石橋博士:わしが、石橋博士じゃ。
ワリ子:役割語大好きワリ子でーす。大学院生でーす。モデルは特にいないよ。 さて、いよいよ石橋博士登場ですね。なんで“石橋”博士なんですか。 石橋:お茶の水博士にちなんで、たけし軍団の芸人さんに“水道橋博士”というのがおったじゃろ。“橋”つながりで“石橋博士”になった。“石橋”は、金水教授がいる大阪大学豊中キャンパスの最寄りの駅じゃ。
ワリ子:石橋博士と金水教授の関係は? 石橋:わし、石橋博士は金水教授のアバターのようなもんじゃな。 ワリ子:なるほどー。さて、今日は、キャラクターの話の続きですね。 石橋:そうじゃ。
石橋:博士語は書くのがめんどくさくて読みにくいので、以後は普通に話すぞ。 ワリ子:なんだつまんない。 石橋:フィクションの世界でも、主役級のキャラクターは、最初はキャラ立てのために特徴的な話し方をしているが、物語が進んでいくと、わりとおとなしい話し方に変わっていくケースが多いんだ。 それはともかく、キャラクター論は、文芸批評、社会批評の世界でも活発で、前回挙げた東浩紀氏には続編もある(東 2007)し、大塚英志氏もキャラクターをテーマに盛んに著作を著している(大塚 2003, 2004, 2008)。精神分析家の斎藤環氏の著作(斎藤 2011)も重要だ。あと、マンガ批評の立場から書かれた伊藤剛氏の著作(伊藤 2005)もよく引かれているな。 ワリ子:キャラクターの発話の面から見たキャラクター論はどうですか。 石橋:我々にとっては、そこが肝要だな。この観点からは、定延利之氏、泉子・K・メイナード氏、大橋崇行氏あたりに注目したい。 ワリ子:まず、定延(2011)『日本語社会 のぞきキャラくり――顔つき・カラダつき・ことばつき』ですね。この本、とてもユニークな語り口ですね。
石橋:一見読みやすいが、なかなかに中身は手強いぞ。氏の動機付けとして、西洋のメジャーな言語観では、ある人格(=言語主体)が主観的に“スタイル(=話体)”を使い分けるというモデルが主流だが、人格とスタイルの間に“キャラクタ”というレベルを立てないと説明できない事象があるという認識がある。氏は、「キャラクター」ではなく、わざわざ棒引きのない“キャラクタ”という表記を専門用語として使っているので、注意するように。図示すると、こんな感じ。
ワリ子:私も読みましたけど、“キャラクタ”の定義が面白いですよね。 石橋:そう、“人格”は、普通はまず変わらないもの、“スタイル”は変えても差し支えないし、むしろ場面に応じて変えるべきものだが、人物像の中でも“キャラクタ”は、意識して変えることは可能なのだが、それを変えるところを人に見られてしまうと「(キャラクタの変化が)何事であるかすぐに察しがついてしまうが、見られた方も見た方も気まずいもの」(p. 14)としている。つまり、キャラクタをコミュニティの中で一定に保つことが、「よき市民」としてのマナー、エチケットであると考えているようだ。 ワリ子:キャラクタはどんなところに現れるんですか。 石橋:発話の語彙・語法や音声に現れる、すなわち「役割語」に現れるキャラクタを“発話キャラクタ”としている。また、「ニタリとほくそ笑む」のような仕草、動作の描写に現れるキャラクタを“表現キャラクタ”、また「あの人は“坊ちゃん”だから」のようなラベル付けで規定されるキャラクタを“ラベル付けられたキャラクタ”としている。 ワリ子:言語の面では、“発話キャラクタ”が重要ですね。さらにどんな風に分析されていますか。 石橋:発話キャラクタは、まず《私たち》タイプと《異人》タイプに分けられる。《私たち》は言わば現代日本語(共通語)社会の住人で、《異人》は《平安貴族》《欧米人》《田舎者》《ネコ》《ぴょーん人》のような、現代日本語(共通語)社会の外に生息するキャラクタを指す。さらに《私たち》の発話キャラクタは、「性」「年」「品」「格」という四つの大まかな観点から分類できるとする。
「TBS サワコの朝 〜デヴィ夫人▽挑戦こそ我が信条〜」(2月17日)
(TBS 公式 You Tuboo より)
ワリ子:「性」と「年」は役割語の話でよく出てくるけど、「品」と「格」の視点はユニークですね。 石橋:そうだ、「品」は話し手の品位や教養、ノーブルさを表す。「格」は話し方が“上から”的か、“下から”的かという点に表れる。例えば、「あら、ああた、もう召し上がらないの。あたしがいただくわよ」みたいに、尊敬語・謙譲語は使うけど丁寧語は使わない「デヴィ夫人」タイプの話し方は、品も高いが格も高い話し方の一例といえるだろう。 ワリ子:「性」「年」「品」「格」相互の影響関係も面白そうですね。 石橋:「《男》は《女》より格が上」「《女》は《男》より「品」が上」(p. 170)など、日本の一般通念に照らして重要な指摘だな」 ワリ子:定延氏の議論は、本になるまえのウェブマガジンのヴァージョンでも読めるので、便利ですね。 石橋:新しい論文集(定延 2018)も出たので、ぜひ読んでみたまえ。実はワシも書いておるぞ。
ワリ子:メイナード氏はこれまでにも、ライトノベルやケータイ小説といった新しいメディアのスタイルについて積極的に取り上げて分析してますね(メイナード 2012, 2014)。
石橋:そうだ。氏の姿勢は、言語学の新しい分析対象を広げるとともに、ライトノベルやケータイ小説といった、いわゆるメジャーな文芸から見れば一過的で、低く扱われがちなジャンルを真正面に取り上げることによって、ジャンルそのものの(逆方向の)特権性を取り払おうとしているともとれる。 特に、『話者の言語哲学――日本文化を彩るバリエーションとキャラクター』(メイナード 2017)では、ライトノベル、ケータイ小説、トーク番組、少女マンガといったポピュラーカルチャー作品の発話や地の文を“キャラクター・スピーク”や“キャラクター・ゾーン”といった新しい概念で分析する一方で、言語における“話者”とは、という古くて新しい問題に光を当て、多言語性、話者の複数性といった新たな話者像を言語哲学の問題として提示しているところが新鮮だ。 ワリ子:“キャラクター・スピーク”ってどんなしゃべり方なんですか。 石橋:そこはあまり明示的には書かれていない。ある語彙・語法や言い回しやさまざまな表現の特徴がキャラクター形成に寄与していると分析することができれば、それが結果としてキャラクター・スピークであるという感じかな。メイナード氏は談話分析をベースとした研究を進めてこられたので、談話のすみずみまで目の行き届いたキャラクター分析は、おおいに参考になる。
ワリ子:ジャンルの見直しを提起するという点では、大橋崇行氏の『ライトノベルから見た少女/少年小説史――現代日本の物語文化を見直すために』(大橋 2014)も近いものがありますね。
石橋:そうだ。大橋氏は、これまでの、1970年代に起源を持つとする“ライトノベル”史観に異議を唱え、明治時代からの少年・少女読み物からの流れと接続する観点を提起する一方で、むしろ「自然主義小説から私小説へ」、あるいは「標準語の発達が“内面の発見”をうながした」などの通説的な日本近代文学史に強い疑義を提出している点に力が込められている。 ワリ子:スケールが大きいですね。 石橋:“ライトノベル”を、江戸時代まで遡るような“キャラクター小説”の系譜の中で眺め直すという考え方だ。 ワリ子:“キャラクター”はどのように定義されてるんですか」 石橋:内面の有無というような“日本近代文学史”的な観点には依らず、むしろ「役割語」(金水 2003)「キャラ語」(メイナード 2012)のような様式性こそがキャラクターを作ると主張している。
ワリ子:さまざまなキャラクタ(ー)を受けて、いよいよ金水教授のキャラクター言語論の登場ですね。 石橋:残念、今回は予定の分量が終わってしまった。 ワリ子:えーっ、前回「ジブリや村上春樹が出てくる」って予告がでてたんですけど。 石橋:すまぬ、また今度ね。 で、次回と次々回はプレゼンターが変わるぞ。依田恵美氏、そして西田隆政氏だ。楽しみである。 ワリ子:ジブリと村上春樹も、忘れないでくださいね! 石橋:うむむ、最近はちょっと副業で忙しいのだが……。
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〈参考文献〉 東浩紀(2007)『ゲーム的リアリズムの誕生――動物化するポストモダン2』講談社現代新書. 伊藤剛(2005)『テヅカ・イズ・デッド――ひらかれたマンガ表現論へ』NTT 出版. 大塚英志(2003)『キャラクター小説の作り方』講談社現代新書. 大塚英志(2004)『物語消滅論――キャラクター化する「私」、イデオロギー化する「物語」』角川新書. 大塚英志(2008)『キャラクターメーカー――6つの理論とワークショップで学ぶ「つくり方」』アスキー新書. 大橋崇行(2014)『ライトノベルから見た少女/少年小説史――現代日本の物語文化を見直すために』笠間書院. 金水敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店. 斎藤環(2011)『キャラクター精神分析――マンガ・文学・日本人』筑摩書房. 定延利之(2011)『日本語社会 のぞきキャラくり――顔つき・カラダつき・ことばつき』三省堂. 定延利之(編)(2018)『「キャラ」概念の広がりと深まりに向けて』三省堂. メイナード,泉子・K(2012)『ライトノベル表現論――会話・創造・遊びのディスコースの考察』明治書院. メイナード,泉子・K(2014)『ケータイ小説語考――私語りの会話体文章を探る』明治書院. メイナード, 泉子・K(2017)『話者の言語哲学――日本語文化を彩るバリエーションとキャラクター』くろしお出版.
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