1. まずは気軽なあいさつ海外に旅行して必ず使う表現、知っているだけで現地の人との距離がより近くなる言葉があります。その筆頭があいさつでしょう。 まずは、くだけた感じのあいさつからご紹介します。出会いの場面でのあいさつとしては、
という表現がごく日常的に使われるようになりました。ちょっと前であれば、店員さんが„Hallo!“とあいさつすることは失礼だとされて、ほとんど使われなかったのですが、今では当たり前になって、よほどの高級店などでなければ、だれも眉をしかめることもなくなりました。 同様にお別れのあいさつも、最近では、
というくだけた表現が、広く使われています。ü「ウー・ウムラウト」は、口をすぼめた「ウ」の口で「イ」の音を出すつもりでどうぞ。 旅行者としてであれば、まずこの „Hallo!“ と „Tschüs!“ を知っておくだけでも、現地の人と笑顔を交わしたりできて、旅行の楽しさが広がります。というのも、例えばお店に入るときにも、出るときにも、あいさつをするのが一般的だからです。 そして、そのときにはできるだけ、相手の眼を見るようにして、笑顔であいさつしてください。これは乾杯などでも同じ作法です。言葉で、そして眼で、自分が Freund [フロイント]「友」であること、敵ではないことを示すのです。Freund の語源には「愛」や「喜び」があり、「その人の思い[つまり愛や好意]を相手に対してふるまいを通して明らかにする人物」(1800年頃のアーデルング(Adelung)のドイツ語辞典より)のことなのです。 なお、ドイツ語では名詞を大文字で書き始めます。名詞を見分けやすくていいですね。 2. 「こんにちは」の表現と意味では、ドイツの人たちの「友」として、きちんとしたあいさつをチェックしましょう。たしかに „Hallo!“ や „Tschüs!“ が一般化したとはいえ、やはりていねいなあいさつができることは大切ですね。ドイツ語で「こんにちは!」にあたる表現が、
です。最後の g は[ク]と発音します。「(あなたに)よい日を(望みます)」という意味です。この表現、私たちは単純に「こんにちは」だと思っています。では、次の例はどう考えればいいでしょうか。
▲狼と赤ずきんのあいさつは2:06~
グリム・メルヒェンの「赤ずきん」の1シーンです。狼が赤ずきんに「こんにちは」とあいさつしたのに対して、赤ずきんは「ありがとう」とお礼を言っています。 日本語では、「こんにちは」というあいさつは、「今日のご機嫌はいかがでしょうか」、「今日はいい日ですね」といった相手との話の糸口を求めるための表現です。これに対して、ドイツ語では、あいさつの基本は、出会った相手に対して良いことがあるように願うという点にあるのです(これは英語やフランス語でも同様です)。 例えば食事の際には、日本では「いただきます」という自分の感謝の念を伝える謙譲表現を使います。これに対してドイツ語では(そしてフランス語などでも)、
と言います。これもやはり、話し相手が美味しく食事ができるように願う表現です。なので、もしこう言ってくれたのがウェーターさんなど、一緒に食事をしない人であれば、
と言うわけですし、相手が一緒に食事をするのであれば、同じように Guten Appetit! と返してあげればいいのです。 ですので、先ほどの赤ずきんと狼の会話を直訳すると、「よい一日を、赤ずきんちゃん!」「素晴らしい感謝の思いを(受け取ってください)、狼さん!」となります。 この相手の幸いを願ってあいさつするというのは、ドイツ語のみならず、ヨーロッパの言語や文化を考えるうえで非常に大切な観点を提供してくれると思います。 さて、相手の幸いを願うのであれば、„Guten Tag!“ は別れの場面でも使えるわけです。ただし実際には、„Guten Tag!“ が出会いの表現としてパターン化したことで、別れの際には „Schönen Tag!“「素晴らしい一日を!」のように別の表現が使われることがほとんどです。 なお、「美しい」を意味する „schön“ には、見慣れない母音がありますね。„ö“ は「オー・ウムラウト」と言います。唇を丸めた「オー」の口のかたちを保って、「エー」と発音します。そして „sch“ は[シュ]と発音するのが決まりなので、„schön“ は[シェーン]と発音します。発音の基本については、次の章から見ていきましょう。 3. 他の時間帯では朝の10時くらいまでであれば、「おはよう」にあたる表現は、
と言います。Morgenは英語の morning と似ていますね。先ほど出てきた、「友」を意味するドイツ語 Freund と英語 friend もよく似ています。実は、英語とドイツ語は同じ「ゲルマン語」の系列に属する兄弟言語なのです。とはいえ、英語はフランス語などからの強い影響を受けて、ずいぶんと変化しています。これからのお話の中でも、英語との違いなどは折に触れて紹介していきます。 次に、夕方は午後4時くらいから「こんばんは」にあたる
とあいさつします。最後のdは[ト]と発音してください。 ドイツは日本よりも緯度が高いので、夏は午後9時頃まで明るいのです。夕べに家族や友人とビールやワインを片手におしゃべりを楽しむのは、かけがえのない時間です。しかし冬になると夜がとても長く感じられます。そのぶん、秋から冬にかけては、オペラやコンサートのシーズンが本格化したりと、長い夜を過ごすためのさまざまな催しが用意されています。コンサートなどの開演は午後8時が普通です。そのため、仕事の後に家に戻ってシャワーを浴び、着替えて出かける余裕は十分にあります。ましてやドイツ人は残業はほとんどしませんから、夕べからの時間はとてもゆったりと楽しめるのです。コンサートに行かなくても、街に出てウィンドー・ショッピングを楽しんだり、あるいは公園を散策したりできます。ドイツでは時間がゆったり流れる感覚を味わえるのです。 4. 「さようなら」最後に、「さようなら」のていねいな表現です。
直訳すると、「再会を期して、楽しみにして」という意味になります。ちょっと覚えるのが大変ですね。まずは „Tschüs!“ を覚えておいて、余裕ができたら、こちらも言えるようにしましょう。
▶ 気軽なあいさつ
▶ ていねいなあいさつ
▶ あいさつをすることは、ただの形式ではなく、相手との関係を確認する大切な機会です。
矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール 1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。
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