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第1回 「そだねー」と「記憶に残る」方言キャラ

 平昌(ピョンチャン)冬季五輪における女子カーリングの日本代表チームが試合中に互いに掛け合う「北海道方言」の「そだねー」が「かわいい!」と評判になったことは、みなさんの記憶に新しいところでしょう。 ツイッター上でもトレンド入りし、2018年の新語・流行語候補とうわさされるだけでなく、大会閉会後ほどなく商標登録の申請合戦まで勃発する事態となりました。

 

 

 「方言女子」に「萌える」ことがもはや都会の若年層に限られたことでないことを示すこのエピソードは、現代が方言にさまざまな価値を見出す「方言プレスティージの時代」であることをよく現しています。同時に、それだけではなく、そこで話題となる「方言」が、その由来であるリソースはともかく、リアルな「場」から切り出され、アイコン化した仮想の方言である、ということにおいても、非常にこんにち的です。また、その切り出された「方言」が商標申請される、ということはそれに経済的価値が見出されていることの証左であり、これもまた今の空気をよく映すものと言えるでしょう。

 

 

 さて、今回からスタートする「Web 版! 読み解き方言キャラ」は、多様な創作物――小説、演劇、話芸、ドラマや映画、マンガやアニメやゲームなどなど――に登場する方言を話す登場人物(方言キャラ)を例としながら、現代の日本語社会を読み解いていこう!とするものです。

 ん? じゃあ、冒頭の「そだねー」は、現実由来であって、創作物に現れる「方言」ではないのでは? その通りです。

 しかし、創作物に現れる「方言」も現実由来の「そだねー」も、「仮想の方言(ヴァーチャル方言)」であるところが、共通しています。つまり、どちらもが、現実の日本語社会で用いられている生活の中の素のことばである、リアルな方言を資源としているということ、そしてそのリアル方言に編集・加工が施されたものであるということが、両者の共通点というわけです。両者の違いは、リアルな方言に施される編集・加工の程度や、その編集・加工がどの程度意図的なものなのか、という「程度差」に過ぎない、というわけです。

 ただし、創作物、とくに大衆的な創作物に現れるヴァーチャル方言は、意図的な編集・加工を経たものです。それと同時に、日本語社会における「方言」に対する価値観の表れであり、その由来となる「方言」に対するステレオタイプとも深く関わります。そして、そこで醸成・拡散された価値やステレオタイプは、リアル方言にも照射されます。つまり、リアル方言とヴァーチャル方言は無限に往還する関係にあるのです。

 そう考えると、冒頭の LS 北見という道東の女子カーリングチームの発する「そだねー」が、「かわいい」と結びつく背景は、ヴァーチャル北海道方言に付随する「素朴」「温かい」「のんびり」といったイメージと結びついたものである、と言えるのです。むろん、選手らの真摯でありながら笑顔を忘れない試合態度や、そもそもは聞くことのできない選手同士の内々の会話がピンマイクという装置によって視聴者にも届けられ、自身があたかもチームの一員であるかのような錯覚を呼び起こしたこと。さらには、やはり話題となった「もぐもぐタイム(おやつタイム)」を含め、SNS でつぶやきながら視聴できるタイプの競技であったことなども、「そだねー」がこれほど流布した要因としては、見逃せないポイントではあるでしょう。しかし、やはり先に触れたような日本語社会に共有される北海道方言に対するステレオタイプに由来するイメージを喚起させたこと、「方言女子に萌える」という感性が広く共有される時代であったことが、この「そだねー」の大ブレイクの主要な要因と言えるでしょう。

 では、そのような方言ステレオタイプはどのように形成され、広く日本語社会に行き渡ってきたのでしょうか。

 そこには創作物が大きく関わります。とくに、広く深くそして早く、それらを拡散する装置が大衆的なコンテンツとそこに登場するキャラクターに与えられたヴァーチャル方言なのです。

 さあ、ご自身の頭の中を検索してみてください。「記憶に残る方言コンテンツ」、あるいは「記憶に残る方言キャラ」。どのようなものが思い浮かぶでしょうか。

 世代や生まれ育った地域や環境などで異なるところは多々あると思いますが、ここでは2015年全国方言意識 Web 調査(有効回答 10,689)に基づく「記憶に残る方言コンテンツ」(表1)、「同方言キャラ」(表2)それぞれのベスト10をお示ししましょう。当然ながら調査実施年に近いコンテンツが優位なわけですが、それを越えても「記憶に残る」方言コンテンツや方言キャラがあること、さらにはベスト10に登場する方言コンテンツや方言キャラの共通点が認めらます。

 

〈表 1〉

「記憶に残る方言コンテンツ」上位10作品(2015年全国方言意識 Web 調査、有効回答数=10,689)

1位あまちゃん
2位おしん
3位まれ
4位北の国から(シリーズ
5位ちゅらさん
6位仁義なき戦い
7位龍馬伝
8位花子とアン
9位カミングアウトバラエティ!! 秘密のケンミン SHOW
10位 鬼龍院花子の生涯

 

〈表 2〉

「記憶に残る方言キャラ」上位10キャラ(2015年全国方言意識 Web 調査、有効回答数=10,689)

1位天野アキ
2位紺谷(津村)希
3位田倉(谷村)しん
4位坂本龍馬
5位村岡花子(安東はな)
6位黒板五郎
7位服部平次
8位坂本竜馬
9位古波蔵ハナ(おばあ)
10位 亀山政春(マッサン)

*「2015全国方言意識 Web 調査」は、国立国語研究所共同研究プロジェクト(基幹型)「多角的アプローチによる現代日本語の動態の解明」(プロジェクトリーダー:相澤正夫)、科学研究費基盤研究(C)「ヴァーチャル方言研究の基盤形成と展開」(15K02577)、統計数理研究所共同研究一般研究2「調査方法の異なる大規模言語意識調査データの比較分析」(28-共研-2024)の一環として実施されたものである。

 

 表1・表2 から見いだせる「記憶に残る」方言コンテンツ、方言キャラの共通点とは何か。それは、以下の5点に集約できます。

1. テレビドラマ
2. 現代もの
3. 放送期間が長い
4. シリーズ作品、メディアミックス作品、何回もリバイバルされる作品
5. 公開時に評判になる

 NHK の連続テレビ小説(通称朝ドラ)の圧倒的強さは、上記の1〜3の条件をほぼ常に満たすものであるのと同時に、東京局と大阪局が前後期交替で制作することによって、かならず東西日本のどこかが主要な舞台となり、ヒロインはそこの「方言キャラ」として造形されることによります。大河ドラマも1と3の条件は必ず満たすわけですが、時代物という朝ドラとは異なる台詞造形上の大きな制約があるため、「サカモトリョウマ」のような限られた方言キャラしか主人公格としては登場しません。テレビドラマ以外では、4の条件を満たすものと、ご当地あるあるを取り扱う比較的長寿のバラエティー番組が登場するのみです。

 方言コンテンツ・キャラともに東日本大震災復興応援ドラマとして制作された朝ドラの『あまちゃん』(2013年前期放送)とその主人公がベスト1となっています。同作は、ヴァーチャル方言が極まった「ニセ方言」をまとうことによって、ヒロインが自己を発見すると同時に自身を再生させる過程を描く「方言コスプレドラマ」です。このようなドラマとそこに登場する「ニセ方言ヒロイン」がベスト1となったことは、こんにちの「方言」のありようと価値観をよく反映した結果と言えるでしょう。

 なぜニセ方言ヒロインとそれを擁するコンテンツが「記憶に残る」ものとしてベスト1の地位にあるのか、どうして時代物は、方言キャラが主人公格となりにくいのか、さりながら時代劇にも関わらず「リョウマ」のように方言キャラとして定着しているものがあるのはなぜか、さらにはヴァーチャル方言の中には、特定のイメージやキャラとの結びつきの強いものからそうでないものまで幅があるのはなぜなのか …。

 本連載において、順次、さまざまなコンテンツやそこに登場する方言キャラとその台詞、各種のデータなどから日本語社会を読み解いていきたいと思います。

 

〈著者紹介〉

田中 ゆかり(たなか ゆかり)

 1964年生まれ。神奈川県生育。日本大学文理学部教授。博士(文学)。専門は日本語学(方言・社会言語学)。著書に、『首都圏における言語動態の研究』(笠間書院、2010)、『「方言コスプレ」の時代――ニセ関西弁から龍馬語まで』(岩波書店、2011)、『方言学入門』(共著、三省堂、2013)、『ドラマと方言の新しい関係――『カーネーション』から『八重の桜』、そして『あまちゃん』へ』(共著、笠間書院、2014)、『日本のことばシリーズ14 神奈川県のことば』(編著、明治書院、2015)、『方言萌え!?――ヴァーチャル方言を読み解く』(岩波ジュニア新書、2016)など。

 


 

 

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