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 「キャラクター」について考える 

 まず、役割語の定義をおさらいしましょう。

 ある特定の言葉遣い(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿・風貌、性格等)を思い浮かべることができるとき、あるいはある特定の人物像を提示されると、その人物がいかにも使用しそうな言葉遣いを思い浮かべることができるとき、その言葉遣いを「役割語」と呼ぶ。
金水 2003:205頁)

 ここで、「人物像」とあるのを、「キャラクター」と置き換えてもほぼ通じるでしょう。キャラクターという概念は、今、文化や社会や産業を考える上で重要な概念の一つとなりつつあります。今回は、キャラクターについて考え、また役割語とキャラクターのつながりを今一度考え直してみたいと思います。なぜそうするかというと、実は役割語は、キャラクターとセットで考えないと、その真価を発揮できないからなのです。

 何かについて考えるときは、その対象についてまず定義をしないといけません。ただ、キャラクターという概念は、現代社会のいろいろな場面で使われていて、その全てをくくるような定義づけができるかどうかという問題があります。まず、どんなふうに使われているか確認しましょう。

 まず、マンガやアニメなどのフィクションの“登場人物”とほぼ同じ意味で用いられることがありますね。例えば、「江戸川コナン」、「阿笠博士」、「毛利小五郎」、「毛利蘭」等はそれぞれ、『名探偵コナン』のキャラクターである、という具合です。このような“キャラクター”の指し示す対象は、意味論で言う「個体」に相当しそうですね。さらに、こういった登場人物の類型をも“キャラクター”ということがあります。例えば「阿笠博士」は、『鉄腕アトム』の「お茶の水博士」『ウルトラ Q』の「一の谷博士」などとともに、“老博士キャラ”という類型に当てはまります。

 

わしも老博士じゃ

(by 石橋博士)

 

役割語と関係が深いのは、この当たりでしょう。またハリウッド映画等では、できあいのキャラクター類型を組み合わせてストーリーを作るということがよく行われていて、そのようなキャラクターを「ストック・キャラクター」と呼ぶことがあります。

 このように、キャラクターはもともと、ストーリーを持ったフィクションの登場人物および、その類型を指していましたが、キャラクターが商品デザインと結びついて産業化したり、ゆるキャラとして地域の活性化に役立てられたり(香山リカ・バンダイキャラクター研究所 2001, 辻幸恵・梅村修・水野浩児 2009)、

 

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またオタク文化の中では作品そのものよりもキャラクターを愛好し、消費の対象とする傾向が出てきたり(東 2001, 大塚 2004)と、現代社会ではキャラクターが文化の全面に出てきています。その影響で、アジア遊学編集部(2008, 2009, 2010)に見るように古典作品の登場人物を「キャラクター」と位置づけて新しい光を当てる試みが出てきたり、大学の国文学科に「キャラクター文芸コース」が作られたことがあるなど、アカデミアの世界にもキャラクターの波が押し寄せています。

 さらにキャラクターは、創作物にとどまらず、実社会の人間関係にも侵出しているようです。テレビのバラエティー番組等で、出演者が「まじめキャラ」「エッチキャラ」「美人キャラ」「イケメンキャラ」「デブキャラ」「おネエキャラ」「おバカキャラ」等に分類され、似たタイプの出演者は「キャラがかぶる」と言って敬遠されることもあります。こういったキャラクターのタイプ分けが、若者を中心に友達グループの中に持ち込まれ、自分のキャラを決めて日常生活の中でそのキャラを演じる、というような現象も起こっていると言います(相原 2007, 土井 2009)。

 

 キャラクターと役割語研究 

 さて、なぜ「役割語」研究にはキャラクター概念が必要なのでしょうか。金水(2003)金水(2014)において、役割語は〈老人語〉〈お嬢様ことば〉のように、人物像のラベルをその役割語の名称としています。つまり「老人」とか「お嬢様」が人物像、すなわちキャラクターなのです。このラベルはどのようにして付けているかというと、対象となる発話スタイル(使用する語彙、語法、言い回し、音声的特徴等のセット)から見て、そのスタイルを用いる話者の典型をラベルとして選んでいるのです。つまり、言語の側から話者を名指すかたちでラベル化されています。

 この見方を逆にして、登場人物の側からスタイルを見てみるとどういうことが言えるでしょう。一つには、類型的な〈役割語〉には当てはまらないユニークな話し方をする登場人物(金水 2016)がフィクションにはしばしば現れるということがあります。

 また、登場人物は必ずしもずっと同じ話し方をしているとは限らないということがあります。例えば「大学の女性教員“A子さん”」という人物を考えてみると、教室では学生に対して教員キャラクター、先輩の教授に対しては教え子キャラクター、家に帰って我が子に対してはお母さんキャラクター、PTA ではママ友キャラクター、夫に対しては妻キャラクター、夫の母に対しては義理の娘キャラクターとして振る舞うことになります。

 

「教員キャラ」
「教え子キャラ」
「お母さんキャラ」
「ママ友キャラ」
「妻キャラ」
「義理の娘キャラ」


(大学の女性教員“A子さん”)

 

それぞれのシチュエーションで、A子さんは微妙に、またかなり違う発話スタイルを用いることでしょう。広くはすべて〈女ことば〉の範疇に入るでしょうが、子供に対して時には「早く起きろ!」など〈男ことば〉に近い語法も現れるかもしれません。そうして、これらすべてを適切に使いこなすことがA子さんの立場や特性を表しているのであり、〈女ことば〉という役割語で分析が終わるというわけではないのです。

 また、定延(2011)で言う「キャラの発動」、メイナード(2004, 2017)で言う「借り物スタイル」のような、一時的に他者のキャラクターを借りてくるケースもあるように思われます。例えば、太宰治の『人間失格』(1948)から次のような例を見てみましょう。「手記」の書き手、「自分」(=大庭葉蔵)と関係を持つ、子持ちの女性編集者のシヅ子は、葉蔵に対して普段は次のような話し方をします。

「さうね。私も、実は感心してゐたの。シゲ子にいつもかいてやってゐる漫画、つい私まで噴き出してしまふ。やつてみたら、どう? 私の社の編輯長に、たのんであげてもいいわ」
(p. 437)

また、葉蔵と軽口をたたき合う場面で次のような発話が出てきます。

「見れば見るほど、へんな顔をしてゐるねえ、お前は。ノンキ和尚の顔は、実は、お前の寝顔からヒントを得たのだ」
「あなたの寝顔だって、ずゐぶんお老(ふ)けになりましてよ。四十男みたい」
「お前のせゐだ。吸い取られたんだ。水の流れと、人の身はあサ。何をくよくよ川端(かはばた)やなあぎいサ」
「騒がないで、早くおやすみなさいよ。それとも、ごはんをあがりますか?」 落ちついてゐて、まるで相手にしません。
(p. 440)

下線部の語法は、シヅ子と葉蔵の関係やシヅ子の境遇からすれば過剰に丁寧で、良家の夫人のようです。これは、けんかをしかけるような葉蔵の発言に対して、皮肉・当てこすりでかわす際に、冗談めかしているということを過剰に上品なスタイルを借りてくることで示しているのでしょう。

 以上に見たようにフィクションの言語を、フィクションの構造に即して記述するためには、役割語だけでなく、キャラクターの側からその発話行為を分析していく必要があるのです。

 では、次回で役割語とキャラクターの関係を、具体例を挙げながらさらに考えていきたいと思います。

 ご感想、ご質問等ありましたらぜひ nihongo@kenkyusha.co.jp までお寄せください!

 

次はジブリや 村上春樹も出てくるぞ!

(ライブハウス支配人、石橋博士)

 

 

〈使用テキスト〉

治『人間失格』:『現代文学大系54 太宰治集』筑摩書房、1965.

 

〈参考文献〉

相原博之(2007)『キャラ化するニッポン――キャラなしでは生きていけない!』講談社現代新書.

アジア遊学編集部(2008)『アジア遊学108 特集:古典キャラクターの可能性』勉誠出版.

アジア遊学編集部(2009)『アジア遊学118 特集:古典キャラクターの展開』勉誠出版.

アジア遊学編集部(2010)『アジア遊学130 特集:古典化するキャラクター』勉誠出版.

浩紀(2001)『動物化するポストモダン――オタクから見た日本社会』講談社現代新書.

大塚英志(2004)『物語消滅論――キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」』角川新書.

香山リカ・バンダイキャラクター研究所(2001)『87%の日本人がキャラクターを好きな理由』学習研究社.

敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店.

敏(編)(2014)『〈役割語〉小辞典』研究社.

敏(2016)「役割語とキャラクター言語」金水敏(編)『役割語・キャラクター言語研究国際ワークショップ 2015 報告論集』pp. 5-13, 大阪大学.

定延利之(2011)『日本語社会 のぞきキャラくり――顔つき・カラダつき・ことばつき』三省堂.

辻幸恵・梅村修・水野浩児(2009)『キャラクター総論――文化・商業・知財』白桃書房.

土井隆義(2009)『キャラ化する/される子どもたち――排除型社会における新たな人間像』(岩波ブックレット No. 759)岩波書店

メイナード, 泉子・K(2004)『談話言語学――日本語のディスコースを創造する構成・レトリック・ストラテジーの研究』くろしお出版.

メイナード, 泉子・K(2017)『話者の言語哲学――日本語文化を彩るバリエーションとキャラクター』くろしお出版.

 

 

〈著者紹介〉

金水 敏(きんすい さとし)

 1956年生まれ。博士(文学)。大阪大学大学院文学研究科教授。大阪女子大学文芸学部講師、神戸大学文学部助教授等を経て、2001年より現職。主な専門は日本語文法の歴史および役割語(言語のステレオタイプ)の研究。主な編著書として、『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店、2003)、『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房、2006)、『役割語研究の地平』(くろしお出版、2007)、『役割語研究の展開』(くろしお出版、2011)、『ドラマ方言の新しい関係―『カーネーション』から『八重の桜』、そして『あまちゃん』へ―』(田中ゆかり・岡室美奈子と共編、笠間書院、2014)、『コレモ日本語アルカ?―異人のことばが生まれるとき―』(岩波書店、2014)、『〈役割語〉小辞典』(研究社、2014)などがある。

 

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関連書籍

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