今回から担当する西田隆政です。
金水さん、依田さんが紹介された「役割語」とは関連しつつも、少し外れたところにあるキャラクターのことばづかいを調べています。
今回紹介する「ツンデレ」は、まさにそんな言語表現です。まずは、実例を見ていきましょう。
天衣はしぶしぶといった感じでマイクの前に立つと、
『……私は自分のために将棋を指す。他の誰のためでもなく、自分のためだけに。今までも そしてこれからも』(マイクの声なので『 』 ――著者注) ぶっきらぼうな調子でそう言ってから、俺の方をチラッと見て――こう続けた。 『でも、今日は…………あなたのためだけに指したわ』 「ツッ…………」 堪えていた涙腺が決壊しそうになる。 『きょ、今日だけなんですからね!?』 そう言ってプイっと明後日を向く天衣が、愛おしくてたまらなかった。 (白鳥士郎 著/しらび イラスト『りゅうおうのおしごと! 4』
(GA 文庫)SB クリエイティブ、2016年 p. 267) 上記の引用は、人気のライトノベル作品『りゅうおうのおしごと!』
GA 文庫『りゅうおうのおしごと!』PV――GA 文庫(SB クリエイティブ)
の一場面で、女性棋士の将棋タイトル戦の予選を突破した、超生意気なお嬢様小学生の夜叉神天衣(やしゃじん あい)のセリフです。彼女は、自分が強くなるためだけに将棋を指し、師匠の九頭竜(くずりゅう)竜王(主人公、竜王のタイトルをもつ16歳の天才棋士)にもいつも冷たく相手しています。しかし、このときだけは、次の九頭竜の竜王としての初防衛戦で、彼に活躍してもらうためにも、今日はあなたのために頑張って将棋を指した、というものです。 上の引用の8行目のセリフ『きょ、今日だけなんですからね!?』に注目してください。このような発言をする女性のキャラクターが、マンガやアニメの世界には存在します。普通の人は、「なんや、それ?! 回りくどい言い方するめんどくさいやっちゃなあ」「素直に頑張ってって言えや」(すんません、大阪人なのでこういう言い方が落ち着きます (^^;) )、となるんじゃないでしょうか。本当は大好きな相手なのに、恥ずかしくて素直なことばが出てこなくて、逆切れしたかのようなセリフを言ってしまいます。 でも、こういう世界にハマった、オタクやマニアと称される人たちは、「ツンデレキャラやな」「テンプレ(定型)で来たか」のような反応をします。もう「ツンデレ」はマンガやアニメの作品内ではそこかしこに登場し、「またかいな」と辟易されることもあるほどです。しかし、「こんな言い方になんか意味あるんかいな」と疑問を持つ方もいることでしょう。 では、なぜ同じ日本語を話している人たちの間でも、このような反応の違いが生じるのでしょうか。それは、「ツンデレ」というキャラが日本語を話す人々の中のごく一部にしか知られていないからです。「えっ? 何当たり前のこと言うとんねん」とつっこんだ方、正常な反応です。ただし、ここで注意すべきは、日本人と言っていないところです。外国人の方でも日本語のマンガやアニメに興味のある人は、当然知っているのです。
金水さんの提起された役割語は、特定のことばづかいが特定の人物像に強く結びついて、いわゆる〈博士語〉なら、「わしはこう考えておるんじゃよ」のように、博士とされる人物ならこんな話し方をするだろう、というような共通理解が定着していることを指します。しかし、その共通理解が日本語話者のほぼ全体に定着していない場合もあるはずです。たとえば、私たちは、勤め先の業界や趣味の世界にはそれぞれ独自の言語表現があることを知っています。いわゆるマスコミ業界での、逆さことば、「モデル」を「デルモ」、「ハワイ」を「ワイハ」というようなものは、多くの人がテレビ等で見聞きした記憶はあるでしょう。でも、芸能人でもない一般の人が使っていることはまずありません。このあたりの「集団語」ともされる言語集団の問題は深入りできませんが、米川明彦さんの一連の研究(米川 2000, 米川 2009)が参考になるので、興味のある方はぜひご一読ください。 さて、オタクと称される人たちは、普通の人たちと違ったキャラクターとことばづかいの結びつきに対する共通理解を持っているというと、「キモイ」と言われてしまいそうです。でも、気を取り直してすすめます(キリッ)。彼らの中では、「ツンデレ」というのはフィクションである作品世界に当たり前にいる存在です。基本的に女性のキャラクターなのですが、主人公となるような男性キャラクターに対して、好意を持っているもののそれを素直に表せないキャラクターとして登場します。もちろん、そのことは周囲にはバレバレです。なので、何か喋ろうとすると、焦ってことばがつっかえたり、「〜 なんだからね」という定番の捨てゼリフを言い、最後には興奮して語気を荒げてしまいます。なお、このようなツンデレの言語表現の分析については、冨樫純一さんの研究があります。 ここまで説明しても、やはり、こういう世界に興味のない人には「何のこっちゃ?」という疑問が解消されそうにもないですね。そして、ここでまた、言語集団の問題が出てきます。一般の日本語話者の皆さんは、オタクの言語集団がどのような言語感覚を持っているのかには、まったく興味ないですし(永遠の平行線 (-_-;) )、まあ、このあたりは堂々巡りになります。
百聞は一見に如かず、それでは、典型的な例を見ていきましょう。声優の釘宮理恵さんがツンデレキャラクターのセリフを吹き込んだ CD 付きカードゲーム『ツンデレカルタ』(DEARS 2007)から例をあげてみましょう。釘宮さんは、ツンデレキャラが似合う声優さんとして有名です。
●「勘違いしないでよね 別にあんたのためにやったわけじゃないんだから」 (「か」の読み札)
●「し、心配なんてしてないんだからね!」 (「し」の読み札)
●「ひ … ひざまくらぁ? い、一分だけだからねっ」 (「ひ」の読み札)
(釘宮理恵(読み手)『ツンデレカルタ』DEARS,2007年)
ともに気の強そうな美少女のキャラクターが取り札に描かれています。(以下より、取り札と読み札の一部がご覧いただけます。https://www.shobundo.org/karuta/karuta_rei02.html) オタクの皆さんは取り札を見なくても脳内に美少女の画像が浮かび、いかにもそれらしい声が脳内に浮かんでくるのです(まあ、オタクにとっての一般教養やな、うむ)。 なんかもう、あざといですね。マンガやアニメの美少女キャラならともかく、現実のリアルの世界でこんな話し方する人がいたら、引いてしまいますねえ (-_-;)
甲矢舞(以下甲): ハー、ハー。なあ、西田センセー、質問なんやけど。
(うち、甲矢舞言います。先生の助手キャラや。この名前の由来は先生が兵庫県西宮市にある甲山が好きやからや。そこから名前借りて女子の名前にしてんてー。ほんまアホかいな。甲山はラノベの『涼宮ハルヒの憂鬱』[谷川流 著/いとう のいぢ イラスト、角川書店、2003年]の舞台でも有名やで!)
西田(以下西): そんな慌てて、どないしたん? 甲矢さん。
甲: ツンデレは女子ばっかり? 男子おらんの? 前からずーっと気になっててん。
西: そやないんやけど、女子ほど、セリフがパターン化されてへんのやなあ。
甲: 誰か、てけとーな人おらんの?
甲: そんな昔のん、言われても、よーわからんわー。
世間一般の男性のキャラの例もあげてるで。(汗)
甲: えー、読むのめんどくさい。センセーはいつもややこしいことばかり言うから疲れるわ。
まあ、今日はこれくらいで許しといたろ。(と、またどこかへ走り去りました。チャンチャン)
ここであげた、渋谷さんの論文は、一般の社会とオタク系の社会とでは、「ツンデレ」ということばの理解が異なっていて、一般ではツンデレは、「通常ツンツンしている人物が、好きな相手といるとデレデレしている」人物を指すのに対して、オタクの中では「好きな相手にわざと冷たい態度をとるが、隠した恋愛感情は見え見えで、最後は恋愛感情全開となる」のような、いわゆる萌え系キャラを指す、といった問題について詳細に分析しています。
ツンデレについて、みなさまにご理解いただけたか、心許ないのですが、次回は、「ボクっ子」、一人称に「ボク」を使用する女性キャラについて考えてみます。ちょっと、甲矢さんがそわそわしているので、何するか、心配なんですが。 さて、これからどうなりますやら (-_-;)
ご感想、ご質問等ありましたらぜひ nihongo@kenkyusha.co.jp までお寄せください!
〈参考文献〉
渋谷倫子(2011)
「ツンデレ―落下の演出」『甲南女子大学研究紀要 文学・文化編』47 甲南女子大学
冨樫純一(2011)
「ツンデレ属性における言語表現の特徴―ツンデレ表現ケーススタディ―」金水敏編『役割語研究の展開』くろしお出版
米川明彦(編)(2000)
『集団語辞典』東京堂出版
米川明彦(2009)
『集団語の研究 上巻』東京堂出版
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