前回は日英パラレルコーパスの英語授業での活用について、SCoRE と WebParaNews を使用する実践例を紹介しました。今回のテーマは英語コーパスの英語授業での活用です。中上級学習者を対象に、COCA(Corpus of Contemporary American English)などの大規模コーパスを使用する実践例について説明します。
英語コーパスは、中上級学習者のコロケーション指導に役立ちます。英語力が上がるほど学習者は複雑な内容を表現したくなるものですが、表現したい内容を表す適切なコロケーションは、教科書や辞書に必ずしも載っていません。コロケーションの適切な使用は自然な英語表現をするために不可欠ですが、学校での語彙指導は新出単語中心に行われることが多く、十分なコロケーション指導が行われているとは言えない現状です。中上級学習者のコロケーション指導に英語コーパスをぜひ活用してみましょう。英語コーパスを使用すると学習者にとって検索された英語用例の解釈が難しい場合があることが指摘されていますが、英検2級程度の英語力があれば、ある程度適切に解釈することができます。[1] コーパスで調べることの利点の一つは、辞書に載っていないコロケーションにアクセスしやすいことです。[2] コーパスの規模が大きいほどこの利点を生かすことができます。今回使用する COCA は5億2千万語以上の大規模コーパスであるため、データの大きさは十分です。ただし、教室で使用する際には検索回数の制限(1日250回まで)があり、無制限使用は有料です。[3]
学習者は英単語を覚える時、対応する和訳だけ記憶し、どのようなコロケーションで使用するかまで注意を向けない傾向があります。それでは読む・聞くなどのインプットの時は対応できても、書く・話すなどのアウトプットの時に対応が難しくなります。ここでは “accuse”(〜 を非難する・告発する)の用例を調べさせることで、コロケーションの重要性についての「気づき」を促します。 学習者に調べさせる前にまず、“accuse” を使って(〜 のことで人を非難する)という意味の簡単な英文を書かせます。書き終わったら COCA にアクセスしてSEARCHをクリックし、KWICモードにしてテキストボックスに “accuse” と入力し、Keyword in Context (KWIC)をクリックします。[4]
“accuse” のコンコーダンス・ラインが現れました。品詞ごとに色分けされているので、品詞が結びつくパターンを見つけやすくなっています。(〜 のことで人を非難する)に対応するのは “accuse 人 of 動名詞” と “accuse 人 of 名詞” であり、“accuse” の用例としてこれらが突出して多いことがわかります。辞書で調べてもこの用例は収録されていますが、突出して多い特徴的な用法であることは、必ずしも明示されているわけではありません。調べる前にこのパターンが書けなかった学生、迷った学生ほど、「気づき」が強く促されるのではないでしょうか。
単語によっては、共起する単語に特定の意味的傾向(Semantic prosody)があります。[5] ここでは名詞 “pregnancy”(妊娠)がどのような動詞と共に使用されるかについて調べさせることで、共起する単語という視点からコロケーションの重要性についての「気づき」を促します。[6] 筆者が実際に行った授業で “pregnancy” の共起語を調べさせたのは、リーディングの授業で語彙知識を深めるためでした。教材は、白血病の娘に骨髄移植をするために、骨髄の型が合う子供の誕生を期待して妊娠・出産することの是非をめぐる雑誌記事[7] を使用しました。記事のキーワードである “pregnancy” について、記事を読む前に学生に単語のイメージをたずねたところ、多くの学生が「おめでたい」、「幸せ」など肯定的な意味合いを持つと考えていました。しかしこの記事における用例は、“terminate a pregnancy”(妊娠を終わらせる)が二例、“end a pregnancy”(妊娠を終わらせる)が一例、複数形は “end accidental pregnancies”(予定外の妊娠を終わらせる)が一例で、共起する動詞 “terminate” と “end” は “pregnancy” との組み合わせでは否定的な意味を帯びます。このような “pregnancy” の用例が一般的な傾向なのか、それともこの記事だけの例外的な用例なのか学生に調べさせることで、単語の用いられ方への関心を促しました。 まず SEARCHをクリックし、CollocatesモードにしてWord/phraseに “pregnancy” と入力します。すぐ下のCollocatesの右の[POS]は検索語と共起する品詞を指定するもので、ここでは[POS]をダブルクリックしてverb.ALL(すべての動詞)を指定し、Collocatesの欄に [v*](すべての動詞という意味のタグ)が入力されたことを確認します。その下の数字は検索語の前後何語までを含めるか指定するもので、この場合は “pregnancy” の前に来る動詞を見るため、冠詞や形容詞が入る場合を想定して “pregnancy” の左3語までを検索することにして、左の3をクリックし3から1までを指定します。最後にFind collocatesをクリックします。
“pregnancy” と共起することが多い動詞活用形のリストが現れました。[8] それぞれの単語をクリックするとコンコーダンス・ラインを見ることができます。リスト中の “prevent”(〜 を防ぐ), “terminate”(〜 を終える), “preventing”, “avoid”(〜 を避ける), “end”(〜 を終える)は、“pregnancy” と共起すると否定的意味合いを帯びます。[9] この検索結果から、“pregnancy” は授業で読んだ雑誌記事の用例のように、否定的な文脈で使用されることが少なくないと考えられそうです。辞書で調べてもこのような傾向の説明はありません。DDL ならではの、用例からの学びと言えるでしょう。
コーパスは学生が自分の英作文の間違いを直すのにも使用することができます。英作文の修正にコーパスを使用する効果についての、筆者の共同研究をご紹介します。[10] 研究の目的は、英作文の修正にコーパスを使用する時、間違いの種類(単語の脱落・余剰とその他の間違い)、間違っている品詞、学習者の英語力によって正しく直せる程度に違いがあるか、またコーパスを使用しないで直す場合と違いがあるかについて調べることです。英語力の異なる二グループの日本の大学生(グループA: TOEIC スコア平均605.5, CEFR[11] A2+〜B1, グループB: TOEIC スコア平均322.7, CEFR A1〜A2)を対象に調査を行いました。 調査の手順は次の通りです。最初に学生が「友人・家族あるいは知人を紹介する」というテーマの英語エッセイを、コーパスや辞書など何も参照せずに15分間書き、教師が各エッセイにつき二つの間違いを指摘して返却します。間違いの一つはコーパスを参照して直せそうなもの(コロケーションや前置詞句の間違いなど)、もう一つはコーパス参照の必要がなさそうなもの(動詞の活用などの語形変化や、数や時制の不一致の間違いなど)を指摘し、それぞれ違う色のマーカーでハイライトしています。間違っている単語に X の印を、必要な単語が抜けている箇所に V の印を書き、コーパスを参照して直せそうな間違いについては検索すべき単語に下線を引きました。 三週間後、まず学生はコーパスの使用法について15〜20分指導を受け、[12] 次に25分かけて自分のエッセイの間違いを直します。その際、下線で指定された単語についてはコーパスを参照して直し、時間に余裕があれば教師が指摘した箇所以外の間違いも直すよう指示しました。下図は、a が教員による学生の間違いの指摘の例で、b が学生が指摘された間違いを直した例です。[13] ピンクのハイライトの間違いはコーパスを参照して直し、黄緑のハイライトの間違いはコーパスを参照せずに直しています。
a. I talk V everything with her.
a. introduce aboutX my mother
a. There are some reason 主な結果は次の通りでした。
1英語力の高い学習者がコーパスを使用した場合、単語の脱落・余剰の間違いはその他の間違いよりも正しく直せる。 1と2については、前置詞の間違いの多くが脱落・余剰だったので、ある程度連動していると言えます。前置詞の脱落・余剰の間違いの場合、下線で指定された単語をコーパスで検索すれば、脱落の場合は正しい前置詞を、余剰の場合は前置詞が不要であることをコンコーダンス・ラインを見て確認できるので、正しく直せることにつながりました。 3の場合は、英語力の高い学習者にとってこれらの比較的単純な間違いは mistake(正しい用法を知っているのにしてしまった間違い)であって error(正しい用法を知らないのでしてしまった間違い)ではないので、[14] 指摘されれば間違いに気づいて正しい用法に思い至るため、直すのにコーパスを参照する必要がなかったと言えます。 4については、英語力が高くない学生は単純な文法・語彙を使用するので間違いも単純なものが多く、コーパス参照が効果的な複雑な間違いは少なかったと言えます。 以上のことから、英作文の修正にコーパスを使用する場合、単語の脱落・余剰の間違い、特に前置詞の間違いを対象にすると効果的であり、学習者の英語力がある程度高い方がよいことがわかりました。修正のために多くの用例を参照することで正しい用法への「気づき」を促す学習は、正解を一方的に教えるよりも、学習者の自律を促進する効果があると考えられます。また、教員の添削の負担が減るという副次的効果も期待できるでしょう。
今回のテーマは英語コーパスの英語授業での活用であり、COCA などの大規模コーパスを使用する実践例について説明しました。単語の特徴的な用法や共起語の意味的傾向を調べる、英作文の修正に使用するなど、英語コーパスを使用して、学習者の「気づき」を促す様々な活動をすることができます。学習者にとって英語コーパスは日英パラレルコーパスより英文解釈が難しいですが、中級以上の英語学習者の自律性を育むうえで非常に有益です。授業内活動の一つとして、英語コーパスをぜひ活用してみてください。 2回にわたりコーパスの英語授業での活用についてご紹介しました。コーパスを授業に使用する DDL はまだあまり普及していませんが、[15] 様々な可能性を持つアプローチです。学習者のレベルにあったコーパスを活用して「気づき」を促す授業が、増えていくことを願っています。
〈参照文献〉 佐竹由帆(2013)「英作文におけるコーパス使用に対する日本の大学生の反応」『青山スタンダード論集』第8巻: 69-78. Corder, S. P. (1967). “The significance of learners' errors.” International Review of Applied Linguistics in Language Teaching 5: 161-169. Flowerdew, L. (2010) “Using corpora for writing instruction,” in A. O'Keeffe and M. McCarthy (eds.) The Routledge Handbook of Corpus Linguistics. London: Routledge, 444-457. Morrow, Lance (1991) “When One Body Can Save Another, ” in L. C. Smith and N. N. Mare (eds.) (2011) Topics for Today. 4th ed. Boston: Heinle, 163-165. Satake, Yoshiho (2014a) “Corpora vs. dictionaries: their effects on learning English collocations in L2 writing tasks.” Presented at the Second Asia Pacific Corpus Linguistics Conference (APCLC). Hong Kong, March 7-9. Satake, Yoshiho (2014b) “How does a corpus influence learning L2 collocations?” Presented at Teaching and Language Corpora: Eleventh International Conference (TaLC 11). Lancaster, July 20-23. http://ucrel.lancs.ac.uk/talc2014/doc/TALC2014-abstract-book.pdf. Satake, Yoshiho (2015) “Comparison of dictionary use and corpus use: different effects on learning L2 phrases.” Proceedings of ASIALEX 2015 Hong Kong. Hong Kong: Hong Kong Polytechnic University, 222-229. Tono, Yukio, Yoshiho Satake and Aika Miura (2014) “The effects of using corpora on revision tasks in L2 writing.” ReCALL 26(2): 147-162.
〈注〉 [1] 佐竹(2013), Satake(2014a), Satake(2014b), Satake(2015), Tono, Satake & Miura(2014)参照。 [2] Flowerdew(2010)参照。 [3] 2016年5月現在、年間使用料は、使用人数30人まで200ドル、80人まで400ドル、人数無制限600ドル(http://corpus.byu.edu/academic_license.asp)。 [4] COCA では活用形を含めて検索したり、単語の品詞を指定して検索したりすることができますが、学習者がコーパスの使用に慣れていない場合は操作の容易さを優先して簡単な検索方法をとる方がよいでしょう。COCA の検索方法については、連載第14回、第15回もご参照ください。 [6] Satake(2014a)参照。 [7] Morrow(1991)参照。 [8] 検索語を入力する画面でOptionsをクリックし、GROUP BYで “LEMMAS” を選んで検索結果をレマ化すれば、単語ごとに集約した頻度がわかります。 [9] リスト中の “smoking” は、動名詞としての用法(例: smoking during pregnancy)がほとんどで、“pregnancy” を目的語として共起する動詞とは言えないため、否定的な単語として扱っていません。 [10] Tono, Satake & Miura(2014)参照。 [11] CEFR(Common European Framework of Reference for Languages, ヨーロッパ言語共通参照枠)は外国語運用能力のレベルを示す枠組で、上から C2, C1, B2, B1, A2, A1 の六段階に分けられています。 [12] この調査で使用したのは、リーズ大学の IntelliText という易しいインターフェイスの BNC です(http://corpus.leeds.ac.uk/itweb/htdocs/Query.html)。 [13] ピンクのハイライトの例は Tono, Satake & Miura(2014), p. 12参照。黄緑のハイライトの例は、同論文で言及していない学生の作文によります。 [14] “mistake” と “error” の違いは Corder(1967)によります。 [15] Flowerdew(2010)参照。
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