前回は、CHILDES(チャイルズ、Child Language Data Exchange System; MacWhinney, 2000)というプロジェクトを構成する自然発話データと CHAT というデータ表記形式、CLAN という分析プログラムについて説明し、発話データを対象に簡単な検索を行う方法を紹介しました。英語を母語として習得する子どもが、言語発達初期にどのように前置詞 of を使用しているかを観察すると、“a piece of” や “a cup of”, “a pair of”, “think of”, “full of” など複数の語から成る定型表現から of の使用をスタートさせているようすを確認することができました。 今回は、実践編として、子どもの接続詞や複文の使用について観察し、CHILDES を使った分析事例を紹介していきたいと思います。
子どもは、一定の語彙を習得すると、語と語や句と句、節と節とを結びつけて、より複雑な表現を産出できるようになっていきます。初期の接続詞の使用には、どのような特徴が見られるでしょうか。
まずは、前回紹介した検索・抽出方法を使って、子どもの接続詞の使用頻度を調べてみましょう。データは、Brown コーパスの Adam データを使用します(Brown, 1973)。
このデータには、形態素タグがつけられているため、形態素解析が可能です。形態素の情報は、下の(1)と(2)のように、%mor で始まるティアに表示されています。四角で囲った部分から “because” が “conj(unction)”(接続詞)、“and” が “coord(inator)”(等位接続詞)としてタグづけされていることが確認できます。
CLAN を立ち上げ、作業フォルダを指定し、コマンドウィンドウに次のように入力します。
このコマンドとオプションは、次のことを表しています。
Adam の全発話データ(adam01.cha〜adam55.cha)を対象にこの解析を行ったところ、使用されていた接続詞を出現頻度の高いものから順に並べると、結果は以下の通りになりました。[1]
左側に並んでいる数字が出現頻度の値です。上位3つの接続詞は、and, because, if です。and の使用頻度が飛び抜けて高いこと、続いて because と if が頻繁に使われていることがわかります。and は語と語や句と句、節と節など、さまざまな単位の表現を結びつけることができる接続詞ですが、because と if は、語と語や句と句を結びつけることはできず、従属節を導く接続詞です。このような用法の種類による違いが、この解析結果の出現頻度にも影響を与えていると考えられます。[2] 続いて、この3つの接続詞のなかから if について子どもの使用を見てみたいと思います。
接続詞 if は、「もし〜ならば」という条件を表す副詞節を導く用法と、「〜かどうか」という意味で名詞節を導く用法があります。子どもの初期の if の使用には、これらの用法についてどのような特徴が見られるでしょうか。 まず、Adam の発話について、if が含まれる発話を抽出します。コマンドボックスには、次の通り入力します。
この結果を整理し、Adam の if を含む最初の10発話を並べると次のようになります。
これらの発話を見ると、まず、Adam が発話の頭で if を使用しており、主節にあたる部分のない発話が多いことに気づくでしょう。さらに、特徴的なのは、“if you close one eye?” や “if you say so”, “oh, if you want”, “if he knocks it down . . . ”などに見られるように、主節を含まない if 節のみで構成される発話を、子どもは、養育者の発話とリンクする形で使っている点です((4) と (5) を参照)。
子どもの複文の習得を網羅的に分析した Diessel and Tomasello(2001)と Diessel(2004)は、このような使用は、Adam だけでなく他の子どもにも共通して見られる特徴であると指摘しています。また、原因・理由を表す because にも似た傾向が観察され、初期の because の発話のほとんどが、養育者から投げかけられる Why . . . ? や How come . . . ?, What . . . for? への応答であると述べています(Diessel, 2004: 160-162)。Diessel によれば、子どもはこのようにして養育者との特定のやり取りのなかで接続詞を使用し、4歳、5歳と成長するに従って、徐々にさまざまな用法で接続詞が使えるようになっていくのです。外国語として英語を学ぶ際には、教科書や辞書を使って接続詞を学習することになりますが、if 節などの従属節は必ず主節とセットで提示されているでしょう。この点を踏まえると、子どもが最初に産出する if の使用は、その形式やコミュニケーション上の機能の点でも教科書に出てくる例文とは異なっています。 続いて、名詞節を導く if に限定して子どもの使用を見てみましょう。最初の15発話を並べると次のようになります。
これらの発話からわかるのは、名詞節の if 節を目的語にとる動詞は、see が圧倒的に多いということです。このことは、Adam が see if というコロケーションから名詞節を導くif の学習をスタートさせていることを示唆しています。 本連載第9回では、鎌倉氏が「名詞節を導く if に注目してみると、日本人の英語には wonder if や think if というパターンが頻出するのに対し、ネイティブスピーカーは know if, see if, decide if など異なるパターンを多用している」と指摘していますが、母語話者が see if を多用するひとつの理由として、このような言語発達初期の言語使用のパターンも関わっているのではないかと思います。
複文とは、〈主語+述語動詞〉の形の節が二つ以上あり、そのうちのひとつが意味上主要な節で、他の節がそれに従属するようなものをいいます。[3] 例えば、“I think that he is honest” という文は、“I think” の部分が主節、“that he is honest” の部分が従属節を成していると説明されます。しかし、Diessel and Tomasello(2001)は、7人の子どもが産出する複文の発話を分析した結果、子どもの初期の発話には大人が持っているような主節・従属節の構造がないと主張しています(Diessel and Tomasello, 2001; Tomasello, 2003)。これは一体どういうことなのでしょうか。
Diessel らは、CHILDES の自然発話データを利用して、子どもの初期の複文の発話を分析し、その習得プロセスを考察しています。補文(complement clause)を目的語にとる発話を分析した結果、その際に子どもが最もよく使う動詞として、think, guess, bet, mean, know の5つを挙げています。 ここでは、その分析にならって、動詞 think を含む発話を抽出します。データは、Brown コーパスから Sarah データを使用します(Brown, 1973)。コマンドウィンドウには、以下のように入力することで think を含む発話を抽出することができます。
抽出された発話について、補文(complement clause)を目的語にとる think の最初の15発話を挙げると次のようになります。
Diessel らは、これらの発話に特徴的なのは、think が常に現在形で、一人称が主語になる形で使用されていること(主語が省略されることもあります)、主節とみなされる部分が短い定型表現になっていることだと述べています。そして、I think の部分が、maybe のような発話者の確信度合いを表す標識として機能していると主張しています。同じような傾向は、I guess や I bet にも見られるそうです。つまり、これら発話で重要な意味を担っている部分は、補文で表される部分であり、I think や I guess などは単なる挿入句として働いていると述べているのです。これらの事例を見ると、子どもの言語使用が必ずしも大人の文法知識を前提には説明できないことがわかります。
関係代名詞節についても、子どもの初期の使用は特徴的です。Diessel and Tomasello(2000)によると、子どもの発話の約半分が(8)に示すように、関係代名詞節が This is . . .., Here is . . .., It's . . .. などの構文のなかに現れて、二つの文というよりはひとつの事実を叙述する単文に似た特徴を持っていると指摘しています。また、これらの例の場合にも、発話のなかでより大きな情報を担っているのは主節ではなく関係代名詞節の部分になっています。
母語を習得する環境は、外国語を教科書を使って教室で学ぶ環境とは大きく異なるため、子どもの習得プロセスをそのまま直接に外国語学習に応用することはあまり現実的ではないかもしれません。しかし、母語話者が語彙や文法をどのような言語使用や言語経験のなかで身につけているのかを観察し、考察してみることによって、学習者が抱えている問題も同時に浮き彫りになる可能性があります。CHILDES のようなコーパスは、そのようなきっかけを与え、学習や教育に向けた新しい視点を提供する無限の可能性を持っています。
〈参照文献〉 Brown, R. (1973). A First Language: The Early Stages. Cambridge, MA: Harvard University Press. Clark, E. (1973). “How children describe time and order”. In C. A. Ferguson, & D. I. Slobin (Eds.), Studies of Child Language Development. New York: Holt, Rinehart and Winston, 585-606. Diessel, H. (2004). The Acquisition of Complex Sentences. Cambridge: Cambridge University Press. Diessel, H., & M. Tomasello (2000). “The development of relative clauses in spontaneous child speech”. Cognitive Linguistics 11(1-2): 131-151. Diessel, H., & M. Tomasello (2001). “The acquisition of finite complement clauses in English: A corpus-based analysis”. Cognitive Linguistics 12(2): 97-141. MacWhinney, B. (2000). The CHILDES Project: Tools for Analyzing Talk. Third Edition. Mahwah, NJ: Lawrence Erlbaum. Tomasello, M. (2003). Constructing a Language: A Usage-Based Theory of Language Acquisition. Cambridge, MA: Harvard University Press.
※ 本連載は今回をもって終了となります。長い間のご愛読に厚く御礼申し上げます。
〈注〉
[1]
子どもの接続詞の使用について本格的に調査をする場合には、このコマンドでは不十分なので注意が必要です。例えば、この解析結果では、前置詞とされるべき like が下の例のように接続詞としてタグづけされています。CHILDES の発話を検索・抽出をする際には、調べたい項目がきちんと含まれているか、あるいは不必要なものを含んでしまっていないか、確認する必要があります。 *CHI: he wants to eat it like a cow .
%mor: pro:sub|he v|want-3S inf|to v|eat pro|it conj|like art|a n|cow . (adam54.cha)
[2] Diessel(2004)は、and のこのような複数の用法に配慮し、節と節とを結びつける用法だけに限って出現頻度をカウントした場合にも、接続詞では and が最も使用頻度が高かったことを明らかにしています。その他の研究でも、子どもが最初に使用する接続詞は and であり、その次に because, so, but, when, その後、if, or, while, since, after などが現れると報告されています(Clark, 1973; Diessel, 2004)。 [3] 出典: 綿貫陽他『徹底例解ロイヤル英文法(改訂新版)』2000, 東京: 旺文社。
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