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リレー連載

 実践で学ぶ  コーパス活用術

8

井上 亜依

コーパスを活用した
古くて新しい学問領域:
フレイジオロジー

―実践編――

© (WT-shared) Matthew 6476

 

 

    はじめに    

 今回は、コーパスに基づくフレイジオロジーの研究方法を提示しながら、その研究成果の一部を紹介します。前回述べた通り、フレイジオロジーの研究対象は膨大です(例えば、文化とフレーズの関係、学習者のフレーズ使用の研究、広告で使用されるフレーズ研究など)。そのような研究分野の一つである口語英語のフレイジオロジーは、近年のコーパスの活用によって発達し、辞書の中で ‘spoken phrase’, ‘phrases’ などとしてその成果が示されています。しかしながら、その成果はまだまだ十分とは言えません。その理由は、口語英語をどこから入手するか、すなわち口語英語コーパスの質的・量的な不十分さにあります。

 以下では、口語英語のフレイジオロジーに焦点を当て、多様な機能を持つフレーズを紹介します。また、現代英語に観察される新しいフレーズも取り上げます。

 

 1  口語英語とは?  

 口語英語とは、即興で話した英語のことです。口語英語のデータとして、次にあげるものが候補として考えられます。

(i) The British National Corpus (BNC)

(ii) WordBanksOnline (WB)

(iii) 映画のセリフのトランスクリプト

(iv) Corpus of American Soap Operas (アメリカのテレビ局で放送されているメロドラマのセリフを集めたもの)

(i) の BNC と (ii) の WB には「話し言葉」が含まれていますが、それらはあらかじめ準備された原稿等を読むというもので、即興のものではありません。つまり、本当の意味での口語英語とは呼べません。(iii) の映画のトランスクリプトおよび (iv) のドラマのセリフも、台本を読んでいるわけですから、厳密な意味では真の口語英語とは言いにくいですが、限りなく即興に近い言葉遣いが用いられているので、データとして使用可能だと言えるでしょう。

 では、口語英語を調べる場合にもっとも適しているコーパスはどのようなものでしょうか。The Corpus of Contemporary American English(COCA)には、アメリカのインタビュー番組などの実際のトランスクリプトを集めた口語英語が含まれています。このように即興性のあるデータを用いるのがいちばんよいと思われます。もしくは、自分で口語英語のコーパスを作ることも可能です。一例をあげますと、アメリカの放送局 CNN は、放送している番組のトランスクリプトを web 上で公開しています。その番組のうち、即興で話している番組のトランスクリプトをダウンロードして、コーパスを作成することができます。私は、このようにして作成した「現代口語英語コーパス」を使用して、口語英語のフレイジオロジー研究に取り組んできました。誰もが作成もしくは利用できるコーパスを使用した研究成果は、同じデータを用いて第三者が検証可能であるという点において、その研究成果に客観性を持たせ、研究の発展に貢献することができます。この点も、コーパスを利用する研究において忘れてはならない重要なポイントです。

 

 2  口語英語の PUs  

 前述しましたが、コーパスの活用により、近年の辞書は ‘spoken phrases’ などという名称で、口語英語の PUs の記述の充実に力を入れています。しかし、その記述には実態を忠実に反映したとは言い難い箇所もあります。ここでは、口語英語に頻繁に観察される here we go, here we go again の実態を、コーパスを使用して探っていきます。

 英英辞典では、here we go は主に「さあ、やるぞ」のように「奮起」の意味を持ち、here goes も同義的に用いられることがある、と記述しています。

 一方 here we go again は、不愉快なこと、よくないことが起こる際に使用され、「嫌悪」の意味を表す、と記述されています。LAAD2 のように、here we go と here we go again が同義的に用いられると記述している辞書もあります。(1) に各辞典からの here we go, here goes, here we go again の用例をあげます。

(1)

a. Let's do that again. Ready? Here we go. [LAAD2]
(もう一度しましょう。準備はいい? それ!)

b. I've never ridden a motorbike before, so here goes! [LDCE5]
(これまでオートバイは乗ったことがないんだ。それいくぞ!)

c. Oh, here we go again. Why do I always get blamed when anything goes wrong? [MED2]
(ああ、またか。何かよくないことが起こるたびに、どうして私がいつも責められるの?)

 これらの記述からは、here we go と here we go again が違う意味を持つのか、それとも同じように使用されるのかはっきりしません。仮に、違う意味で用いられるとして、here we go と here we go again は、辞書の記述通りに明確な意味分けがなされているのでしょうか。このような疑問を解決するために、COCA 等の代表的な現代英語コーパスを使用して、here we go と here we go again を検索します。

here we go の例

here we go again の例

コーパスで検出された用例をもとに、here we go と here we go again の統語的特徴と音声的特徴を調べた結果、here we go は「注意喚起」、「奮起」、「嫌悪」、「同意」、「行為完了」、「提示」の機能、here we go again は「奮起」と「嫌悪」の機能を持つことがわかります。詳しくは表1をご覧ください。

表 1. here we go, here we go again の機能と統語的・音調的特徴[1]
  特徴的な共起語句 文中での位置 音調 パタン 日本語訳
注意喚起 look, listen 冒頭 上昇調 here we go いいですか
奮 起 OK, all right, are you ready? 冒頭 上昇下降調
下降調
here we go, here we go again さあ、やるぞ
嫌 悪 oh, no 冒頭 下降調 here we go, here we go again あーあ、またか
同 意   中頃 平板調 here we go そうそう
行為完了 OK 中頃 上昇調 here we go よし完璧
提 示   単独 下降調 here we go これです

 この結果から、次の結論が得られます。

here we go は、辞書に書かれている以外にも機能を持つこと。例えば、「注意喚起」、「同意」、「行為完了」、「提示」は、これまでの辞書やそのほかの先行研究ではほとんど明らかにされていなかった機能です。

here we go, here we go again は、各機能に応じた統語的特徴、音声的特徴を持つこと。

here we go は、here we go again と同じく「嫌悪」の機能を持つこと。

here we go again も、here we go と同じく「奮起」の機能を持つこと。

 このように、コーパスを活用すると PUs の多様な意味と機能が明確になり、それを辞書の中に反映することができます。そして英語を学習する私たちにとって、なかなか理解することが難しい PUs の実態を把握しやすくなるのです。

 

 3  現代英語に観察される PUs  

 ここでは、現代英語に観察される新しい PU を紹介します。現代英語を読んでいると、どの辞書や先行研究を調べても記述がないような、新しい PUs に出会うことがあります。しかしながら、コーパスを使用してそのような PUs を検索すると、結構な数の例が検出されることがあります。そのような PUs の一つに until to があります。(2) の例を見てください。

(2) This means that average household size in Great Britain fell from about 3.21 to about 2.56 persons over this period and this decline is expected to continue at least until to the end of the century. [BNC]
(このことは、この期間中にイギリスの平均世帯規模が約3.21人から約2.56人に縮小したことを意味し、また、この減少傾向は少なくとも今世紀の終わりまでずっと続くことが予想されている。)

正しくは、(2) は until the end of the century ですが、このような until to の用例は現代英語、とくに現代口語英語で多く観察されます。The Corpus of Historical American English(COHA)を使用して until to の出現年を調べると、1830年代より観察されはじめましたが、近年になっても観察されることがわかります。このようなことを考えると、until to はこれまでの先行研究では触れられていないものの、古くからある PU だと言えます。

 実際の例を調べていくと、until to は「ずっと 〜 まで」というように、to に後続する出来事・事柄・時まで動詞の状態・行為が続くという、継続の念押しとしての機能を持っていることがわかります。until to 以降に現れる語句には、(2) の end や last などのように、何らかの物事の終了を表す語が観察されます。さらに The Oxford English Corpus(OEC)を用いて until to の例を調べていくと、(3) に示す up until to や、(4) に示す from A until to B のような例も見られます[2]

(3) For the past five years and up until to last May, very few people took part in . . .  [OEC]
(過去5年間の間、そして去年の5月までずっと、……への参加者数は非常に限られており……)

(4) . . . chartered flights are being offered from Dec. 27 until to Feb. 28 for the convenience of passengers . . .  [OEC]
(……乗客の皆様の利便性のため、チャーター便は12月27日から2月28日までの期間中ずっとご利用いただけます……)

 until to と同様に、up until to は to の後に出来事・事柄・時の最後を表す語句を従え、動詞の行為・状態がその語句の時点まで続くという継続の意味をさらに念押しする機能を持っています。from A until to B も同様に、「A から B までずっと」という事柄の継続の意味を念押ししています。

 次に、until to と共起する動詞をコーパス(BNC, WB, LKL, COCA, OEC, Sketch Engine)で調べると、表2のような結果になりました。

表 2. BNC, WB, LKL, COCA, OEC, Sketch Engine で観察された until to, up until to と共起する動詞
動詞共起回数
be 9
have 6
continue 4
run 3
follow 3
remain 3
serve  2 *
extend 2
stay 2
wait 2
leave 2
keep 2
adjourn 1
catch 1
contain 1
control 1
動詞共起回数
crawl 1
decrease 1
find 1
fix 1
foster 1
get 1
go 1
listen 1
offer 1
read 1
see 1
take part in  1 **
take place 1
whip 1
adjust 1
arrive 1
動詞共起回数
draw 1
drift 1
move 1
laugh 1
pop 1
denounce 1
embargo 1
grill 1
line 1
repeat 1
postpone 1
sit 1
take 1
start 1
water 1
 * うち1例は up until to と共起
 ** up until to と共起

表2から、until toは、continue, run など継続を意味する動詞や、be, have, remain, serve, stay, follow, wait など一定期間の状態や行為を示す動詞と共起する頻度が高いことがわかります。その他の共起動詞には、瞬間的な動作を表す動詞(catch, get, fix など)や、動作動詞(listen, read など)が見られます。また、上記に述べた動詞がどのような時制・相で使用されるか調べた結果、現在時制、過去時制、未来時制、完了相、進行相のいずれでも用いられ、際立って使用される時制・相はありませんでした。

  このようにコーパスを利用することによって、ある特定の PU だけでなく、そこから派生したパタンも発見することができ、PUs のいろいろな側面を実証的に明らかにすることが可能となります。

 

  おわりに  

 2回にわたり、フレイジオロジーの研究でコーパスがどのように活用されるかを述べてきました。適切な検索方法で研究目的に合ったコーパスを活用すると、フレイジオロジーに限らず言語研究は色彩を帯び、私たちの眼前に新たな世界を提示してくれます。とりわけ、膨大なデータを駆使して PUs の多義性・多機能性を明らかにすることを目的としたフレイジオロジーには、コーパスは不可欠です。

 

〈コーパス〉

BNC: The British National Corpus(小学館コーパスネットワークを利用)

COCA: The Corpus of Contemporary American English

COHA: The Corpus of Historical American English

LKL: Larry King Live Corpus(アメリカ CNN 放送の番組 “Larry King Live” のトランスクリプトを集めたもの。総語数は3000万語以上)

OEC: The Oxford English Corpus(Oxford 大学出版局と Oxford English Dictionary が作成したコーパス。書き言葉20億語以上から成る)

The Sketch Engine(Adam Kilgarriff と Pavel Rychlý が作成。52か国語から成り、そのうち研究対象とする言語の独自コーパスを構築することができる。利用料は無料)

WB: WordbanksOnline(小学館コーパスネットワークを利用)


〈辞書〉

LAAD2: Longman Advanced American Dictionary. 2nd edition. 2007. London: Longman.

LDCE5: Longman Dictionary of Contemporary English. 5th edition. 2009. London: Pearson Education.

MED2: Macmillan English Dictionary. 2nd edition. 2007. Oxford: Macmillan Education.


〈その他の参考文献〉

Inoue, A. 2011. “A phraseological approach to finding the functions of newly observed compound prepositional phrases until to and up until to in contemporary English” ASIALEX (Asian Association for Lexicography) 2011 Kyoto proceedings. Lexicography: Theoretical and Practical Perspective, pp. 160-169.

井上亜依・神崎高明(編).2012.『21世紀英語研究の諸相――言語と文化からの視点』東京: 開拓社.

八木克正・井上亜依.2013.『英語定型表現研究――歴史・方法・実践』東京: 開拓社.

 

 

〈著者紹介〉

井上亜依(いのうえ あい)

防衛大学校総合教育学群外国語教育室准教授。博士(言語コミュニケーション文化)。専門はフレイジオロジー。主な著書として、Present-Day Spoken English: A Phraseological Approach (2007, 単著、開拓社), Phraseology, Corpus Linguistics and Lexicography: Papers from Phraseology 2009 in Japan (2011, 共編、関西学院大学出版会), Research on Phraseology in Europe and Asia: Focal Issues of Phraseological Studies, Volume 1 (2012, 分担執筆、University of Bialystok Publishing House), 『21世紀英語研究の諸相――言語と文化からの視点』(2012, 共編、開拓社)、『英語定型表現研究――歴史・方法・実践』(2013, 共著、開拓社)。その他論文、国際学会・国内学会での発表多数。

 

 


〈注〉

[1] 八木・井上(2013: 163)参照。

[2] (3), (4) は Inoue(2011)より抜粋。


 

 

関連書籍
『<コーパス活用> 英語基本語を使いこなす ――[形容詞・副詞編]』
『<コーパス活用> 英語基本語を使いこなす ――[動詞・助動詞編]』

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