みなさん、はじめまして。今回は私、依田(よだ)がパーソナリティを務めます。前回までのトークライブ! で、役割語の定義や、役割語と切っても切れないキャラクターの概念などの解説がありましたので、今日は〈役割語〉というと具体的にはどのようなものがあるのか、その実例をお話ししていきたいと思います。 取り上げるのは、話し手について英語圏やヨーロッパなどのいわゆる「西洋」出身者であると伝える〈西洋人語〉です。〈西洋人語〉として実際にどのようなものが使われていて、〈西洋人語〉が持つ「西洋人らしさ」はどこから生じるものなのか、また、日本語の中で〈西洋人語〉が成り立つまでにどのような過程があったのかについて、2回に分けてお話ししていきます。 〈西洋人語〉はたとえば、次のような外見を特徴に持つ、ヨーロッパの上流階級の人々と結びつきます。
ちなみにこれは、第3回の「〈役割語〉トークライブ!」で取り上げられている、定延氏による「キャラクタ」の分類に照らし合わせると、《異人》タイプの発話キャラクタに当てはまりますね。 それではトークを進めていきますが、最初にお断りしておかなければならないことがあります。それは、今回取り上げる〈西洋人語〉とは、役割語(現実世界で話されているかどうかにかかわらず、日本語話者の中の共有知識として使われている話し方)のひとつだということです。決して、西洋人とはこのように話すものだとして誹謗中傷するものでも、また、実際に西洋の出身であって〈西洋人語〉とは違う話し方をする方について、否定しようとするものでもありませんので、ご了承ください。
では、〈西洋人語〉のお話に入りましょう。みなさんは〈西洋人語〉、つまり、話し手のことを西洋人として伝える話し方というと、どのようなものを思い浮かべますか。ひとつひとつの語や言い回し、言葉尻が上がるか下がるかといった言い方の特徴など、役割語にはさまざまな要素が含まれます。〈西洋人語〉としてどのような話し方が共有されているかを考えるときのヒントとなるのが、次の『JAJA 姫武遊伝 悪魔が来たりてホラを吹く』の例です。
ここでは和風のお姫様「蛇々姫」が、西洋から来ると伝え聞いている大使について、愛読している恋愛物シリーズ小説をもとに想像を膨らませています。
ここで注目したいのが、蛇々姫の「おお、ピエール……」というセリフです。このセリフからは、蛇々姫が日ごろの読書で学んだ結果、西洋人である恋人に愛を告げられたら「おお、ピエール」と言って応じるものだと捉えている様子がうかがえます。蛇々姫にとって西洋人とは、恋人から甘く囁かれたら「おお+相手の名前」と言って応えるものなのでしょう。 この、相手の名前に感動詞の「おお」を伴う、「おお+相手の名前」という言い回しですが、普段みなさんが話したり耳にしたりするとしたら、それはどのようなときに使われるでしょうか。おそらく、次の「おお、蓮」のようなものではないかと思います(ちなみに「蓮」は2018年上半期の赤ちゃんのお名前トレンドランキングで男の子の第1位になった名前です https://www.akachan.jp/maternity/ranking/)。この場合の「おお+相手の名前」は、相手を見つけたり、相手の言動に驚いたりしたときの、「気づき」を反映しています。(〔 〕の中の状況説明は、私が補足したものです。)
けれども、蛇々姫の「おお、ピエール」は、私たちの使う「気づき」とは違っているようです。なぜかというと、愛を囁かれた喜びや燃え上がる思いなど、湧き出る気持ちを相手に投げかけていると考えられるからです。
まず、いくつかの例を見てみましょう。西洋人を話し手として、蛇々姫のものと同じ使われ方をする「おお+相手の名前」は、他の作品にも出てきます。 ひとつめはマンガ『ベルサイユのばら』からの例です。スウェーデン国の男性貴族フェルゼンが、恋愛関係にあるフランス王妃を抱きしめて「お…お! アントワネット さま!」と言っています。この「お…お! アントワネット さま!」には、話し手フェルゼンの、国政を立て直そうとして必死になっている王妃を不憫に思う気持ちが表れています。
ふたつめは宝塚歌劇『ME AND MY GIRL』の例です。ここでは、公爵夫人(マリア)とジョン卿のセリフに「おお+相手の名前」が出てきます。公爵夫人の「おお、ジョン」には、心配させられたことを軽くなじったり、回復に安堵したりする気持ちが、また、ジョン卿の「おお、マリア……」には公爵夫人への湧き上がる思いが、それぞれ表れています。
さらに、「おお+相手の名前」の代表格といえば、みなさんもよくご存じの「おお、ロミオ!」というセリフがありますね。
シェイクスピア作の悲劇『ロミオとジュリエット』の中で、ジュリエットが一人バルコニーに出て、ロミオに胸の内を投げかけます。このとき、ジュリエットの気持ちを受ける相手はロミオですが、ロミオは目の前にはいません。ちなみに、翻訳のもとになった原典と比べると、原典の「O+Romeo」という部分がそのまま「おお、ロミオ」として訳されていることがわかります。
このように(西洋人との会話を想定して話している蛇々姫の例も含めて)、西洋人のセリフでは、相手が話し手の目の前にいる場面だけでなく、相手がその場にいないときでも「おお+相手の名前」が使われています。 これらをまとめると、西洋人のセリフとして使われる「おお+相手の名前」は、「相手」がその場にいるかいないかにかかわらず、話し手の感情を表出させる言い回しだと言えそうです。つまり、相手に実際に触れたりしたときに相手の存在に反応して口にする、「気づき」の「おお+相手の名前」とは性質が異なります。この性質の違いが、西洋人らしさ、言い換えれば、日本人にはない特殊性を話し手と結びつけるのだと考えられます。 気持ちを投げかける「おお+相手の名前」に特殊性があることは、西洋人のセリフであっても、感動詞の部分に「ああ」を使っている例があることとも関係がありそうです。たとえば次のセリフを見てください。これはマンガ『ベルサイユのばら』からの例です。話し手アントワネットの、闘病生活に身を置く息子と離れ離れになっていることを嘆く気持ちが「感動詞+相手の名前」の部分に表れていますが、感動詞は「ああ」です。このとき、話し手が思いを投げかけている「ルイ・ジョゼフ」は別の場所にいます。相手が話し手の目の前にいないのは、先ほど見た『ロミオとジュリエット』のセリフと同じですね。
感情の表出としての「おお+相手の名前」に特殊性があることは、日本人のセリフに当てはめると何やら珍妙に思えることからもわかります。仮に次のような例を作ってみました。みなさんはどのようにお感じになりますか。A と B に違いがあるかどうかも比べてみてください(ちなみに「咲良」と「結菜」は2018年上半期の赤ちゃんのお名前トレンドランキングで女の子のダブル首位になった名前です https://www.akachan.jp/maternity/ranking/)。
このあたりについては『ロミオとジュリエット』の翻訳の変遷からもうかがえるのですが、それは次回お話しすることにしたいと思います。
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ご感想、ご質問等ありましたらぜひ nihongo@kenkyusha.co.jp までお寄せください!
〈使用テキスト〉
Shakespeare, William (1595) Romeo and Juliet (Greenblatt, Stephen (ed.) (1997) The Norton Shakespeare, Based on the Oxford edition, W. W. Norton, New York. に依る).
池田理代子(1994)『ベルサイユのばら 2・3』集英社文庫、集英社(1972〜1973年、『週刊マーガレット』に連載).
ウィリアム・シェイクスピア著、小田島雄志訳(1973)『ロミオとジュリエット』シェイクスピア全集 I、白水社.
L. アーサー・ローズ作詞・脚本、ダグラス・ファーバー作詞・脚本、小原弘稔脚色、三木章雄脚色・演出(2016)「ME AND MY GIRL」小川友次監修、松岡幸子・神谷真理子(編)『Le CINQ』Vol. 174、宝塚クリエイティブアーツ、pp. 45-63. (花組宝塚大劇場公演[2016年4月29日〜6月6日]の上演台本)
中村うさぎ(1995)『JAJA 姫武遊伝 悪魔が来たりてホラを吹く』電撃文庫、KADOKAWA.
〈使用映像資料〉
宝塚クリエイティブアーツ(2016)『宝塚歌劇花組公演 UCC ミュージカル ME AND MY GIRL』宝塚クリエイティブアーツ.(2016年5月20日宝塚大劇場にて収録)
〈参考文献〉
依田恵美(2007)「〈西洋人語〉「おお、ロミオ!」の文型―その確立と普及―」金水敏(編)『役割語研究の地平』くろしお出版、pp. 159-178.
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