合)。

 ところが、この「それ」が前置詞と結びつく場合には、前置詞+人称代名詞で表すのではなく、<da[r]- + 前置詞>を使うのです。

Da ist ein Wagen. Darin sitzen ein Mann und eine Frau.
               ダン  ズィツェン
あそこに車がある。その中に男性と女性が座っている。

 ここでの darin は、in dem Wagen「その車の中に」の意味です。

 da- か dar- かの使い分けは、前置詞が母音で始まるものであれば dar- を使う、と覚えてください。daran「それに接して」、darauf「その上」、darin「その中」、darüber「その上方」などのようになります(意味は主なもの)。

 <da[r]- + 前置詞>を用いた文として、例えば、19世紀から20世紀への転換期ウィーンを代表する作家のひとり、アルトゥーア・シュニツラー(Arthur Schnitzler: 1862-1931)の言葉があります。

Ein Abschied schmerzt immer,
   プシート   シュァツト
auch wenn man sich schon lange darauf freut.
                             ダオフ フイト
たとえもう長いこと(それを)楽しみにしていたにしても、別れというのは常に痛みを伴うものだ。

アルトゥーア・シュニツラー
▲アルトゥーア・シュニツラー

 主文では、schmerzen「痛む」が動詞ですね。副文では、wennだけならば「~ならば、~のとき」ですが、auch wenn だと「たとえ~でも」と意味が変わります。sich auf ...4 freuen は、「…を楽しみにする」という再帰の熟語です。darauf は、ここでは auf den Abschied「それ(別れ)を」指しています。

3.da[r]-は後ろを受けることもある

 なお、この da[r]- は前の文中の要素を受けるだけでなく、後に続く要素を受けることもあります。カール・マルクスが『フォイアーバハに関するテーゼ(Thesen über Feuerbach)』(1845)に書いた次の文を読んでみましょう。

Die Philosophen haben die Welt nur verschieden
   フィローフェン            ヴェルト   フェァーデン
interpretiert; es kommt aber darauf an,
インタープレティーァト             ダオフ
sie zu verändern.
      フェァンダーン
哲学者たちはただ世界をさまざまに解釈してきた。しかし重要なのは、世界を変えることだ。

 この文章の後半で、es kommt auf ...4 an は熟語で、「…が重要だ、…次第である」を意味します。darauf は、後ろに続く sie zu verändern「それ(世界)を変えること」を指しています。

 このように、前置詞つきの動詞熟語では、da[r]- が後ろに続く zu 不定句や副文を受けることがあります。

 なお、da[r]- を使う場合に注意してほしいのは、「もの・こと」を受ける場合だけで、人を受けて使うことはできないことです。なので、

Warten Sie auf Thomas? — Ja, ich warte auf ihn.
トーマスのことを待っている? — ええ、彼を待っています。

となります。この場合には、darauf は使えません。

4.wasと前置詞は wo[r]- で

 「何?」を表す was が前置詞とともに使われる場合には、wo[r]- が使われます。例えば、マルティン・ケセル(Martin Kessel: 1901-1990)に、次のような文があります。

Willst du wissen, woraus die Menschheit besteht?
ヴィルスト         ヴォオス     ンシュハイト   ベシュート
Aus denen, die sich nicht um dich kümmern.
    ーネン                     キュマーン
何から人類が成り立っているか、君は知りたいのか?
君のことを気にかけない人たちからだ。

 前半の文で、aus ...3 bestehen「…から成り立つ」という熟語が登場しています。「何から」の aus + was が、woraus となっているわけです。後半の文の denen は複数3格(Dativ)の指示代名詞で、ここでは「人々」を意味しています。

 ケセルは、日本ではあまり知られていない作家ですが、戦後ドイツの重要な文学賞である「ビュヒナー文学賞」を受賞(1954)するなど、いわば通には評価されてきた作家です。その長編小説『ブレヒャー氏の挫折(Herrn Brechers Fiasko)』(1932)は、まだ翻訳はありませんが、メディア業界で働くサラリーマンが、陰謀に巻き込まれて自分を失っていくありさまを描いた作品で、今の時代に通じるものがあります。今世紀になってからも複数の出版社から再版されるなど人気の高い小説なので、だれか日本語に訳して紹介してくれないかなと願う次第です。(自分でやれって? う~む、時間が…)

 なお、日常会話の疑問文では、例えばworaus?という代わりに、aus was?ということもよくあります。

5.ヴィトゲンシュタインに戻って

 da[r]- + 前置詞とwo[r]- + 前置詞を説明したところで、冒頭の文に戻りましょう。

Wovon man nicht sprechen kann,
darüber muss man schweigen.
何について人は語り得ないか、それについては沈黙せざるを得ない。

 文頭の副文では、wovon と疑問詞から始まっています。これは von + was「何について」ですね。この箇所は不定関係代名詞としての was と von の組み合わせ、「人が語り得ないこと」と訳すのが一般的ですが、ここはあえて疑問文=問題提起として理解してみました。von ...3 は、「…について」を意味します。次に出てくるüber ...4 も「・・・について」という意味ですが、über ...4 には「詳しく検討する」というニュアンスがあるのに対して、von ...3 は「話題やテーマとして取りあげる」というニュアンスです。この副文は、「人は何について語ることができないのか」という間接疑問です。

 コンマ以降が主文で、darüber は前に置かれた副文全体を指しています。主文が darüber で始まって、ついで助動詞 muss が文の2番目の位置(Ⅱ)に入っています。これは第28課で扱った、「副文が前に置かれると、続く主文で動詞が倒置される」という決まりから外れています。しかしこれは、前にある副文と darüber がワンセットで文の1番目の位置(Ⅰ)を占めていると考えてください。主文は、「そのことについて人は沈黙せざるを得ない」と訳せます。

 この課で紹介した<da[r]- + 前置詞>と<wo[r]- + 前置詞>は、初級ではあまり重要ではないのですが、ある程度込み入った書き言葉を理解しようとする場合には必要な知識なので取りあげました。



練習

 日本語に訳してみましょう。2は訳すというよりは、声に出して読んで、楽しんでください。

1. Die ganze Welt ist eine große Geschichte, und wir spielen darin mit.
【語句】die Welt: 世界 ganz: ~全体(英語: whole) groß: 大きな die Geschichte: 物語 mit|spielen: 一緒に遊ぶ・演じる、一緒に遊び・ゲームを作る

 

2. Es lagen zwei zischende Schlangen zwischen zwei spitzen Steinen und zischten dazwischen. (Zungenbrecher)
【語句】es: 形式主語 lagen ← liegen「横になっている」の過去形(3人称複数) zwei: 2 zischend ← zischen「シュシュと音を出す」の現在分詞 die Schlange, -n: 蛇 zwischen: ~の間 spitz: 尖った der Stein, -e: 石 zischten ← zischenの過去形(3人称複数) der Zungenbrecher: 早口言葉

 



まとめ

 「もの、こと」を表す「それ」が前置詞と一緒になると、<da[r]- + 前置詞>が、「何?」を意味する疑問詞 was が前置詞と一緒になると、<wo[r]- + 前置詞>が使われます。

 dar- / wor- となるのは、前置詞が母音で始まる場合です(例: darin, worüber)。



ドイツ文化ひとこと 世紀転換期のウィーン(シュニツラー、ヴィトゲンシュタインなど)

 ドイツ語圏の芸術や文学を考えるとき、偉人たちがきら星のように並びたつ時代がいくつかあります。そのうちのひとつがゲーテとシラーなどに代表される、およそ1770年代から1830年代のいわゆる「ゲーテ時代」でしょう。もうひとつは、19世紀から20世紀への世紀転換期のウィーンが挙げられます。この時代、文学ならばホフマンスタール(Hugo von Hofmannsthal: 1874-1929)やシュニツラー、美術ならばクリムト(Gustav Klimt: 1862-1918)やシーレ(Egon Schiele: 1890-1918)、音楽であればマーラー(Gustav Mahler: 1860-1911)やシェーンベルク(Arnold Schönberg: 1874-1951)、学問の世界では深層心理学のフロイト(Sigmund Freud: 1856-1939)など、それぞれの分野で画期的な仕事をした人々が輩出しました。

 ヴィトゲンシュタインは、時代的には少し遅れますし、実際の活躍はイギリスでした。しかし彼の父はウィーンでも指折りの資産家であり、母はピアニストで、著名な音楽家と交流がありました。ヴィトゲンシュタイン家は、芸術家のパトロンとして、世紀転換期ウィーンの文化に大きな貢献を果たしています。ルートヴィヒの姉のマルガレーテは、クリムトによって肖像画に描かれています。ルートヴィヒ自身も、表現主義の代表的詩人であるゲオルク・トラークル(Georg Trakl: 1887-1914)に多額の援助をしています。

クリムトによるマルガレーテの肖像画
▲クリムトによるマルガレーテの肖像画

 この時代に親しむための入門書としては、シュニツラーの『夢小説(Traumnovelle)』(1926)はどうでしょうか。スタンリー・キューブリック監督、トム・クルーズとニコル・キッドマンが出演した映画『アイズ・ワイド・シャット』(1999)の原作です。池内紀・武村知子訳(『夢小説・闇への逃走』岩波文庫)、池田香代子訳(『夢奇譚』文春文庫)、尾崎宏次訳(『夢がたり』ハヤカワ文庫NV)などがあります。




第37課
第39課


矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール

1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。






▲ページトップに戻る

複写について プライバシーポリシー お問い合わせ

Copyright(C)Kenkyusha Co., Ltd. All Rights Reserved.