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読んで味わう ドイツ語文法

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名詞の性と冠詞(1)

Wir  sind  das  Volk! 私たちが主権者たる国民だ!
ヴィーア  ズィント  ダス      フォルク
Wir  sind  ein  Volk! 私たちはひとつの国の民だ!
ヴィーア  ズィント  アイン  フォルク


Wir sind das folk
▲東西ドイツ統一の記念碑 *1

 ドイツ語を学んでいくうえで、ハードルとなる点がいくつかあります。

  • 名詞に「性」がある
  • 動詞のかたちが主語に合わせてマメに変化する
  • 日本語の「てにをは」のような、「格」という考え方がある
  • 語順が変わることがある

 驚いたでしょうか。でも視点を変えれば、これらがクリアできればドイツ語は相当できるようになるわけです。この課では、名詞の「性」について詳しく説明していきます。

1. 名詞の3つの性と定冠詞

 ドイツ語の名詞には、必ず性があり、男性・女性・中性の3つのうちのどれかに属します。例えば、Vater[ファーター]「父」が男性名詞、Mutter[ター]「母」が女性名詞、Kind[ント]「子」が中性名詞というのは、自然の性と名詞の性が一致しているので、私たちにとっても違和感はないと思います。実際、人を指し示す名詞では、自然の性と名詞の性は一致するのが基本です。

 しかしながら、例えばビールやワイン、ミルクにも性があると言われると、日本人には「???」ですね。具体的には、Wein[ヴァイン]「ワイン」は男性、Bier[ーア]「ビール」は中性、Milch[ルヒ]「ミルク」は女性と分かれているのです。ついでに言うと、ドイツ語の名詞は普通名詞でも大文字で書き始めます。名詞だと識別しやすいのがドイツ語の利点です。

 さて、名詞の性はドイツ人も一つひとつ覚えていきます。日本人の子どもたちが漢字を毎日の練習で身につけていくように、ドイツ語圏の子どもたちもまた名詞の性や綴りを苦労しながら覚えていくわけです。

 「大変なことになったなあ、英語でも覚えることが多くて苦労したのに、名詞に性があるドイツ語はもっとややこしそうだからやめておこう」と思った方もいるかもしれません。でも、名詞の性は、英語に慣れていると面倒に感じるかもしれませんが、実はヨーロッパの言語という広い視点から見ると、それほど特殊なことではないのです。例えば、フランス語にもイタリア語にも名詞には性があります(小声で付け足すと、男性と女性の2種類だけですが)。ですから逆に、名詞に性のない英語のほうが特殊な言語だとも言えるのです。

 別の例を挙げましょう。アメリカのニューヨークには、「自由の女神像」があります。でも英語では “the statue of the liberty” で「自由の像」としか言いません。ではどうして「女」神なのでしょうか。これは、liberty のもとのラテン語 libertas と、像を贈った国フランスの言葉 liberté がともに女性名詞だからなのです。

 また、ベートーヴェンの『交響曲第九番』第4楽章の合唱で知られるシラーの詩「歓喜に寄せて」は、

„An die Freude“
   アン  ディ  フイデ

というのが原題です。「歓喜」を表す名詞の Freude は女性名詞です。シラーとほぼ同時代のイラストを見ると、この「歓喜」が女神として描かれているのです。その意味では「歓喜の女神に寄せて」と訳すほうがより正しいのかもしれません。

 さて、こうした名詞の性を意識しなければならないのは、いったいどういうときなのでしょうか。それは、名詞に「定冠詞」や「不定冠詞」をつけるときです。「定冠詞」とは、名詞の前につく語のことで、その名詞の指示対象について、話し相手と了解がある場合に使われます(英語でいうthe)。例えば、以下の文で、Hund「犬」は男性名詞であり、der「その、あの」は、男性名詞につく定冠詞です。

Hier ist der Hund. ここに(話題になった)犬がいる。
ーア スト デァ ント

 hier は「ここ」で、英語の here と似ていますね。ist は英語の is にあたる「ある、いる」を意味する動詞です。

 続く文で、Pferd「馬」は中性名詞、das は中性名詞につく定冠詞です。

Hier ist das Pferd. ここに(話題になった)馬がいる。
ーア スト ダス プフェァト

 お次は Katze「猫」で、女性名詞です。女性名詞につく定冠詞はdieです。

Hier ist die Katze. ここに(話題になった)猫がいる。
ーア スト ディ ツェ

 例えば、猫の駅長さんがいる駅がありますね。この文は、そのことを話していて、「ああ、あの猫だよ」という場合に使うわけです。

 ドイツ語の名詞を覚えるときには、意味だけでなく、かならず性も覚えましょう。そのためには、das Pferd のように定冠詞とセットで覚えるのがいいのです。また、単語帳を作るときには、例えば男性名詞は青ペンで、女性名詞は赤ペン、中性名詞は黒ペンなどのように色分けをするとよいでしょう。

2. 不定冠詞 ―― ベルリンの壁崩壊とドイツ統一

 さて、この課の最初で引用した文は、

Wir sind das Volk! 私たちが主権者たる国民だ!
ヴィーア ズィント ダス フォルク

でした。„wir sind“ は英語の“we are”にあたり、「私たちは〜だ」という意味です。この動詞については後の課で説明します。Volk という名詞(ここでは「国民」と訳します)は、定冠詞 das がついているので中性ですね。

Wir sind das folk
▲東西ドイツ統一の記念碑 *2

 この言葉は、東西ドイツを分断していたベルリンの壁が1989年11月9日に崩壊する前、東ドイツでデモを繰り返していた人々が叫んだスローガンです。自分たちこそが、まさに国の主権者であり、方向性を決める主体なのだ、という宣言でした。東ドイツの正式名称は、Deutsche Demokratische Republik[イチェ デモクーティシェ レプブーク]「ドイツ民主共和国」で、「民主主義」を標榜していた以上、政府がないがしろにしていたにしても、国民がいちばんエライわけです。上のスローガンはここに立ち返った言葉です。

 しかしベルリンの壁崩壊の直後あたりから、スローガンは変化を始めます。それが冒頭に挙げた2つめの文です。

Wir sind ein Volk! 私たちはひとつの国の民だ!
ヴィーア ズィント アイン フォルク

 ein というのは、英語でいう aan のような「不定冠詞」です。「ひとつの、どれかある」を意味することも英語と同じです。ein Volk という表現は、東ドイツと西ドイツがひとつの国だ、同じ国の民なのだ、という意味で使われたのでした。つまり、当初は東ドイツ国内の民衆のプロテストだった言葉が、壁の崩壊をふまえて、東西ドイツの統一を求める言葉に変わったのです。

Wir sind das folk

3. 不定冠詞も性で異なる

 さて、不定冠詞は「1つの」を強調した使い方のほかに、「(特に何とは定まっていない)ある1つの」という意味でも使われます。例えば、次のようになります。

Hier ist ein Hund. ここに犬が1匹いる。
ーア スト アイン ント
Hier ist ein Pferd. ここに馬が1匹いる。
ーア スト アイン プフェァト
Hier ist eine Katze. ここに猫が1匹いる。
ーア スト アイネ ツェ

 不定冠詞は、男性と中性で ein, 女性では eine となります。そして「1つの」という意味があることから分かるように、(英語と同様に)複数形はありません。


まとめ

 今の段階では、名詞には性が3種類あり、定冠詞と不定冠詞のかたちがそのそれぞれにあることをチェックしてくれればOKです。

 表にまとめてみました。複数はまだ学んでいませんが、とりあえず出しておきます。

男性 中性 女性 複数
定冠詞 der Vater das Kind die Mutter die Kinder
不定冠詞 ein Vater ein Kind eine Mutter — Kinder



ドイツ文化ひとこと

 ベルリンの壁は、1961年に作られ、東西ドイツの自由な交通が遮断されました。とりわけ、東ドイツの人々の移動の自由が奪われていました。ところが1989年11月9日、民主化運動の流れのなかで、政府高官が東ドイツの国民には移動の自由が保証されるとメディアで不用意な発言をしました。この発言を受けて、壁(国境)周辺には、東ドイツ市民たちが出国を求めて集まり始めました。しかし、壁を守っていた警備隊の末端の人々までは、正式な情報伝達がなされていなかったため、いつ事故が生じてもおかしくない状況でした。最終的には、事故の発生を危惧した警備隊が、検問を中止してゲートを開放したことで、東ドイツ市民たちが西ドイツへと流れ込み、こうして、壁の崩壊が事実となったのです。

Wir sind das folk

 私たちは歴史の結果を知っているので、„Wir sind ein Volk!“「私たちはひとつの国の民だ!」が壁崩壊から1年もしない1990年10月3日に現実になったことを知っています。しかし、壁崩壊直後における東ドイツでの議論は、新しい東ドイツをどう創っていくべきかが中心でした。統一は前面に出ていなかったのです。つまり、壁崩壊直後には、どのような新しい東ドイツを創るのか、主権者たる das Volk としての意欲に燃えていた人たちも多かったのです。



*1 By Wikswat (Own work) [CC BY-SA 3.0 or GFDL], via Wikimedia Commons
*2 By Jimmy Fell (Archiv Jimmy Fell) [Copyrighted free use], via Wikimedia Commons


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第5課


矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール

1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。






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