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第16回 村上春樹作品と翻訳 〜『海辺のカフカ』(3)

 

: ここまで、『海辺のカフカ』の構造を分析してきたが(「〈役割語〉トークライブ!」第14回第15回)、今回は登場人物の話し方の特徴を見るとともに、それがどのように翻訳されておるかということを同時に見ていきたい。翻訳の代表として、英語訳を採り上げることとする。[1] まず、女性の話し方を例に見ていこう。

 

 女性的な表現 

ワリ子: 『海辺のカフカ』にはいろいろな特徴を持った話し方をするキャラクターが登場しますけど、その特徴は英語だとどんな風に翻訳に反映されるんでしょうね。

: 日本語と英語では、語彙や文法の構造がずいぶん違っておって、特に役割語に関わる一人称の表現や文末表現は英語ではまったく機能しないので、多くの場合、日本語のスピーチスタイルの効果はかなり消えてしまうと考えた方がよいな。

ワリ子: えーっ、それはさびしい。

: 例えば、女性キャラクターでもシャム猫の「ミミ」、若い女性の「さくら」、50歳を過ぎた「佐伯さん」では、原文でかなり話し方が違うが、その差は英語ではなかなか表現しにくい。ミミはとても上品で裕福な家の奥様のような話し方、さくらさんは、若い女性のカジュアルな話し方、佐伯さんはやや年輩で、品のいい女性の話し方という風になっておる。対訳で示そう。

 

ミミの発話の例

「いいえ。お安いご用ですのよ。わたくしも普段、近所のできそこないの猫ばかりと話していますと、話題がかみあわなくていらいらしてきますの。」 (第10章、(上)p. 165)

“No need―it was my pleasure. Most of the time I have only this worthless bunch of cats around here to talk to, and we never seem to agree on anything. I find it incredibly irritating.” (p. 102)

 

さくらの発話の例

いいんだよ

「あらためて謝られると、ちょっと困るような気がするね。こんなのはただカラダの部分のことなんだから、そんなに気にしなくてもいいんだよ。でも、少しは楽になった?」 (第11章、(上)p. 192)

It's all right.”

“No need to apologize. It's just a part of your body. So―do you feel better?” (p. 119)

 

佐伯さんの発話の例

いいのよ。べつにあなたが悪いんじゃない」

「コーヒーをありがとう。あなたのつくるコーヒーはとてもおいしいわよ」 (第27章、(下)p. 89)

It's all right. I'm not blaming you,”

“Thank you for the coffee. You make excellent coffee.” (p. 353)

 

ワリ子: ミミの、すごく丁寧な話し方はまだそれらしく翻訳できるけど、さくらさんの「いいんだよ」と佐伯さんの「いいのよ」は両方とも “It's all right.” となっていて、違いがないですね。日本語だと、「いいんだよ」と「いいのよ」はずいぶん印象が違うのだけど。

: そうじゃな。「いいんだよ」はかなり女性性の薄い言い方で、さくらの育ちとか、カフカ少年に対するお姉さん然とした接し方がこの一言でもよくわかる。例えば、ミミや佐伯さんが「いいんだよ」を使うことは考えにくい。もし使えば、それだけでキャラクターが崩れてしまう。しかし一方、英語でこの感じを表現仕分けるのは無理じゃ。逆に、あえてここで何か表現しようとするより、発話全体で雰囲気を伝えるほうがいいということじゃろう。

 

 くだけた表現 

: 次に、星野青年の発話を見てみよう。彼の話し方は、村上春樹作品の登場人物のなかでもかなり特異な方で、ヤンキー風というか、ぞんざいでくだけた物の言い方をするな。例を見てみよう。

 

星野青年の発話の例

「おじさん、なんでも好きなもの注文しなよ。ここはね、安くてうめえんだ(第22章、(上)p. 437)

「そうか、字が読めねえのか。そういうのって昨今珍しいよなあ。まあいいや、俺は焼き魚と卵焼きを食べるけど、同じもんでいいか?」 (第22章、(上)p. 438)

「うん。ウナギは俺も好きだよ。でもな、やっぱり朝からウナギってわけにもいかねえしなあ」 (同上)

“Just other whatever you want, Gramps. The food's cheap here, and pretty good.”

Can't read? That's pretty rare these days. But that's okay. I'm having the grilled fish and omlette―why don't you get the same?”

“Yeah? I like eel myself. But eel's not something you have in the morning, is it?” (p. 273)

 

ワリ子: 原文だと、「注文しなよ」「うめえんだ」「読めねえ」「同じもん」なんかで、かなりくだけた感じの発話であることがわかるけど、英語ではどうかな。

: うむ、もとの表現に該当する箇所でいちいちくだけた感じを出すことはできんので、例えば “Gramps” (じいさん)、“Can't read?” (主語の省略)といった表現でニュアンスは伝えておるな。

 

 老人語 

: 次に見るのは、〈老人語〉の一種を話すカーネル・サンダーズの例じゃ。一人称の「わし」「おる」「わい」といった要素によって、話し手がかなり老人であることが役割語の約束によってわかるようになっているが、英語ではどうかな。

 

カーネル・サンダーズの発話の例

わしがそんな長い時間、こんなところでじっと待っているわけがないだろう。そんなに暇そうに見えるか? ホシノちゃんがどこかのベッドで愉しく昇天しておるあいだ、何の因果か路地裏でこつこつと仕事をしておったわい。」 (第28章、(下)p. 99)

“Do I really look like I have that much time on my hands? While you were sailing off to heaven, I was working the back alleys again.” (p. 359)

 

ワリ子: この英語、どんな印象を読者に与えるんでしょうね。言ってる内容からして、男性だろうという推測はできると思うけど、それを除けば男性か女性かもわからないし、まして白髪頭の老人だとは思えないんじゃないかなあ。

: たぶんそうじゃろう。カーネル・サンダーズは老人ではあるが、発話内容は決して年寄り臭くない。日本語であれば〈老人語〉の要素を使って端的に年格好を表現できてしまうが、英語にはそのようなデバイスがないということがよくわかる。

 

 ナカタさんの発話――三人称主語 

: この小説の翻訳を考える時、もっともやっかいで興味深いのが、ナカタ老人の発話じゃ。この人物は、あとで示すようにとびきり変わった話し方をする上に、文脈のなかで「変わった話し方」であるということが示されているので、“どう変わっているか” を翻訳文として示す必要がある。このことは、山木戸(2019) に大変詳しく分析されているので、詳細を知りたい方はそちらを見ていただければよいじゃろう。

ワリ子: オープンアクセスで、誰でも無料で読めますもんね!

: ここでは簡潔に要点だけ示しておく。まず、ナカタさんの発話の例を一つ見てみよう。

 

ナカタさんの話し方の例(1)

「はい、みなさんにそう言われます。しかしナカタにはこういうしゃべり方しかできないのです。普通にしゃべりますと、こうなります。頭が悪いからです。昔から頭が悪かったわけではないのですが、小さいころに事故にあいまして、それから頭が悪くなったのです。字だってかけません。本も新聞も読めません」 (第6章、(上)p. 96)

“Yes, everybody tells me that. But this is the only way Nakata can speak. I try to talk normally, but this is what happens. Nakata's not very bright, you see. I wasn't always this way, but when I was little I was in an accident and I've been dumb ever since. Nakata can't write. Or read a book or a newspaper.” (p. 59)

 

: この例にも現れておるように、ナカタさんは自分のことを「頭が悪い」と認識しておるが、ナカタさんの話し方は決して「頭が悪い」という印象を与えるようなものではない。かなり長い文も淀みなく話し、またかなり複雑な複文も使いこなす。また、年齢・性別相応の、年輩の男性として一般的な特徴も見て取れる。奇妙な印象を与える点は、主に語彙的な面、そうして敬語など対人的態度に現れておる。例えば次のような点である。

1. 自分のことを「ナカタ」と、姓で指し示す。一人称代名詞「私」はごく一部の例外的な使用しかない。
2. 誰に対しても(猫に対しても)きわめて丁寧な話し方をする。特に、文末表現「〜であります」の使用が目立つ。
3. 「猫さん」「雷さん」「エンジンさん」など、動物や無生物にまで敬称の「さん」を付ける。幼児語のような印象を与える。
4. 難しい漢語や社名・地名・組織名等の固有名詞がよく理解できないことを示すために、片仮名で表記される。(ツウサンショウ、フジガワ等)

ワリ子: めちゃんこ丁寧で礼儀正しい老人みたいなのに、極端な幼児性が同居しているってとこが、アンバランスなのよねえ。

: そうじゃな。そのアンバランスさが、彼が「空っぽの人間」であるという特性によくマッチしているので、ナカタさんの印象がより強烈に読者に焼き付けられるわけじゃ。そのような意味でも、翻訳の工夫は重要であるといえる。

ワリ子: でも、英語ではなかなか表現しきれない特徴もありますよね。

: うむ。上に掲げた 2 は、丁寧表現のシステムがまったく異なる英語では、依頼表現などでもっとも丁寧な形式を用いるなど、消極的にしか表現できない。また 3 の「さん」付け表現は、英語訳ではまったく無視されておる。

ワリ子: そうなると、1 と 4 をどう訳すかですよね。

: まず 1 について確かめよう。まず原文では、一人称主語の現れる箇所では「ナカタ」が用いられる。また日本語ではしばしば主語や目的語などが省略される点にも注意しておこう。さて英訳文じゃが、主語が “Nakata” になっている文がある一方で、多くの文では “I” が主語として用いられておる。

ワリ子: ということは、原文で「ナカタは」となっているところは “Nakata” になり、主語が省略されるところでは “I” になっている?

: うんにゃ、一見そのようにも見えるが、全体としては必ずしもそうではない。結論としては、“Nakata” が用いられる文と “I” が用いられる文はランダムに出現する。むしろ基本的に “I” が用いられ、時々、読者に思い出させるように “Nakata” が出現する、という感じじゃな。

ワリ子: なぜそうしたんでしょうね?

: この点について、山木戸氏は直接、翻訳者の Philip Gabriel 氏に質問された。その結果を要約すると、「最初は主語を全部 “Nakata” にしてみたが、原文の話し方が変である以上に英語として変すぎたので、“Nakata” と “I” を混ぜた」ということじゃった(山木戸 2018; 2019)。“Nakata” を主語とする表現が日本語よりさらに奇妙な印象を与える理由として、日英の文法の違いもあるのじゃ。

ワリ子: 文法の違い……あ、そうか、“Nakata” のような固有名詞が主語になると、文としては三人称になって、述語も三人称の形にしないといけないのね。

: その通りじゃ。ヨーロッパの言語では一般的に主語と動詞の人称を一致させるので、固有名詞を主語にすると、動詞は必ず三人称になる。ヨーロッパの言語でも、自分のことを三人称であらわす「Illeism(イリイズム)」と呼ばれる現象があり、[2] 子供っぽさ、尊大さ、極端な謙譲などさまざまな効果が報告されている。日本語でも、自分の名前で自分を呼ぶのは、一つには「まさみはこれが好き」などの子供らしい表現や、選挙演説などで「山本は皆様の生活安定のために粉骨砕身働かせていただく所存であります」など、聞き手より自分を下におく表現もあることからある程度想像できるな。

ワリ子: なるほど、ここでは、どちらかというとナカタさんの子供っぽさを表現してるんですかね。それにしても、全部の文で主語を三人称にしてしまうと、英語ではあまりに変すぎると。

: それに本来、日本語と異なり、主語と動詞の人称の一致現象がある英語では、三人称による自称の際立ちは日本語の比ではないじゃろう。

 

 ナカタさんの発話――片仮名表記 

: 次に、ナカタさんの発話で目に付くのは、難しい漢語や、新しく出会った地名などの固有名詞が片仮名で表記される点じゃ。これは音声としては、若干たどたどしい発話になるのか、あるいは音声だけでは区別ができないのかもしれんが、ナカタさんの頭の中でちゃんと処理しきれておらんということが標示されておると理解できる。例を見てみよう。

 

ナカタさんの話し方の例(2)

「とくにナカタのお父さんは、もうとっくになくなりましたが、大学のえらい先生でありまして、キンユウロンというものを専門にしておりました。それからナカタには弟が二人おりますが、二人ともとても頭がいいのです。一人はイトウチュウというところでブチョウをしておりますし、もう一人はツウサンショウというところで働いております。」 (第6章、(上)pp. 96-97)

“Nakata's father―he passed away a long time ago―was a famous professor in a university. His specialty was something called theery of fine ants. I have two younger brothers, and they're both very bright. One of them works at a company, and he's a depart mint chief. My other brother works at a place called the minis tree of trade and indus tree.” (pp. 59-60)

 

ワリ子: 「キンユウロン」のところは、“theery of fine ants”。“theery” って、“theory” の綴りの間違いですよね。あと、“finance” とあるべきところが “fine ants” となってて、聞き間違いみたいになってますね。「ブチョウ」は “depart mint chief” だから、やっぱり “department” が “depart” と “mint” に分けられている。「ツウサンショウ」も “ministry of trade and industry” が “minis tree of trade and indus tree”。「イトウチュウ」は “a company” とぼやかしてあるけど、これはきっと英語圏の読者になじみがないからでしょうね。

: そうじゃな。本来の綴りを別の単語の組み合わせで表す言葉遊び、あるいは聞き間違いの表現を「マラプロピズム」(malapropism)というのじゃが、これらはマラプロピズムを応用しておるということになる。

ワリ子: 地名はどうですか。

: 山木戸(2018; 2019)によれば、必ずしも一貫しておらんようじゃが、“Fu-ji-ga-wa”(フジガワ=富士川)や “To-mei” (トーメイ=東名)のように、ハイフンを挿入しておるところもある。

ワリ子: たどたどしさとか、あるいは今、その場で処理してる、って感じを出してるんですね。

 

 キャラクター言語と翻訳 

: ナカタさんの話し方は、単に奇をてらっているというわけではなくて、彼の物語における機能と密接に関連しておる。それだけに、翻訳に彼の特徴をどう生かすか、という問題は決して小さい技術上の問題ではないんじゃ。ナカタさんの言語と物語上の役割の関係については、金水(2018)も参照してほしい。

ここでは、『海辺のカフカ』の英語訳を見てきたが、『村上春樹翻訳調査プロジェクト報告書』(1)(2)には、中国語(繁体字・簡体字)、韓国語、タイ語、ポーランド語、スウェーデン語、チェコ語、ロシア語など、さまざまな言語による『海辺のカフカ』の翻訳についての報告が掲載されておる。ヨーロッパの言語でも、英語と似たところと、それぞれの言語の事情で異なるところがあるのが興味深い。

ワリ子: まだまだ、知りたいことがたくさん出てきますね! 村上春樹の翻訳作品はたくさんあるし。

: うむ、そうじゃな。

 

(by 石橋博士)


次回は依田恵美さんの再登場、
楽しみじゃ!

 ご感想、ご質問等ありましたらぜひ nihongo@kenkyusha.co.jp までお寄せください!

 


〈注〉

[1] 『海辺のカフカ』原文と英訳は下記のテキストを用いた。
村上春樹『海辺のカフカ』(上)(下)新潮文庫、2005年.
Murakami, Haruki, (J. P. Gabriel trans.) Kafka on the Shore, Random House, London/DIP Inc, Tokyo, 2010.

[2] illeism は、ラテン語の三人称代名詞 “ille” と “-ism” を組み合わせた言葉。ヴォイチェホヴィッチ(2018)およびそこに引かれた参考文献を参照されたい。また、英語版の wikipedia にも項目がある(https://en.wikipedia.org/wiki/Illeism)。

 

〈参考文献〉

ヴォイチェホヴィッチ, トマシュ(2018) 「『海辺のカフカ』の原書とポーランド語翻訳書との比較・対照」金水敏(編)(2018)『村上春樹翻訳調査プロジェクト報告書(1)』pp. 54-87.
金水 敏(2018) 「魅惑するナカタさんワールド」沼野充義(監修)・曽秋桂(編集)『村上春樹における魅惑』pp. 43-60, 淡江大学出版中心.
金水 敏(編)(2018) 『村上春樹翻訳調査プロジェクト報告書(1)』大阪大学大学院文学研究科. 大阪大学リポジトリ:http://hdl.handle.net/11094/68235, DOI: info:doi/10.18910/68235.
金水 敏(編)(2019) 『村上春樹翻訳調査プロジェクト報告書(2)』大阪大学大学院文学研究科. 大阪大学リポジトリ:http://hdl.handle.net/11094/71875, DOI: info:doi/10.18910/71875.
山木戸浩子(2018) 「日本語の文学作品における言語変種の英語翻訳――村上春樹(著)『海辺のカフカ』ナカタさんの話し言葉から考える」 『通訳翻訳研究への招待』19、pp. 1-21. 日本通訳翻訳学会: http://honyakukenkyu.sakura.ne.jp/archive.html
山木戸浩子(2019) 「ナカタさん(『海辺のカフカ』)の変わった話し方は英語でどのように翻訳されるのか」金水敏(編)(2019)『村上春樹翻訳調査プロジェクト報告書(2)』pp. 18-50.

 

金水 敏(きんすい さとし)

 1956年生まれ。博士(文学)。大阪大学大学院文学研究科教授。大阪女子大学文芸学部講師、神戸大学文学部助教授等を経て、2001年より現職。主な専門は日本語文法の歴史および役割語(言語のステレオタイプ)の研究。主な編著書として、『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店、2003)、『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房、2006)、『役割語研究の地平』(くろしお出版、2007)、『役割語研究の展開』(くろしお出版、2011)、『ドラマ方言の新しい関係―『カーネーション』から『八重の桜』、そして『あまちゃん』へ―』(田中ゆかり・岡室美奈子と共編、笠間書院、2014)、『コレモ日本語アルカ?―異人のことばが生まれるとき―』(岩波書店、2014)、『〈役割語〉小辞典』(研究社、2014)などがある。

 

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