インド・ゴア州マルガオ市に来てから約2週間となった。平日はC大学で過ごし、授業、ワークショップ、会議などに参加している。(明日、秋に日本へホームステイに行く学生たちにお箸の使い方を教えることにもなった。思いがけない依頼だったが、喜んで引き受けた。)用事が入っていないときに、学生支援課内のライティング・センターで机に向かって、パソコンで仕事をしている。
学生支援課には8人のスタッフが常勤している。男女半々で、各人の宗教はヒンズー教、イスラム教、カトリック教、プロテスタント教といろいろ違うようだ。授業の課題について相談するために学生たちがライティング・センターによく来るので、日中、活気に溢れている場所だ。私は周りの会話に耳を傾けることが好きだ。その会話の特徴の一つは、英語からコンカニ語へ、またコンカニ語から英語へ絶えずシフトしていることだ。C大学は English-medium college, すなわち教育を英語で行う大学だが、教職員と学生たちのほとんどは地元出身なので、皆コンカニ語もできる。オフィスでは英語とコンカニ語の割合は半々ぐらいらしいが、食堂や大学のバスで学生同士の会話を聞くと、8割以上がコンカニ語のようだ。
親しくなった学生支援課のスタッフたちに両言語の使い分けについて尋ねてみた。答えは意外ではなかった。コンカニ語は子供のころから親や友達と話すために使ってきた言語なので、感情や気持ちを表したいときに使いやすく、話の内容が仕事や時事問題などに変わると英語のほうが便利だ、ということだった。
日本のインターナショナル・スクールなどに通っている若者たちの「インター語」や「ちゃんぽん」と呼ばれる混合会話はこのオフィスでは耳にしていないが、私はインド人の英語発音を聞き取れないことがまだ多いので、コンカニ語の会話に英単語が混ざっていても気が付かなかったろうと思う。
先週、大学で翻訳に関するワークショップに参加した。対象者は翻訳業というキャリアを検討している大学生たちだった。講演者には、私や初老のポルトガル語翻訳者のほかに、もう一人、インド最大の翻訳会社の社長が名を連ねた。彼は様々な面白いエピソードを紹介したが、私に特に印象深かったコメントは We Indians don't have a mother tongue like French people or Japanese people do. だった。すなわち、多くのインド人は子供のときから複数の言語を日常的に使うが、いずれも不完全なところが残る。例えば、ゴア人はコンカニ語を友人とのおしゃべりや市場での買い物に使えるが、内容が硬くなると語彙が足りなくなる。また、英語なら読み書きがよくできるが、会話は片言しかできない。ゴアには、ヒンディー語を理解できるが日常的に使う必要がないという人も多いようだ。
この社長のコメントに他のインド人が同意するかどうかわからないが、私がこの短い滞在で探求しようとしている「インド英語」への鍵の一つになるのではないかと思う。