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読んで味わう ドイツ語文法

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接続法第2式

Wenn ich ein Vöglein wär’
             フェーグライン ヴェーァ
Und auch zwei Flüglein hätt’...
               フリューグライン 
もし私が小鳥なら、
そして小さな翼を2つ持っていたら…


▲民謡「もし私が小鳥なら」

1.民謡「もし私が小鳥なら」

 冒頭で紹介したのは、民謡「もし私が小鳥なら」の最初の2行です。日本では、「夜汽車」という曲のメロディーとして親しまれています。

Wenn ich ein Vöglein wär' [= wäre],
           フェーグライン ヴェーァ
Und auch zwei Flüglein hätt' [= hätte],
             フリューグライン 
Flög' [= Flöge] ich zu dir.
ーク
Weil's [= Weil es] aber nicht kann sein,
ヴァイルス
Bleib' [= Bleibe] ich allhier.
イプ             ルヒーァ
もし私が小鳥なら、
そして小さな翼を2つ持っていたら、
あなたのところに飛んでいくのになあ。
でもそれはできないことなので、
私はここにいます。

前半の3行で、接続法第2式が登場しています。接続法第2式は、主に「非現実」のことを語るのに用いられます。

 まずは対比のために、「現実」を見ましょう。現実の「私」は、小鳥でもないですし、当然2つの翼もありません。なので、飛んでいくこともできません。こうした事実を語るのであれば、これまで学んだ、事実をそのまま語る直説法で、

Weil ich kein Vöglein bin,
Und auch keine zwei Flüglein habe,
Fliege ich nicht zu dir.
私は小鳥ではないし、
2つの小さな翼もないので、
あなたのところに飛んでいけない。

と言えるわけです。これらの動詞のかたちは、もう馴染みのものですね。この現実を反転させて、願望の世界を語るのが、接続法第2式の非現実話法なのです。

 逆に歌詞の後半2行は、「飛べないのでここにいる」という厳然たる事実を語っています。なので、直説法で語られていますね。このように、「もし私が小鳥なら」は、非現実と現実の対比が印象的な詩です。

 なお、Vöglein、Flüglein は、der Vogel「鳥」と der Flügel(複数 die Flügel)「翼」に、「小さな」を意味する縮小辞 -lein がついたものです。-lein がついた名詞は中性名詞となり、複数形は単複同形です。

2.基本の接続法第2式(現在)の作り方

 接続法第2式は、過去基本形をもとに作り、不規則変化動詞で語幹の母音が変音できる場合には変音します。例えば、動詞 sein の過去基本形は war、動詞 haben の過去基本形は hatte ですが、接続法第2式ではこれに -e をつけるので(ただしすでに語尾が -e となっている場合はつけない)、wäre と hätte がそれぞれ接続法第2式の基本のかたちとなります(さらに人称変化がありますが、語尾変化は第1式と同じです)。同じように、「飛ぶ」を意味する fliegen は過去基本形が flog なので、接続法第2式では flöge となるのです。詳しくは「まとめ」を参照してください。

 これまで何度か登場した、「~したい」「~がほしい」という意味の möchte(英語の would like to に相当)も、実は接続法第2式の表現です。もとの動詞は、「~が好きだ」を意味する、助動詞としても普通の動詞としても使われる mögen です。この動詞の過去形が mochte で、語幹の母音を変音させて接続法第2式にしたのが möchte です。

 ただし、この語は日常会話であまりに頻繁に使われているために、ドイツ人は möchte を接続法第2式だとは意識しないようです。接続法第2式は、非現実の表現を中心としますが、そこから「もしよろしければ、~してもらえる嬉しいのですが」というていねいなお願い表現が派生しています(「外交的用法」)。möchte は、本来はそうしたていねいなお願い表現だったはずなのです。ところが日常化したことで、「もしよろしければ…」というニュアンスがほとんど消えて、「~したい」「~がほしい」という普通の願望表現として使われるようになったとのことです。

3.現在のドイツ語での第2式の作り方

 上で見たのは不規則変化動詞の接続法第2式でしたが、それでは規則変化動詞の場合にはどうなるでしょうか。例えば lernen「学ぶ」という動詞を見てみると、この動詞の過去基本形は lernte で、規則変化動詞では語幹の母音の変音は生じないので、これがそのまま接続法第2式のかたちとなります。すると、lernte という語が文の中で出てきたとき、それが過去形なのか、それとも接続法第2式なのか、判断がとても難しくなります。

 そのためもあってか、接続法第2式の現在は、正式のかたちのほかに、<würde ... 不定形>という代替形が好んで使われます。ですので、現在のドイツ語であれば、歌の3行目は、

Würde ich zu dir fliegen

となります(リズムが合わないので歌えないですね)。なお、sein/haben/werden と助動詞に関しては、正式の第2式のかたち、つまり wäre/hätte/würde や könnte などを使うのが一般的です。

4.ルターの言葉?

 では、他の文も読んでみましょう。マルティン・ルターの言葉とされるものです。

Selbst wenn ich wüsste, dass die Welt morgen in Stücke zerfällt, würde ich immer noch meinen Apfelbaum einpflanzen.
世界が明日バラバラになると知っていたとしても、私はそれでもまだ自分のりんごの木を植えるだろう。

マルティン・ルター
▲マルティン・ルター

 この文では、wüsste(wissen「知っている」、過去形wusste)と würde ... einpflanzen(einpflanzen「植える」)が接続法第2式です。selbst wenn ...は「たとえ…にしても」というニュアンスになります。

 不思議なのは、dass文が現実のこととして直説法で語られていることでしょうか。普通であれば、この副文も接続法第2式で語る(動詞が zerfiele か zerfallen würde となる)のが、文法教科書的には正式なのです。ただし、世界の没落=最後の審判が確実なこととして語られるキリスト教の思想を考慮すれば、直説法であることも不思議ではなくなるでしょう。

 とはいえ、ルターの言葉として非常によく知られ、よく引用されてきたこの言葉は、実際にはルターによるものではないそうです。

 ある研究者が調べたところ、ルターの言葉だという証拠はまったくなく、実は20世紀に入ってから作られた言葉だというのです。文献で始めて確認できるのが1944年で、1930年代にはすでに誕生していたのではないかと推測されています。

 この言葉が広く知られるようになった理由として、当時の時代背景があります。戦争末期、そして終戦直後のドイツは、まさに荒廃の極みともいうべき状態でした。悲惨な状況の中にあって人々は、慰めと励ましの言葉を求めていたのです。そこにピタリと当てはまったのが、かの「ルターの言葉」だったわけです。

 特に戦後、後の連邦大統領にもなるグスタフ・ハイネマン(Gustav Heinemann: 1899-1976)などが盛んに引用したことで、さらに知名度が上がっていきます。


グスタフ・ハイネマン
▲グスタフ・ハイネマン *1

 また、主に環境保護の意識の向上とともに、実際にりんごの木を植える活動も行われるようになってきました。例えば、ルターの町ヴィッテンベルクには、2009年に「ルターの庭(Luthergarten)」が作られ、2017年の宗教改革500周年に向けてりんごの木が植えられています。ここには、スウェーデンやデンマークの国王もりんごの木を植樹しているのだとか。

 このように、「ルターの言葉」は、フィクションが現実に作用するようになった例のひとつであり、言葉の持つ力を実感させてくれます。



まとめ

 接続法第2式は、基本的に非現実話法で使われます。

 接続法第2式の変化
 過去形を基本として作られます。不規則変化動詞では、語幹の母音を変音できる場合には変音させて作ります。

sein haben werden lernen können wollen*
である 持つ なる 学ぶ 〜できる 〜したい
ich wäre hätte würde lernte könnte wollte
du wärest hättest würdest lerntest könntest wolltest
er wäre hätte würde lernte könnte wollte
wir wären hätten würden lernten könnten wollten
ihr wäret hättet würdet lerntet könntet wolltet
sie wären hätten würden lernten könnten wollten
Sie wären hätten würden lernten könnten wollten

* wollen「~したい」と sollen「~すべき」は、不規則変化する助動詞ですが、接続法第2式では例外的に母音を変音させずに、wollte と sollte が基本のかたちとなります。



ドイツ文化ひとこと 「もし私が小鳥なら」

 この歌がはじめて印刷に付されたのは、1778年、ゲーテの友人でもあり、民衆詩の価値を見出したヨハン・ゴットフリート・ヘルダーが編集した『民謡集』第1巻でした。その後、やはり民謡を収集したクレメンス・ブレンターノ(Clemens Brentano: 1778-1842)とアヒム・フォン・アルニム(Achim von Arnim: 1781-1831)の『少年の魔法の角笛(Des Knaben Wunderhorn)』にも再録されるなど、発表当初から広く知られ、親しまれた民謡です。

 もとは、スイスの民謡だとされており、1756年のスイスの歌集に、原型と思われるものが収録されています。全5節のこのオリジナルでは、歌い手の「会えないならば死んでしまいたい」という願望が歌われるのですが、おそらくヘルダーの手によって、死への思いは削除され、遠く離れた相手をひたすら思い焦がれる全3節の歌に変えられています。

 民謡のメロディーをもとにしたラインハルト(Johann Friedrich Reinhardt: 1752-1814)の曲が現在では広く知られていますが、ローベルト・シューマンも曲をつけています(op. 43, Nr. 1)。よかったら、こちらも聴いてみてください。

▲シューマン「もし私が小鳥なら」



 

 これで「読んで味わうドイツ語文法」全40課の連載を終わります。もっと紹介したい文もありましたし、こんな有名な文をなぜ紹介しないのか、と思った方もいると思います。それでも、ドイツ語圏の歴史と文化の厚みはある程度感じ取ってもらえたのではないでしょうか。これをきっかけに、ドイツ語の愉しさや奥深さに、自分の力で分け入ってもらえたら幸いです。これまで読んでくださった読者の皆さんに、心からお礼を申し上げます。Vielen Dank!


*1 Bundesarchiv, Bild 146-2007-0037 / Bauer, Georg / CC-BY-SA 3.0 [CC BY-SA 3.0 de], via Wikimedia Commons

第39課


矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール

1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。






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