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第12回 キャラクターと役割語で読み解くフィクション(3)

 

石橋博士: 今回から、『もののけ姫』の具体的な台詞の分析に入るぞ。

ワリ子: わーい、楽しみ!

石橋博士: ここから先は、去年半年間、ジブリアニメの講義をやったという金水教授に話していただく。よろしく頼むぞ。

金水教授: はい、かしこまりました。では始めます。

 

 金水教授の講義 

 『もののけ姫』の構造を人(キャラクター)の集団として捉えた場合、

 

1. エミシの里
2. エボシ御前とタタラ場の衆
3. ジコ坊率いる石火矢衆、唐傘連、ジバシリ等
4. 侍たち(アサノ公方の家来、地侍等)
5. 森に住む「もののけ」たち

 

の5つのグループに分かれ、しかもそれぞれの内部で同調と対立が交錯する複雑な構造を持っている。以下、一つ一つの集団について詳しく見ていくが、この4つの集団すべてとコミュニケーションを取っているのはアシタカだけである。そういう意味でも、アシタカは基軸となる視点人物であり、主人公にふさわしいと言える。

 

 アシタカ 

 アシタカ(声優:松田洋治)の台詞は、次に示すように標準語に近いものの、時として〈武士ことば〉のような古風な表現がまじる。一人称は「わたし」、二人称は「あなた」「そなた」「おまえ」など。全体として品位があり、格も高い印象を与えるが、一方で力強く命令を飛ばすシーンもある。それはやはりエミシの長の血を引き、将来の指導者と目されていた、高貴な出自の若者なればこそと言える。(以下、DVD『もののけ姫』[宮崎駿監督、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社、1997年]より引用。台詞に付されたチャプター番号は DVD による。)

 

アシタカ: さぞかし名のある山の主と見うけたが なぜそのようにあらぶるのか?(チャプター 2)
アシタカわたしもだ。いつもカヤを思おう。(チャプター 2)
アシタカ押しとおる!! 邪魔するな!!(チャプター 4)
アシタカそなたの中には夜叉がいる。この娘の中にもだ。(チャプター11)
アシタカこの死者たちの世話になった者だ。いそぎ伝えたいことがある。エボシ殿に会いたい。(チャプター 20)
アシタカ(ヤックルに)おまえはみんなといきな。(チャプター 20)

 

 エミシの里 

 エミシとは、古代日本で東北地方にあってヤマト朝廷と対立していたと言われる異民族の一つである。史実としては平安時代以降は大和民族に同化していったと考えられているが、『もののけ姫』では、古老の一人が「ヤマトとの戦さに敗れこの地に潜んでから五百有余年、今や大和の王の力は萎え、将軍どもの牙も折れたと聞く」とあるように、室町時代後期、いわゆる戦国時代にまで隠れ里で細々と命脈を保っていたという設定になっている。

 エミシの里が舞台となるのは、物語冒頭、タタリ神の急襲からアシタカの旅立ちまで、いわば「起承転結モデル」(「〈役割語〉トークライブ!」第11回参照)の「起」の部分のみである。主な登場人物としては、アシタカのほか、呪術師のヒイ様、カヤほか少女たち、そして、じいじほか村の古老たちである。このうちもっとも重要なのはヒイ様(声優:森光子)で、〈メンター〉としてアシタカの出立を促し、行動の指針を与える役目を持つ。そのことば遣いは、格が高く断定的であるが、女性としてのやさしさもにじませている。

 

ヒイ様: みな!! それ以上近づいてはならぬぞ!!(チャプター 2)
ヒイ様この水をゆっくりかけておやり。(チャプター 2)
ヒイ様いずこよりいまし荒ぶる神とは存ぜぬもかしこみかしこみ申す。この地に塚を築きあなたの御霊(みたま)をお祭りします。恨みを忘れしずまりたまえ。(チャプター 2)
ヒイ様誰にも運命は変えられない。だが、ただ待つか自ら赴くかは決められる。見なさい。あのシシの身体に食い込んでいたものだよ。骨を砕きはらわたを引き裂きむごい苦しみを与えたのだ。さもなくばシシがタタリ神などになろうか……西の土地で何か不吉なことが起こっているのだよ。その地に赴き曇りない眼で物事を見定めるならあるいはその呪いを断つ道が見つかるかもしれぬ。(チャプター 3)
ヒイ様掟に従い見送らぬ。健やかにあれ。(チャプター 3)

 

 カヤはアシタカと思いを交わしていると見られる若い女性で、カヤのほかにも少女たちが登場するが、すべて〈女ことば〉または丁寧語を話している。また古老たちは重々しい〈男ことば〉を使うが、少女たちも古老もキャラクター分類の「クラス3」(「〈役割語〉トークライブ!」第10回参照)に属する背景的人物と見てよい。

 

少女: じいじもそう言うの。(チャプター 2)
少女鳥たちがいないの。(チャプター 2)


カヤ: おしおきはうけます。どうかこれを。わたしのかわりにお伴させてください。(チャプター 3)
カヤお守りするよう息を吹きこめました。いつもいつもカヤは兄さまを思っています。きっと。きっと。(チャプター 3)


じいじ: ……ヒイ様、何とかなりませぬか? アシタカは村を守り、乙女らを守ったのですぞ。(チャプター 2)

 

 エボシ御前とタタラ場の衆 

 エボシ御前は出自不明の謎めいた女性であるが、侍衆やもののけたちと対峙しつつタタラ場を一手に経営するカリスマ性に富んだキャラクターである。石火矢の改良に余念がなく、敵対するものには容赦のない攻撃性を発揮する一方で、不幸な女たちを拾ってきてタタラを踏ませたり、ハンセン病を思わせる病者の集団を保護するなど、弱者への強い思いを感じさせ、タタラ場は戦乱の世にあって一種の “アジール” の様相を呈している。

 エボシ御前(声優:田中裕子)はことばの面から見ると、ほとんど女性性を感じさせない強い断定あるいは命令口調が中心で、丁寧語も使わない。一人称「わたし」、二人称「そなた」「おまえ」、三人称「きゃつ」など。しかし一方で「ざまぁない」など俗っぽい表現も交えるなど、芸能者など下層の出自を思わせるところがある。「エボシ御前」という呼称自体、中世の女性芸能者である白拍子を連想させるところがある。

 

エボシ御前: きゃつは不死身だ。このくらいでは死なん!!(チャプター 5)
エボシ御前トキも堪忍しておくれ。わたしがついていたのにざまぁなかった。(チャプター 7)
エボシ御前そなたを侍どもか、もののけの手先と疑う者がいるのだ。このタタラ場をねらう者はたくさんいてね。旅のわけを聞かせてくれぬか。(チャプター 8)
エボシ御前この者たちが考案した新しい石火矢だ。明(みん)国のものは重くて使いにくい。この石火矢なら化物も侍のヨロイもうち砕けよう。(チャプター 9)
エボシ御前シシ神の血はあらゆる病をいやすと聞いている。業病に苦しむあの者たちをいやしそなたのアザを消す力もあるかもしれぬぞ!!(チャプター 9)
エボシ御前ざまぁない。わたしが山犬の背で運ばれ生きのこってしまった。礼を言おう、誰かアシタカを迎えに行っておくれ。みんなはじめからやり直しだ。ここをいい村にしよう。(チャプター 27)

 

 タタラ場を構成する人々は、女と男で役割が大きく異なっており、女性に明らかな優位性が与えられている。頭目格のトキをはじめ、女たちはタタラを踏むという製鉄の根幹をなす重労働を担っていて、それだけに発言力が強く、快活で自信に溢れている。侍の使者に対しても一歩も引かない気概を見せた。ことば遣いとしては、江戸下町風の〈女ことば〉と言える。時に、男性の発話かと見まごうような荒っぽい話し方が混じる。アシタカに対し性的な挑発を隠さないなど、セクシュアリティーにおいても優位性を発揮していると言える。トキ(声優:島本須美)の一人称は「あたし」、二人称は「あんた」。他のタタラ場の女性たちも概ね同じである。

 

トキ: いっそ山犬にくわれちまえばよかったんだ。そうすりゃあたしはもっといい男を見つけてやる。(チャプター 7)
トキなにさ。えらそうに。ケガ人をすててきやがって。(チャプター 7)
トキなんのための護衛なのさ。ふだんタタラのひとつも踏まないんだ。いざというときは生命をはりやがれ。(チャプター 7)
トキいいえ。男たちだけだったら今頃みんな仲良く山犬の腹ん中に収まってますよ。(チャプター 7)

 

 一方、男性は牛飼いとして運搬に従事しており、発言は概して気弱で忍従の態度を見せるシーンが多い。ことにトキの夫である甲六(声優:西村雅彦)は気の弱い臆病者として描かれ、〈トリックスター〉的なキャラクターが与えられている。エボシ御前の右腕としてタタラ場を差配するゴンザ(上條恒彦)も、威勢のよい発言の割に女たちからはむしろ軽んじられている。

 

甲六: ちがう!! もっとおっかねぇ化物の親玉だ。(チャプター 6)
甲六ダンナ……こんどこそヤバイですよ。ここはあの世の入り口だ!!(チャプター 6)
甲六このダンナがずっとおぶってくださったんだ。礼を言っとけ。(チャプター 7)
甲六もうだめだ!! タタラ場が燃えちまったらなにもかもおしまいだ。(チャプター 25)


ゴンザ: ケガ人を届けてくれたことまず礼を言う。(チャプター 7)
ゴンザきさま! ……正直にこたえぬとたたっきるぞ!!(チャプター 8)
ゴンザはっ、よほど追いつめられたと見えます。エボシさまをねらってのことでしょう。(チャプター 10)
ゴンザエボシさまのことは案ずるな!! このゴンザ、かならずお守りする。(チャプター 17)

 

 病者は、全身に包帯を巻いた人々で、エボシ御前の家の庭に立てられた家屋に隔離されている。長老は瀕死の体で床に伏せっているが、比較的元気な者はエボシ御前の依頼で、石火矢の保守・改造作業に携わっている。やや古風な変わった話し方が目に付く。

 

病者: コワヤ、コワヤ、エボシさまは国崩しをなさる気だ……。
病者そりゃゴウギじゃ。(以上、チャプター 9)

 

 ジコ坊と石火矢衆、唐傘連、ジバシリ 

 ジコ坊(声優:小林薫)は本作品の中でもっとも謎めいた複雑なキャラクターである。剃髪・僧体で「拙僧」と自称することがあるなど、僧侶を思わせる風体であるが、石火矢衆、唐傘連、ジバシリ等怪しげな男たちを自在に使役し、その行動は飄々としているようで、時に攻撃的で殺生も厭わぬなど、不気味な側面も持っている。「天朝様」すなわち天皇の意向を匂わせ、背後に朝廷がいることを窺わせる。

 ことばの面では、僧侶らしく断定的で説教くさい発話が基本で、丁寧語は使わない。一人称は「わし」、やや改まった時に「拙僧」。二人称は「そなた」(アシタカに)、「おまえ(たち)」(ジバシリなどに)、「おぬし」(アシタカに)。三人称に「あいつ」「どいつもこいつも」など。存在動詞は「おる」、アスペクト表現は「〜 とる」、打ち消しは「〜 ん」。相手を見下げる表現として「来おる」と、〈老人語〉風だが、断定表現は基本的に「だ」、時に「じゃ」を用いる。一方で「ごうつくだ」「やってもらわにゃ」「やばいぞ、やばいぞ」など俗っぽい発話も折り混ぜ、格は高いが品位は低い印象を与える。ボグラー氏の提示したアーキタイプ(「〈役割語〉トークライブ!」第10回参照)としては〈トリックスター〉的であり、しかしアシタカと出会ったシーンでは〈メンター〉としての発言もあり、様々に複雑な顔を見せるという点では〈変貌者〉として位置付けられよう。

 

ジコ坊: まてまて拙僧が見てやろう。これは砂金の大粒だぞ!!(チャプター 4)
ジコ坊いや礼などと申す気はない。礼を言いたいのは拙僧のほうでな。(チャプター 4)
ジコ坊まことに人の心のすさむこと麻のごとしだ。(チャプター 4)
ジコ坊なにをしとる早く見んか!! なんのためにこんなクサイ毛皮をかぶってたえてきたんじゃ。(チャプター 13)
ジコ坊やんごとなき方々や師匠連の考えはワシにはわからん。わからんほうがいい。(チャプター 16)
ジコ坊やばいぞ、やばいぞ いそげー。(チャプター 24)
ジコ坊おお おぬしも生きとったか。よかった。(チャプター 25)
ジコ坊わからんやつだな、もう手おくれだ。(チャプター 25)

 

 石火矢衆はジコ坊が引き連れてきた集団で、明国由来の火器である石火矢や火薬等を自在に操る。ジコ坊はシシ神殺しの目的でエボシ御前に近づき、石火矢衆の兵力を提供した。唐傘連は修行者のような風体で、揃いの赤い唐傘(剣が仕込まれている)を持ち、一本歯の下駄を履いて野山を渉猟する謎の集団。ジコ坊もこの集団の一員らしい。ジバシリは、同じくジコ坊が差配する猟師の集団で、イノシシの皮を被ってもののけたちを翻弄する。石火矢衆は時代劇風な古風な〈男ことば〉を話す。ジバシリは田舎風に訛った〈男ことば〉を話す。全体として、固有名詞のないいわゆる “モブキャラ” である。

 

石火矢衆: でたぞ!! 犬神だ!!
石火矢衆あせらずに陣をくめ!!
石火矢衆十分に引き寄せよ。(以上、チャプター 5)


ジバシリ: ありゃあこの森のもんじゃねぇ。それぞれいずくかの山の名のある主だ。
ジバシリむっ。あれは? 鎮西(ちんぜい)の乙事主(おっことぬし)だっ!!(以上、チャプター 13)

 

 侍たち 

 歩兵の地侍や、馬に乗るアサノ公方の家来など、上下で格の異なった侍が登場するが、基本的に “モブキャラ” である。地侍は品位の低い荒っぽい〈男ことば〉をしゃべるが、正式な公方の使者は固い〈侍ことば〉を話す。

 

: 何者かぁ!?
とまれェ!!
こいやァ!!
こりゃあたまげた!!
とめたぞ!! やるのォ!!(以上、チャプター 19)


使者: タタラ者、エボシとやら、さきほどの地侍あいての戦さみごとなり!!
使者われらは公方さまの使者としてまいった。かしこまって門をひらけい!!
使者女ども、使者への無礼ゆるさんぞ!!(以上、チャプター 16)

 

(この項、次回に続く)

 

石橋: ふむ、盛り上がってきたところだが、時間がきたので、続きは来月じゃ。

金水教授: はい。承知しました。

ワリ子: 次回もよろしくお願いしま〜す。


画:武内一巴

 

(by 石橋博士)

次は「もののけ」たちの
セリフの分析じゃ!

 ご感想、ご質問等ありましたらぜひ nihongo@kenkyusha.co.jp までお寄せください!

 

 

金水 敏(きんすい さとし)

 1956年生まれ。博士(文学)。大阪大学大学院文学研究科教授。大阪女子大学文芸学部講師、神戸大学文学部助教授等を経て、2001年より現職。主な専門は日本語文法の歴史および役割語(言語のステレオタイプ)の研究。主な編著書として、『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店、2003)、『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房、2006)、『役割語研究の地平』(くろしお出版、2007)、『役割語研究の展開』(くろしお出版、2011)、『ドラマ方言の新しい関係―『カーネーション』から『八重の桜』、そして『あまちゃん』へ―』(田中ゆかり・岡室美奈子と共編、笠間書院、2014)、『コレモ日本語アルカ?―異人のことばが生まれるとき―』(岩波書店、2014)、『〈役割語〉小辞典』(研究社、2014)などがある。

 

 

 


 

 

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