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ルーン文字の遍歴

第1回 プロローグ: ルーン文字とは何か

 ルーン文字という言葉を聞いた時、私たちは何を思い浮かべるでしょうか。なんだかよくわからないけれども、何かしら念の込められた魔法の文字、というような印象でしょうか。実を言えば、私はそうでした。そうでした、と言っては不正確かもしれませんが、長らくそのように思っていました。

 私が初めてルーン文字なる不可思議な文字の存在を意識したのは、中学校の頃だったと思います。ちょうど、ドラゴンクエストとかファイナルファンタジーとかいったファミコン用の RPG ゲームが登場する時代でした。中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界です。それらに代表されるゲームでは、しばしばルーン文字が、いやルーン文字と名付けられた文字列が使われていました。今思うと、クリエイターたちが見様見真似でゲームの世界に放り込んだ適当な作りの文字体系であったのかもしれませんが、私は、剣と魔法とルーン文字はセットだと思うようになっていました。

 それに拍車をかけたのは、高校時代に読み耽った、トールキンの『指輪物語』に代表されるファンタジー小説でした。それらも、RPG ゲームに負けず劣らず(と申しますか、小説の方が本家本元なのですが)、いたるところでルーン文字を目にしました。すべての作品に出てきたわけではないでしょうし、ひょっとすると思い込んでいるほどは出てくるわけではないのかもしれませんが、よほどこの中世(風ですが)という時代は、ルーン文字という未知の文字と関係があるのだなと高校生の私の頭の中には刷り込まれました。以上が私のルーン文字事始めです。そんな私は、剣と魔法にみち溢れて・・・はいませんが、中世ヨーロッパとりわけ北欧史の歴史学者として、今現在、教育と研究に携わっています。この連載は、歴史学者の私が、歴史学の観点からルーン文字の歴史を辿ってみる試みです。

 今回はイントロということもありまして、成立から現代に至るまでのルーン文字の歴史を簡単に振り返ってみることにしましょう。

 ルーン文字とは、もともとはゲルマン世界で広く用いられていた表音文字です。その多くは、曲線をともなうラテン文字と異なり、直線を組み合わせて表記される形をとっていました。その文字の形状からエトルリア文字やギリシア文字など先行する様々な文字との関係が示唆されてきましたが、現在の研究によれば、このルーン文字は、2世紀頃に、おそらくはユトランド半島(ヨーロッパ中部の北海とバルト海を分ける半島)の南部で、隣接するローマ帝国の文字であるラテン文字の影響を受けながら生み出された文字であった、とされています。

 成立当初のルーン文字は、24の文字から構成されていました。これらは、最初の6文字をとってフサルク(fuþark)、とりわけ700年頃以降に用いられるようになる文字数の異なるルーン・アルファベットと区別して、古フサルク(the older fuþark)と呼ばれています。こうしたルーン文字は、パピルスを持たないゲルマン世界の書記媒体である木材・石材・金属に刻みやすいように、直線を組み合わせた形状をとっていたことはすでに述べたとおりです(図版1)。古フサルクが用いられていた時代のゲルマン世界は、文字それ自体が珍しく、その文字を使う人も限られ、なおかつ文字それぞれに特別な意味が付与されていたこともあり、ルーン文字を刻むという行為それ自体が特殊な意味を持っていました。そのため、武器やお守りなど特別な場合に用いられる道具に呪術的な意味を込めて刻まれることが多かったのです。

 

図版1 4−6世紀に作成された、ルーン文字が刻まれたブラクテアット(薄い黄金製のメダル)
(デンマークのフュン島出土;DR BR42)

 

 その後、ゲルマン人はローマ帝国内に侵入し、各地にゲルマン人国家を成立させました。これらの国家はローマ文化を受容し、キリスト教ならびに公用語としてのラテン語を受け入れました。このようなラテン・アルファベット圏が地中海沿岸部から北ヨーロッパに徐々に拡大するにつれて、ルーン文字が利用される空間もまた徐々に限定されました。8世紀の時点においてルーン文字が用いられていたのは、北欧とその影響圏、イングランド、低地地方のみとなりました。それとともにルーン文字それ自体も変化しました。とりわけ北欧では、文字数が従来の24から16に縮減する大きな変化が起こりました。新フサルク(the younger fuþark)もしくはヴァイキング・ルーンと呼ばれる16文字からなるルーン文字は、北欧を出自とし海外に展開するヴァイキングの活動とほぼ時期を同じくして出現しました。周知のように、ヴァイキングは、750年頃から1050年頃にかけて、北大西洋からユーラシア西部にかけて勢力を拡大し、各地でコロニーを形成しました。そうした移住先でも新フサルクは用いられました。他方で北欧内では、地域ごとに形状や音韻に特徴のあるルーン文字が見られるようになりました。

 ヴァイキングの活動期はルーン文字の最盛期でもありました。古フサルクの利用範囲は社会の一部に限定されていましたが、ヴァイキングによる新フサルクは生活の様々な場面で用いられました。それはすでに日常のコミュニケーションの道具となっていたのです。もちろん以前と同様に、武器やお守りなどに呪術的な意味を込めて刻まれることもありましたが、それのみならず、日用品にも見られるようになりました。この時代にとりわけ注意を引くのは、死者を記念して建立する碑であるルーン石碑の存在です。現在3000基ほどがつたわるこのルーン石碑は、「X が Y を記念してこの石を建てた」という死者を記念する定型句が刻まれた石碑です。北欧を旅行すれば、博物館の中だけではなく、あちこちの公園や道端でも目にすることができます(図版2)。そのレプリカは、日比谷公園(古代スカンジナビア碑)やふなばしアンデルセン公園(ハーラルの石碑)でも確認することができます。

 

図版2 ルーン石碑(スウェーデンのウップランド地方:U240)

 

 ヴァイキング時代が終わりを迎えるとともに、ルーン文字も変化の時期を迎えました。北欧にもキリスト教が定着し、ルーン文字ではなくラテン文字が用いられることが多くなったことが大きな理由です。しかし、中世においてルーン文字が全く消滅したわけではありません。文字数を16から33に増加させた中世ルーン文字が様々な場で用いられました。ラテン文字が最も浸透していると思われる教会においても墓碑や鐘や洗礼盤の銘文をルーン文字で記すことがありましたし、商業取引の場でも顕著な事例を確認することができます。1955年、中世ノルウェーの王都であったベルゲンのブリッゲン地区では、ルーン文字が刻まれた600以上もの木簡が出土したのです。

 他方で、一部の知識人の間でもルーン文字が用いられることもありました。1300年頃に全編ルーン文字で書かれた『ルーン写本』(Codex Runicus)には、中世デンマークのスコーネ地方の地域法である「スコーネ法」がルーン文字で記録されています(図版3)。北欧の中世社会は、すべての文字がラテン文字に取って代わられたわけではなく、様々な層においてルーン文字も継続的に利用されていた二重文字社会であったことを思い起こす必要があります。

 

図版3 1300年頃の『ルーン写本』に収められた「スコーネ法」

 

 初期近代、北欧の過去に対する関心が高まった結果、「ゴート・ルネサンス」と呼ばれる古代スカンディナヴィアの文化の復興運動が起こりました。ギリシアやローマとつながりのない北欧において、北欧が出身地と考えられたゲルマン人の一派ゴート人と自らのつながりを明らかにしようとする知的運動です。そこで注目されたのが、ヘブライ文字、ギリシア文字、ラテン文字といった聖書で使われる文字とも異なるルーン文字です。自らの歴史をどこまで遡ることができるかという意識に囚われた初期近代の北欧知識人らは、ルーン文字の収集と研究に意を注ぎました。スウェーデンのヨハンネス・ブレウス(Johannes Bureus, 1568-1652)やウーロヴ・ルドベーク(Olof Rudbeck, 1630-1702)やデンマークのオラウス・ウォルミウス(Olaus Wormius, 1588-1654)(図版4)などがルーン文字や石碑の重要なカタログと著作を残しました。

 

図版4 オラウス・ウォルミウス
(サイモン・ヴァン・デ・パッセ画、『デンマーク暦』[1626年]より)

 

 ロマン主義とナショナリズムが席巻する近代ヨーロッパにおいて、ルーン文字は、ヴァイキングとともに、北欧という地域の独自性を証明する証拠として、初期近代以上に学者と世間の関心を引きました。近代文献学の手法に従って、各国単位のルーン文字のカタログが用意され、各国の大学では、ルーン文字を研究する講座が設置されました。ギリシア語やラテン語による古典文献学、ヘブライ語やギリシア語による聖書文献学に加えて、ルーン文字や中世北欧諸語を対象とする北欧文献学も、近代学問の一つとして認められたのです。

 しかしルーン文字がその心を捉えたのは学者だけではありません。とりわけ19世紀後半にヨーロッパ各地で流行した神秘主義サークルにおいて、ルーン文字はゲルマン人独自の神聖な文字であるとの特殊な宗教的理解が付与されました。とりわけオーストリアのオカルティスト、グイド・フォン・リスト(Guido von List, 1848-1919)(図版5)の『ルーンの秘密』(1905)は、ゲルマン語圏における民族主義的なルーン文字利用の嚆矢となったのです。この流れはナチズムにも利用されました。ナチスにとってのルーン文字とは、ナチズムにとっての理想の人種アーリア人の用いた神聖な文字でした。親衛隊(SS)のシンボルとしても利用されたルーン文字を研究するために、「アーネンエルベ」(祖先の遺産の意味)と呼ばれる擬似学術機関にはルーン文字の講座も設けられました。この時期にルーン文字は、北欧の文字というよりも、ナチズムと結びつく陰のある文字という刻印を受けたと言えるかもしれません。

 

図版5 グイド・フォン・リスト
(撮影:コンラート・H・シファー)

 

 ルーン文字は過去のものとなったのでしょうか。私には必ずしもそうは思えません。最初に述べたように、ゲームや小説などのフィクションの世界でルーン文字に出会うのは珍しいことではありません。最近では「ハリー・ポッター」シリーズにもルーン文字は登場しましたし、アリ・アスター監督の映画『ミッドサマー』でも取り上げられました。書店に行けば、ルーン文字占いの本が当たり前のように並んでいます。インターネットを検索すれば、ルーン文字に特殊な意味を込めて利用する宗教家やオカルティストも少なからずいます。これは日本だけではなく、ルーン文字の「本場」である欧米でも同様です。もちろん彼らのルーン文字の理解は、言語史的に正しいとは言えません。しかしながら、このようなルーン文字の受容は、新しい時代に即した、新しい息吹を吹き込まれたルーン文字の生き方、と言えるかもしれません。

 この連載では、こうした2000年近くにわたるルーン文字の歴史を、いくつかのトピックを取り上げることで振り返ってみたいと思います。私は歴史学者ですので、ルーン文字そのものというよりも、ルーン文字が利用された状況やそれを取り巻く社会に光を当てる予定です。次回は、ルーン文字が誕生した2世紀頃に遡ってみましょう。

 

〈参照文献〉

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Barnes, Michael P. Runes: A Handbook, Woodbridge: The Boydell Press, 2012.
Düwel, Klaus. Runenkunde, 4. Aufl. Stuttgart: Metzler, 2012.
Düwel, Klaus. “Runen und Runendenkmäler”, Reallexikon der Germanischen Altertumskunde, 2. Aufl. Bd. 25, Berlin: De Gruyter, 2003, S. 499-512.
Elliot, Ralph W. V. Runes: An Introduction, 2nd ed. Manchester: Manchester UP, 1989[ラルフ・W・V・エリオット(吉見昭徳訳)『ルーン文字の探究』(春風社、2009)].
Enoksen, Lars Magnar. Runor: Historia, tydning, tolkning, Lund: Historiska Media, 1998[ラーシュ・マーグナル・エーノクセン(荒川明久訳)『ルーンの教科書――ルーン文字の世界 歴史・意味・解釈』(アルマット、2012)].
Findell, Martin. Runes, London: British Museum Press, 2014.
Friesen, Otto von. Runorna, Nordisk Kultur VI, Stockholm: Albert Bonnier, 1933.
Jansson, Sven B. F. Runes in Sweden, Stockholm: Gidlunds, 1987.
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Moltke, Erik. Runes and their Origin: Denmark and Elsewhere, Copenhagen: The National Museum of Denmark, 1985.
Page, Raymond. Runes, London: British Museum Press, 1987[レイ・ページ(菅原邦城訳)『ルーン文字』(「大英博物館双書――失われた文字を読む」7、学藝書林、1996)].
Page, Raymond. An Introduction to English Runes, 2nd ed. Woodbridge: The Boydell Press, 1999.
Snædal, Thorgunn et al. Svenska Runor, Stockholm: Riksantikvarieämbetet, 2004.
Spurkland, Terje. Norwegian Runes and Runic Inscriptions, Woodbridge: The Boydell Press, 2005.
小澤実「ルーン文字」大城道則編著『図説古代文字入門』(河出書房新社、2018)、79-85頁。
秦宏一「ルーン文字」河野六郎・千野栄一・西田龍雄編著『言語学大辞典 別巻 世界文字辞典』(三省堂、2001)、1137-1142頁。
谷口幸男「ルーネ文字研究序説」『広島大学文学部紀要』30特輯1(1971)、1-137頁。

 

 

小澤 実(おざわ みのる)

 1973年愛媛県生まれ。立教大学文学部史学科世界史学専修教授。専門は西洋中世史。著書に、『辺境のダイナミズム』(共著、岩波書店)、『知のミクロコスモス――中世・ルネサンスのインテレクチュアル・ヒストリー』(共編著、中央公論新社)、『北西ユーラシアの歴史空間』(共編著、北海道大学出版会)、『近代日本の偽史言説――歴史語りのインテレクチュアル・ヒストリー』(編著、勉誠出版)、『歴史学者と読む高校世界史――教科書記述の舞台裏』(共編著、勁草書房)などがある。NHK TV アニメ『ヴィンランド・サガ』の時代考証を担当している。

 

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