この連載では、「役割語」に関連する、さまざまな話題を、ライブ感覚、DJ 感覚で皆様に語りかけたいと考えています。私、金水を始め、数名のパーソナリティーが交替で進めていきます。ゲストとの対談なども計画中です。そのうち、「読者の皆様のメッセージ」コーナーも設けて、皆様との対話もできればいいですね。 さっそくですが、「役割語」って何でしょう? 不肖私、金水が2000年に発表した論文で使い始めた概念ですが、2003年に公刊した一般向け図書で広く知られるようになり、今日では日本語学者・言語学者だけでなく、日本語教育、翻訳学、ポピュラーカルチャー研究、心理学、脳科学等、さまざまな分野に関わる人々にも関心を持っていただいております。研究社からは2014年に、『〈役割語〉小辞典』を刊行しておりますので、こちらもぜひご参照ください。 では、まずクイズをひとつ。図1をご覧ください。
図1 役割語クイズ A. B. C. D. E.
A〜E まで、性別、年齢、階層等の異なる5人の人物がイラストで示されてますね。では、次の5つの台詞を、各人物の発言と見立てて、人物と台詞を結びつけてみてください。
① わたくしはこの町に住んでおりますのよ。わたくしはこの町が大好きですわ。
② わしはこの町に住んでおるんじゃよ。わしはこの町が大好きなんじゃ。
③ おれはこの町に住んでるんだぜ。おれはこの町が大好きなんだ。
④ ぼくはこの町に住んでいるのさ。ぼくはこの町が大好きだよ。
⑤ あたしはこの町に住んでいるの。あたしはこの町が大好きよ。
どうです、できましたか? 少々迷う要素がないわけではないのですが、1対1対応という縛りをかけると、日本で育った日本語母語話者ならば、さほど難しい課題ではないと思います。答えは以下のようになります。イラストの上の から音声(MP3)を聞いていただければ確認できます。
A−② / B−⑤ / C−③ / D−④ / E−①
この5つの発話は、内容的には1つのことしか表していないことにお気づきでしょうか。いわゆる共通語の丁寧語で言えば、「私はこの町に住んでいます。私はこの町が大好きです。」ということになります。つまり、日本語では、内容的には同一の内容を、話し手の人物像によって何通りにでも言い分けることができる、ということが示されていると言えます。 では改めて、役割語の定義を見てみましょう。
ある特定の言葉遣い(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿・風貌、性格等)を思い浮かべることができるとき、あるいはある特定の人物像を提示されると、その人物がいかにも使用しそうな言葉遣いを思い浮かべることができるとき、その言葉遣いを「役割語」と呼ぶ。
(金水 2003:205頁)
つまり、人物像、別の言い方をすれば、特定のキャラクターと結びついた、特定の“話し方”のことを「役割語」と呼ぶ、ということですね。上に挙げたのは、もっとも基本的な役割語の定義です。私自身は、この定義をさらに狭く限定するのがよいと考えていて、「人物像」というところを「性別、年齢・世代、地域・国籍・人種、階層・職業、時代等の社会的・文化的グループに貼り付けられた言葉遣い」(金水 2017:241)に限定し、かつ、その言語を話す共同体(社会)の広範な話者にその知識が共有されていることを条件としたいと思っています。そうして、この定義から外れるけれども、フィクションの中で特定のキャラクターを特徴付けるような話し方は、「役割語」とは区別して「キャラクター言語」と呼びたいと思っています。このことは、また回を改めてお話ししたいと思います。 さて、私は、役割語にそれを話すキャラクターの類型の名前を貼り付けて分類することをしています。先のクイズで言えば、A−②の話し方は〈老人語〉、B−⑤の話し方は広義〈女ことば〉、C−③の話し方は広義〈男ことば〉(さらに細分すれば“マッチョタイプ”)、D−④の話し方は広義〈男ことば〉のうちの〈少年語〉、E−①の話し方は広義〈女ことば〉のうちの〈お嬢様ことば〉ということになるかと思います。『〈役割語〉小辞典』で用いたラベルを列挙すると、大体次のようになります。
役割語の種類はこれがすべてというわけではなく、これ以外にもいろいろ考えられますし、またまったく違った観点からの分類もあり得ると思います。この点についても回を改めて考えたいと思います。
図1の役割語クイズは、日本で育った日本語母語話者なら問題なく解けると言いました。しかし、海外の日本語学習者だとどうでしょうか。かなり日本語運用能力の高い方でも、かならずしもこのクイズのできはよろしくありません。私は北京で大学院生を対象にやってみたところ、だいたい正答率40%というところでした。広州で学部生を対象に実施してみた方によれば、正答率70%程度とのことでした。日本のアニメやマンガなど、ポピュラーカルチャーに積極的に触れている学生ほどできがよいという報告もあります。この点は、役割語の知識について考える上で、重要なヒントになります。 私たち日本語母語話者が日本語をしゃべれるようになるのは、当然、両親その他の養育者が日本語で私たちを育ててきたからに他なりません。その場合、私たちが身につける母語はまずもって、養育者たちが話している日本語変種、普通に言えば方言ということになりますね。つまり山形で育った人は山形弁、広島で育った人は広島弁を母語とする、ということです。 しかし役割語はどうでしょうか。例えば「わしはこの町に住んでおるんじゃよ」と話すような老人が、私たちの身の回りにいたでしょうか。多くの場合、そういうことはないですね。にもかかわらず、多くの日本人が「わしはこの町に住んでおるんじゃよ」という話し方を聞いて老人キャラクターを思い浮かべるのは、現実の日本語社会ではなく、童話、絵本、アニメ、マンガその他のフィクションから身につけた、ということになります。このことは、役割語の発達や継承(そして衰微)のことを考える際にも重要です。このことを、次のような図式をもとに考えてみましょう。
役割語は多くの場合、現実の話者の話し方を言語資源(リソース)としています。〈老人語〉を例に取れば、ある時点のどこかの日本で、現実に〈老人語〉のような話し方をする老人がいたということです。話者がそのような話し方を「老人はこのように話すのだ」と認識し(番号1)、それがある程度、社会で共有され(番号2)、一種の「ステレオタイプ」になったとします(番号3)。ここでフィクションの作り手は、「話者が老人であるということを、この話し方を使って表せば、受け手に効率よく受け取ってもらえるぞ」と考え、そのような台詞を自分の作品のキャラクターに使わせます(番号4)。作品の受け手は、その台詞の話し方と、その台詞の話者の属性を結びつけて理解します。現実にそのような話者がいるばあいはステレオタイプが強化されますし、もし現実に話者がいなくても、役割語の知識としてフィクションの受容者は受け取ります(番号5、番号6)。いったんこのサイクルが成立すると、役割語は現実とは関わりなく世代を超えて社会に受け継がれていくことになります。金水(2003)では、〈老人語〉の起源は19世紀初頭の江戸の町にまで遡るという仮説を述べましたので、興味がおありの方はぜひお読みください。 では、第1回「〈役割語〉トークライブ!」はこの辺で終わりといたします。ご感想、ご質問等ありましたらぜひ nihongo@kenkyusha.co.jp までお寄せください!
〈参考文献〉 金水敏(2000)「役割語探求の提案」佐藤喜代治(編)『国語史の新視点』国語論究、第8集. pp. 311-351, 明治書院. 金水敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店. 金水敏(2008)「役割語と日本語史」金水敏・乾善彦・澁谷勝己(編)『日本語史のインタフェース』pp. 205-236. 金水敏(編)(2014)『〈役割語〉小辞典』研究社. 金水敏(2017)「第11章 言語――日本語から見たマンガ・アニメ」山田奨治(編著)(2017)『マンガ・アニメで論文・レポートを書く――「好き」を学問にする方法』pp. 239-262, ミネルヴァ書房.
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