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第7回 ボクっ子ってほんとにいるん?――甲矢舞の憂鬱

 

 西田です。ひと月ぶりの登場です。


画:タカハシヒトシ

 今回は、「ボクっ子」について考えます。前の「ツンデレ」に続いて、「またそっち方面かい」とつっこまれそうです (-_-;) あー、早速来たみたいですね。


画:タカハシヒトシ

 

 甲矢舞、なんかしんどそう 

西田(以下西): 甲矢さん、あれ? 今日はテンション低いなあ。
甲矢舞(以下甲): なんかなあ、センセ、いつもそんなことばっかり考えて、飽きひん?
西: いやまあ、これも仕事やさかい。そやそや、周りの女子に自分を「ボク」言う子いる?
: えー?! そんなんおらんわ。あれっ?
西: どないしたん?
: うちはなんで、いつも自分のこと「うち」言うてんのやろ?
西: (エッヘン)そんなときはこれや。金水先生の編集しやはった『〈役割語〉小辞典』見たら解決や!
: えーと。

関西弁で一人称表す代名詞として、女性に多く用いられる (p. 25)

: へー、そうなんや。
西: そやろ、そやから甲矢さんが使(つこ)うてても問題ないし、気にすることないんやで。

 

 うちってどんな人が使(つか)うんやろか? 

 甲矢さんは無意識で自分のことを「うち」と言っていたみたいですね。でも、考えたら、いつも使う一人称って、誰もそこまで考えて使っていませんね。確かに、畏まった席では「わたくし」というのはありますが、普通は「わたし」が多いはずです。皆さんは、いかがでしょうか。「拙者」とかとなると、忍者キャラみたいな特殊な人ですねえ (-_-;)

 では、フィクションの世界ではどうなのか、前回に引き続き、ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』から例を引いてみましょう。この作品は、舞台が関西なので、「うち」を使うキャラクターも登場します。

「加悦奥(かやおく)先生……って事は、綾乃ちゃんは供御飯(くぐい)さんの?」
「はいです。うちは妹弟子です。九頭竜先生のことは万智姉様からよくうかがっていますです。今日はこれを持って行けと言われたのです」と、綾乃ちゃんは京菓子の紙袋をわたしてくれる。
「あと、こちらはうちの親からなのです」
(白鳥士郎 著/しらび イラスト『りゅうおうのおしごと! 1』
(GA 文庫) SB クリエイティブ、2015年 p. 197)

 この場面は、九頭竜八一(くずりゅう やいち)竜王に、京都在住でいかにもお嬢様らしい、しっかり者の小学生で将棋の女流プロ棋士を目指す貞任綾乃(さだとう あやの)が自己紹介をしたところです。彼女は、自分のことを「うち」と言います。なお、文末に「です」が多用されるのは、いわゆる「キャラ語尾」(キャラクターの性格付けに応じて使用される語尾)とも言われるもので、「です」をキャラ語尾に使うキャラは生真面目で少し不器用な印象があります。キャラ語尾については、定延さんの研究があり、勉強になりますよ。

 この例では、もう一つ注意してほしいところがあります。5行目の「うちの親」です。こちらの「うち」は一人称ではなく、自分の家を指します。関西人は無意識で使い分けていますが、「うち」には2種類あって、女性の使う一人称と、自分の家のことを指すものがあり、後者は男性も普通に使用します。

 そして、これにはアクセントの違いもあります。『関西弁事典』では、一人称の自称詞としての「うち」には低高と高低の両方のアクセント型があるが、自分の家を指す「うち」はほぼ高低だけとの指摘があります(p. 398 「ウチ」の項目)。これは言われてみるとその通りですね。私も自分の家を指す高低の「うち」はよく使っている気がします。

 

 甲矢舞、いらだつ 

: センセー、話長いわ。ちゃっちゃと切りあげてえや。
西: そやけど、ここ大事なとこやねん。読んでる人にわかってもらわんと。
: まあええけどな。読んでくれはる人大事やから。
西: で、納得してくれた? 関西は女の子でも「うち」普通に使うやろ。
甲: うーん、京都の子やからなあ。うち、あんまりお上品やないし、あっ、また使(つこ)た。
西: そんな気になるんやったら、他のんどう? 「ボク」は?
: そんなん嫌や、男子ちゃうんやで!。
西: 女子にもいるねん。(・∀・)ニヤニヤ

 

 ボクっ子って、どんな子やろ? 

 さて、ヴァーチャルなマンガやアニメ等の世界では、一人称に「ぼく」を使う少女のキャラクターが当たり前のように登場します。今回はその代表として、時雨沢恵一作・黒星紅白イラストのライトノベル『キノの旅』(メディアワークス・電撃文庫 2000年〜)を取り上げます。この作品は、まさに主人公が書名となるもので、「ボクっ子」であるキノが大活躍します。2017年には、声優の悠木碧さんがキノの声を当てて、二度目のアニメ化もしています。

 

キノの旅 -the Beautiful World- the Animated Series PV 第1弾)

 

「眠い。ボクは寝る」
「はあ? いつもならまだ起きてる時間だよ」
 エルメスがそう言った時には、キノはホルスターからパースエイダー(拳銃の一種 −西田注)を抜いて、それとジャケットを手に持ち、ふらふらとベッドに向かっていた。
「確かにそうなんだけれど……、ボクはね、エルメス、きれいなベッドがあると無性に横になりたくなるんだ。同時に眠くなる……」 (『キノの旅』第1巻 p. 24)

 キノは小柄でショートカット、一瞬少年とも見える風貌を持ち、運動神経も抜群で銃の名手です。喋るオートバイのエルメスと二人?で旅を続けていますが、その能力で幾度となくピンチを乗りきってきました。

 

 このキノについては、西田(2012)でも取り上げて説明していますので、興味のある方はご覧になってください。もともと普通の少女で、一人称も「わたし」であったのが、ある事件をきっかけに名前をキノと変えます。髪を切って一人称も「ボク」にして、旅を続けています。主人公の一人称の変化が作品の内容にもつながる、人称代名詞を考える上でもおもしろい作品です。

 もちろん、『〈役割語〉小辞典』では、女性の使用する「ボク」は取り上げられていて、金水さんご自身が項目を担当しています。

未成年の女性が「ぼく」を用いることは現実でもときどき見られる現象だが、マンガ・アニメなどでは、手塚治虫『リボンの騎士』のサファイア姫の例が早い(初出 1953)。近頃では、「ぼくっ子」と称して「萌え」要素の一つに数えられることがある。 (pp. 168-69)

 「現実でもときどき見られる」がすごいですね。私も、とある女性の言語研究者から10代のころは「ボク」を使っていたと伺って、驚いた記憶があります。でもこれなら、甲矢さんにも使ってもらえそうな。

 

 甲矢舞の困惑 

: これちゃう、なんかかっこよすぎるわ。わたし、こんなクールちゃうわ。あー、「わたし」言うの、落ち着かん、ほんま似合わん。"(-""-)"
西: 混乱してますなあ。(・∀・)ニヤニヤ
: せやから、もっとええの探してえや。センセー、一応プロやろ。
西: 一応て、なんやねん。ほか、あるかいなあ。えーと。
: もうええわ。こんなんやっとても時間の無駄や。勝手にやっとり。(とため息ついて去っていく)

 

 甲矢さん機嫌悪くなって、帰ってしまいましたね。なにか、彼女を納得させる一人称があると良いのですが … 。でも、甲矢さんの「かっこよい」は、いいところを突いていまして、「ボク」を使う女性は、少しクールでマイペースのような印象もあります。我が道を行く、ですかね。

 では、ここでもう少し「ボクっ子」について、歴史的な例も含めて見ていきましょう。甲矢さんもいないので、話長くなっても怒られませんしね。(^^♪

 

 「ボクっ子」、強いやて?! 

 先に『リボンの騎士』があがっていましたが、手塚作品の「ボクっ子」としては、『三つ目がとおる』の和登千代子(わとちよこ・通称:和登さん)があげられます。

 

「三つ目がとおる」アニメ
(手塚治虫公式 WEB サイトより)(tezukaproductions)

 

彼女もショートカットで、活発で積極的、なおかつ、冷静で判断力もあるというタイプです。主人公の写楽保介(しゃらくほうすけ)は超能力を持つ三つ目族の生き残りです。ただ、彼は三つ目を絆創膏で封じられているときは、引っ込み思案の気の弱い少年になっています。彼女は、そんな写楽を助けるパートナーです。

写楽: そうじしないとだれもあそんでくれないんだもの
和登: ボクが相手してやるよ
 ね 写楽クン
 キミは欠陥学生といわれてるんだよ その汚名を ぬぐいとらなきゃ 
 −中略−
和登: そうでしょ ボクも 絶対反対 そんなこと(三つ目を取ってしまうこと −西田注)させやしないから!
 そのかわりだね 写楽クン しっかりしてちょうだい
(『手塚治虫漫画全集 106 三つ目がとおる⑥』講談社、1979年 pp. 21-22
[初出『少年マガジン』1977年5月1日号])

 彼女は、非常に行動的であるだけでなく、腕っぷしが強く運動神経もあり、写楽をいじめる中学生たちを簡単に撃退してしまいます。そのことばづかいも、一人称が「ボク」であるだけでなく、全体的に少女というよりも、少年のものといえます。文末の表現も、少女的な「わ」や「ね」ではなく、少年的な「よ」や「だよ」「だね」が使用されているのです。この段階で、すでに、現在の「ボクっ子」のスタイルができているといえるでしょう。

 ただ、『〈役割語〉小辞典』には、以下のようにもあります。

 その後、「おれ」が強い男性性を帯びる一方で、「ぼく」は相対的に弱い男性性を示す代名詞ともなり、さらには弱々しい、マザコン的なニュアンスも帯びるようになった。親の庇護下にある、弱々しい男性を揶揄する「ぼくちゃん」という言葉も生まれた。『ドラえもん』に登場するのび太が「ぼく」を使うのは、そのような弱い「ぼく」の好例である。  (pp. 167-68)

 しかし、このような優柔不断で弱いタイプとしての「ボク」は、少女の「ボク」には引き継がれず、「ボクっ子」には、少年らしい活発さという要素が中心になっています。なぜなら、か弱くて守ってあげたいような少女は、すでに既存の少女のキャラの中に多数見出されるからです。たとえば、いつもうっかりしていて危なっかしいような少女、あるいは病弱な少女なら、それだけで守るべき対象となります。

 少女のキャラには、もともと、可愛らしさやか弱さを感じさせるタイプは存在していたことになります。それゆえ、一人称に「ボク」を使う、他の少女とは異なった色合いのあるキャラをわざわざ登場させる以上、活発なタイプの「ボク」を使用するキャラの方が作品内でも「ボクっ子」として活躍させやすくなると、私は考えています。

 

 「ボクっ子」は、今も元気に活躍中やて! 

 では、最近の例ではどうでしょうか。PC やスマートホンでできるブラウザーゲームというものがあります。ブラウザーゲームとは、インターネットエクスプローラーのようなウェブサイトを閲覧するソフトを使用して楽しむゲームのことです。その一つに、DMM.com 提供の『艦隊これくしょん』(通称『艦これ』)というものがあります。

 

「艦隊これくしょん -艦これ-」番宣 CM (KADOKAWAanime)

 

艦隊という名の通り、艦隊を構成する軍艦を女性に擬人化しています。この「艦娘(かんむす)」と呼ばれる彼女たちが、敵である深海棲艦と戦うというゲームです。現時点で200名以上のキャラクターが登場しています。そして、その中には、当然のことながら、「ボクっ子」が存在します。ここでは、ゲームの最初期から登場している艦娘の、最上(もがみ)と時雨(しぐれ)を見てみましょう。なお、『艦これ』のリンク先のゲーム開始画面にいる5人の艦娘の一人が最上です。前列の左側にいる海老茶色の服を着た、ショートカットの女性です。

最上: 重巡洋艦、最上型のネームシップ、最上だよ。三連主砲がいい感じでしょ? そうそう、ボク、ちょっと他の艦とよくブツかっちゃう癖があるんだけど、なんでだろう?
 
時雨: 僕は白露型駆逐艦2番艦の時雨だよ。あのレイテ沖海戦では、西村艦隊に所属して、運命のスリガオ海峡に突入したんだ。扶桑も山城も凄かったよ……。皆が忘れても、僕だけはずっと覚えているから……。
(ゲーム内の図鑑説明から)

 最上も時雨も、ショートカットで、一人称は「ボク」です。漢字表記の「僕」を使う時雨の方がやや落ち着いた印象を受けます。口調も、ともに少女らしいというよりも、少年らしいさっぱりした感じの物言いです。文末表現も女性用の「わ」「ね」「かしら」ではなく、少年らしい「だよ」「よ」「だろう」を使用しています。

 ここまで見てきますと、確かに、元気で強いキャラとは言っても、甲矢さんのようなキャラとはちょっと違いますね。やはり、少年に通じるような雰囲気もあり、少し冷静なところもありそうで、キャラとしての方向性が違っています。

 かといって、女性の使う一人称でも、「あたし」「あたい」は違うし、「わたくし」はお嬢様だし、関西でも「わて」はおばちゃんで、「わらわ」とか「こなた」となると、平安貴族のお姫様キャラですね。意外と、いいのがありませんねえ。あれ? また、元気になってやって来ましたよ。

 

 甲矢舞、気分はればれで登場! 

: もう、うちは「うち」や。「うち」が一番や。
西: なんや、もう気い変わったん?
: チエちゃん使(つこ)てんねん これやったら納得や。彼女の元気印はうちも大好きや。
西: そやなあ、『じゃりン子チエ』のチエちゃんは、「うち」を使う大阪代表やなあ。
: 『〈役割語〉小辞典』にあんねん!

 関西を舞台にしたマンガ『じゃりン子チエ』で主人公のチエは一人称に基本的に「ウチ」を使い、「ウチは日本一、○○な少女や」という口癖もある … (後略)。  (pp. 25-26「うち」の項目)

: なー。もう「うち」で大丈夫や!
西: もう、本は途中でほったらかさんと、最後までしっかり読みいや。( ゚Д゚)
: ほんならなあ。(とまた走り去る)

 

 大阪を舞台にした人気のマンガ作品といえば、はるき悦巳作の『じゃりン子チエ』(双葉社アクション・コミックス・全67巻 1979〜1997年)ですね。

 

ちょい見せ 「じゃりン子チエ」(TMS Entertainment)

 

かの高畑勲監督で1981年にアニメ映画化され、その後、1981年から1983年までテレビアニメとしても放映され、これも非常に人気の高い作品でした。チエちゃんが使っていたら、元気が売りの甲矢さんにもぴったりです。

 それにしても、少女の使用する「ボク」のおもしろいところは、少年用の役割語ともいえる「ボク」が少女用に転用されているところです。そして、さらには、一般の人にはあまり知られていない「ボク」の用法として存在していることも重要です。とすると、少女キャラの使用する「ボク」は、少年用の役割語であるという前提を持った上で、少女用に展開して、少年らしい元気さを持つ少女を表すような一人称になったことになります。

 つまり、役割語由来ではあるものの、そこから派生した、新しい一人称ともいえます。ただ、現状ではまだまだ一般の人には広まりそうにありませんね。さあ、これからどうなるか、少女キャラの「ボク」は、果たして役割語ともいえる存在になるのか、それとも知る人ぞ知るレベルに留まるのか、楽しみなところです。

 さて、次の3回目が、私の担当の最終回です。無口系とも不思議系とも言われるキャラを考えているのですが、これまた、甲矢さんとは接点がないような。さて、どうなりますやら。

 

 ご感想、ご質問等ありましたらぜひ nihongo@kenkyusha.co.jp までお寄せください!

 

 

〈参考文献〉

敏(編)(2014) 『〈役割語〉小辞典』研究社
定延利之(2011) 『日本語社会 のぞきキャラくり――顔つき・カラダつき・ことばつき』三省堂
真田信治(監修)(2018) 『関西弁事典』ひつじ書房
西田隆政(2012) 「「ボク少女」の言語表現―常用性のある「属性表現」と役割語との接点―」『甲南女子大学研究紀要 文学・文化編』48 甲南女子大学(pp. 13-22)

 

 

〈著者紹介〉

西田 隆政(にしだ たかまさ)

 1958年生まれ。大阪市立大学大学院文学研究科後期博士後期課程単位取得退学。現在は甲南女子大学教授。専門は日本語の文法・文体・テクスト・役割語。主な業績として、「役割語史の可能性を探る(2) 軍記物語における「受身」と「使役」の使用をめぐって」(『甲南国文』63, 甲南女子大学日本語日本文学会、2016)、「役割語史研究の可能性」(『国語と国文学』93-5, 明治書院、2016)、「女性キャラクターの言語表現」(『女子学研究』1, 甲南女子大学女子学研究会、2011)、「「属性表現」をめぐって―ツンデレ表現と役割語との相違点を中心に―」(『甲南女子大学研究紀要 文学・文化編』46, 甲南女子大学、2010)など。

 

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