前回は、認知言語学の基本的な考え方を紹介しながら、英語の第二文型(SVC)を例にして、人間による世界の捉え方がどのように言葉の構造や意味に反映されるかを考察しました。コーパスから取り出した情報は、認知言語学的な視点を取り入れることで、人間が文化や社会の中でどのように世界を捉えているかを映し出す鏡となります。今回は、英語の前置詞と句動詞(phrasal verbs)を対象として、コーパスのデータから、人間が空間的な位置や方向をどのようなものとして捉えているのかを見ていきたいと思います。
コーパスの分析に入る前に、英語の前置詞について簡単に触れたいと思います。英語の前置詞の多くは、空間的な意味が中心ですが、多義的でもあり、空間的な意味から派生した様々な抽象的な意味を持っています。例えば、in は、in the house のように空間的な領域の内側を表すだけでなく、一定の長さの期間(in this week)や状況(in trouble)を表したりします。前置詞が持つこのような多義性は、長年にわたり認知言語学の中心的な研究対象のひとつとなっています。それは、前置詞を見ることで、人間が空間の位置や方向をどのようなものとして認識しているかという点や、空間的な関係を基にしてどのように抽象的な概念を理解しているかという点が見えてくるからです。 また、前置詞は動詞と結びつき、(1) のような句動詞を形成します。厳密に見ると、句動詞は (1a) のタイプと (1b) のタイプに分かれます。
(1)
a. He looked at the word.
(2)
a. *He looked the word at.[1] 一見すると、(1a) と (1b) は、動詞と前置詞が組み合わさっているという点で同じ構造を持っているように思えます。しかし、(1a) の at と (1b) の up では、機能が異なります。(1a) の at は典型的な前置詞であり、the word は前置詞 at の目的語となります。一方、(1b) の up は前置詞の副詞的用法であり、the word は up の目的語ではありません。このような違いがあるため、at は、(2a) のように the word の右側に現れることはありませんが、up は、(2b) のように the word の右側に現れることもできます。本稿では、(1b), (2b) のような前置詞の副詞的用法も分析の対象とします。[2] それでは、これから句動詞を対象として、コーパスを使った2つの分析を紹介したいと思います。今回の分析では、特に、類似した意味を持つ句動詞に注目します。句動詞の中の前置詞の使い分けについて考えることで、話者が場面のどの部分に注目しているかを探ることができます。今回の分析でも、前回と同様に、The British National Corpus(BNC)を用います。[3]
1つ目の分析では、前置詞の at, in, on がどのような場所や空間関係を表す名詞と共起するかについて見ていきたいと思います。ただ、at, in, on に続く名詞を BNC で調べると膨大な数になるため、今回は、動詞を固定して、arrive {at/in/on} と名詞の組み合わせの調査を行います。[4] 辞書を見ると、各前置詞の基本的な意味は、at は空間上の一点を、in は空間の内側を、on は表面への接触を表すとされていますが、実際の言語使用における前置詞の使われ方はそれほど単純ではなく、学習者から見るとよくわからない用法も多く見られます。 実際に BNC を用いて、arrive と共起する前置詞の頻度を見てみましょう。検索した結果、arrive と前置詞の組み合わせの頻度は、arrive at が3,292例、arrive in が1,855例、arrive on が394例になりました。 次に、arrive at, arrive in, arrive on の後に2語以内に現れる名詞を頻度別に集計しました。arrive on は傾向が異なるので、最初に表1で、arrive at と arrive in の結果を記します。表1の arrive at と arrive in の横のカッコ内の数字は、BNC 内で用いられた arrive at と arrive in の頻度です。
表1. BNC における動詞 arrive {at/in} に続く名詞の頻度[5]
今回は、場所を表す名詞が持つ特徴を考察していきたいと思いますので、表1のうち、time や conclusion などの場所以外を表す名詞は除外します。arrive at と arrive in では、明らかな傾向の違いが見られます。arrive at の後には house, airport, station など建物を表す名詞が上位に現れます。ほかにも、destination や point など地点を指す名詞も現れています。一方、arrive in の後には国名や都市名を表す名詞が上位に現れます。[6] at は空間上の一点を表すとされますが、表1の結果では、house や airport など、空間的な広がりを持つ名詞が上位にきています。しかし、in に後続する名詞と対比することで、arrive at と arrive in は、それぞれが異なる広さの領域を表していることがわかります。at に後続する名詞は、たとえ一定の広がりがあっても、in の後にくる名詞よりも狭いものです。建物は物理的な広がりを持っていますが、地図のように遠くから見ると、点のように認識されます。一方、国や都市などは広い領域を持つため、点としては認識しにくいものです。arrive の目的地となる場所は、地点から広大な領域を持つものまで様々ですが、場所を表す前置詞は、at や in など限られています。そこで、人間は目的地に関して、点として捉えられるものとそうでないものを、at と in によって区別していると言えます。 さらに、arrive on も見てみると、我々の空間の捉え方が前置詞の表す空間関係に影響を与えている点がいっそう明らかになります。
表2. BNC における動詞 arrive on に続く名詞の頻度
調査対象外となる時間や曜日を表す名詞を除いて調査結果を見ていると、arrive on の目的地に関してひとつの傾向が見えてきます。一見すると、scene, earth, island, site, planet, stage などの名詞が表す場所には共通点がないように思えますが、それらは(上側の)表面が意識される場所です。例えば、site, stage はその表面で何かが起こる場所ですし、earth, planet, island なども到着するのはその表面です。このように、arrive on が共起するのは、場所の表面が意識されるような名詞です。[7] ちなみに、言語は変わりますが、日本語の表現を見ても、これらの場所では表面が意識されていることがわかります。例えば、島への「上陸」、惑星への「着陸」、舞台への「登場」のような表現も、表面や上面が目立つ部分として認識されていることを示唆します。 このように、arrive {at/in/on} を比較しながら、後に続く名詞に注目することで、目的地となる様々な場所を人間がどのようなものとして捉えているかが見えてきます。
2つ目の分析では、句動詞の burn {up/down} を見ていきます。burn {up/down} はともに、burn が表す「燃える」事態の程度を up と down が強めている点で類義的と考えられます。[8] しかし、コーパスを詳しく見ていくと、burn up と burn down では、話者が「燃える」事態のどこに注目しているかが違うことがわかります。 burn {up/down} のデータを収集するには、少し手間がかかります。というのは、burn {up/down} は、次のように様々な文型で用いられるためです。例えば、burn {up/down} の他動詞用法には、(3a) のように、目的語が副詞の後に出てくる型(本稿では、VPO[9] 型と呼びます)と、(3b) のように、目的語が動詞と副詞の間に現れる型(本稿では、VOP 型と呼びます)があります。また、自動詞用法には、(4a) のように、燃やす行為の主体が主語に現れる型(本稿では、主体主語型[10] と呼びます)と、(4b) のように、燃やされる対象が主語に現れる型(本稿では、対象主語型と呼びます)があります。ほかにも、(5) のように、受動態でも使われます。
(3)-(5) のような burn {up/down} の用例をコーパスから網羅的に集めるためには、コーパスの検索ソフトだけでは不十分です。例えば、up と down は副詞であるため、他動詞の場合、必ずしも動詞の直後に現れるわけではなく、例を網羅的に収集するのが難しくなります。さらには、コンピューターは意味を扱うことができないため、自動詞の主体主語型と対象主語型のような、意味に基づく分類は検索ソフトにはできません。 そこで、本稿では、Excel を用いて以下の手順でデータの集計を行いました。初めに、BNC から動詞 burn を検索して、該当した5,400例を Excel に抽出しました。次に、Excel で作業を行い、5,400例の中から、burn と同じ文内に up か down が現れる460例を抜き出しました。最後に、burn {up/down} の各用例を検討して、文型などの特徴を Excel 上で付与しました。Excel に抜き出したデータに句動詞の特徴を付与したものを表3に記します。
表3. Excel を用いた burn {up/down} のデータ処理
この460例に対して、最初に形式面に注目して、文型ごとの集計を行い、VPO 型、VOP 型、VP 型、受動態の4種類に分類しました。[11] 表4は分類の結果を表したものです。
表4. burn {up/down} が現れる文法形式
表4から、類義的とされる burn {up/down} であっても、現れる文法形式がかなり違うことがわかります。burn up では動詞と副詞が連続して現れる VPO 型の頻度が全体の半数を超えているのに対して、burn down では VPO 型が全体の2割程度であり、受動態の頻度が最も高くなっています。表4は形式面に注目した分類ですが、意味の面にも注目することで、より興味深い結果が得られます。そこで、自動詞の意味に注目し、さらに (4) で示した主体主語型と対象主語型に分類すると、burn up と burn down の自動詞用法は表5のようになりました。
表5. burn {up/down} の自動詞用法の分類
表5が示すように、burn up は燃やす行為の主体が主語位置に現れる主体主語型(The fire burnt up, He was burning up with fever, など)で使われる傾向がある一方で、burn down は燃やされる対象が主語位置に現れる対象主語型(The house burnt down, The mill burned down in 1791, など)で使われる傾向が見られました。 では、この結果を認知言語学的な視点から見ていきたいと思います。表4と表5の結果は、burn up と burn down では、「燃える」という事態のどこに注目しているかが異なることを示しています。最初に、burn down を見ますと、受動態や対象主語型で現れる頻度が高いです。この2つの形式は、燃やされる対象に注目した表現と言えます。それは、燃やされる対象が、文の中で最も目立つ要素を表す主語として現れているからです。 一方、burn up は burn down とは対照的に、受動態で用いられる頻度は低いです。また、自動詞として使われる場合、燃やす行為の主体が主語に現れる主体主語型で使われる傾向があります。さらに、半数以上が句動詞の VPO 型で用いられています。句動詞の VPO 型は、動詞と副詞が連続して出てきており、動詞と副詞の結びつきが強い表現と考えられています。燃やす行為の主体が主語に現れ、動詞と副詞の結びつきが強い VPO 型で現れる傾向があることから、burn up の場合、話者は燃やされる対象よりも、燃やすという行為自体に注目をしていると言えます。 表6は、以上の類義的な句動詞 burn {up/down} に関する考察をまとめたものです。
表6. burn {up/down} の特徴
最後に、日本語の例についても見ていきます。英語と同様に、日本語でも、燃やす行為に注目した表現と、燃やされる対象に注目した表現があります。例えば、複合動詞の「燃え上がる」と「焼け落ちる」という表現を比べてみますと、「(火が)燃え上がる」において、「上がる」は燃えるプロセスを表しているのに対して、「(家が)焼け落ちる」において、「落ちる」は燃やされる対象の結果的な状態を表しています。「燃える」事態の中で目立つ部分は決まっているので、言語は違っても、話者が注目しやすい部分は限定されやすいのです。
前回から2回にわたり、認知言語学の考え方を用いたコーパス分析を紹介してきました。コーパスから取り出したデータは、認知言語学的な視点を用いることで、言語を話す人間の心のありようや人間が属する文化や社会を映し出す鏡となります。人間は事態をありのままに客観的に見るわけではなく、自分なりの視点で見るので、言語表現には人間の認識の仕方が現れます。大量の言語データが収集されているコーパスは、人間による世界の見方を考察する上で、多くのヒントを与えてくれます。
〈参考文献〉 宗宮喜代子・石井康毅・鈴木梓・大谷直輝. 2007. 『道を歩けば前置詞がわかる』東京: くろしお出版. 大谷直輝. 2011. 「コーパス分析の研究例3: BNC を利用した分析」辻幸夫(監修)、中本敬子・李在鎬(編)『認知言語学研究の方法――内省・コーパス・実験』197-211. 東京: ひつじ書房. 大谷直輝. 近刊. 「類義的な動詞不変化詞構文における不変化詞の指向性」.
〈注〉 [1] * の印は、文が非文法的であることを表します。 [2] 句動詞には、広義の定義と狭義の定義があります。広義の定義には、動詞と前置詞の副詞形の組み合わせと、動詞と前置詞の組み合わせの両者が含まれますが、狭義の定義は、動詞と前置詞の副詞形の組み合わせだけを含みます。本稿では、広義の定義を採用し、2節で、動詞と前置詞の組み合わせを、3節で、動詞と前置詞の副詞形の組み合わせを見ていきます。 [3] 本稿では、http://bnc.jkn21.com から入手できる BNC を使用しています。 [4] 大規模なコーパスを使って頻出語を調べる場合、例文を検索するにしても、語の共起関係を調べるにしても、検索のヒット数が多すぎるため扱いにくいことが多々あります。大規模なコーパスを使う場合、検索する対象を語ではなく句にするなど工夫をすることで、適度な検索結果を得ることができます。 [5] BNC の検索では、london, britain のように検索結果はすべて小文字で現れましたが、見やすさを考え、本稿の表の固有名詞の語頭は大文字表記にしました。また、BNC では語ごとに品詞が付与されているため、Hong Kong などの複合語的な固有名は HongとKong のように別々に集計されています。同様に、New も New York などの複合語の一部と考えられるため、名詞に分類されています。 [6] 表1の結果には、London, Britain, England, Heathrow などイギリスの地名が多いですが、これはイギリス英語からなる BNC の調査を行っているからです。 [7] scene は arrive on だけでなく、arrive at の後にも現れます。scene の原義は「舞台」であるため、on the scene というコロケーションが定着していると考えられます。現代英語では原義が薄れ「場面」「現場」の意味が強くなっているため、到着する場合には arrive at も使われます。 [8] 辞書では、burn up の意味は「燃え上がる、燃え尽きる」、burn down の意味は「燃え落ちる、全焼する」などと記されています。 [9] V は verb(動詞)、O は object(目的語)、P は particle(前置詞の副詞形)の略です。 [10] 本稿では、(4a) のような例のほか、He was burning up with fever. のように、自分自身が燃えている再帰的な用法も主体主語型に含みます。他動詞 burn の再帰的な用法には、Your child could burn himself with hot liquids from the stove. のように、再帰代名詞を含むものもあります。これらの文では、主語が燃やす主体でありながら、主体自身が燃えています。 [11] BNC を使った定量的な意味分析の方法論に関しては、大谷(2011)で詳しく説明をしていますので、参照してください。
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