石橋博士:ケーススタディとして、多くのファンがいるジブリアニメから『もののけ姫』 [1] を取り上げたい。 ワリ子:私も見ました! 楽しみです。「ものの〜け〜たち〜だけ〜♪」 石橋:まず作品の設定について説明しておこう。なかなか簡潔に要約するのは難しいが、室町時代中頃の日本が舞台じゃ。おそらく東北であろうと思われる、エミシ(古代から生き延びてきた、異民族の人々)の里に「タタリ神」が現れ、それを退治した部族の長の血筋をひくアシタカが、右腕に呪いを受けてしまう。部族の掟により里を離れたアシタカが、タタリ神が生じた原因を探るうち、西国の森の中にあるタタラ場(製鉄を業とする人々の集落)とそこを取り仕切るエボシ御前、また山犬に育てられてエボシ御前を付け狙う少女、サン(=もののけ姫)と出会う。森を支配するもののけたち(野生動物が巨大化して神のような存在となったもの)と人々との争いの中で、アシタカとサンは森の命を司る「シシ神」の死に立ち会い、シシ神亡きあとの世界に生きる道を見いだしていく、という物語じゃ。 ワリ子:ふーん、コンパクトに要約されちゃうとなんかイメージ変わっちゃいますね。そんなお話だったのかあ。前回教えてもらった、「ヒーローズ・ジャーニー」に当てはまりますか? 石橋:原作・脚本・監督の宮崎駿自身が、「長編のストーリーはいつも四段構成で考えている」[2] と言っているので、ヒーローズ・ジャーニーを4段に分割した「起承転結モデル」(金水 2017)[3] には当てはまりやすいじゃろう。これを短くまとめて構成を示しておく。また、前回「〈役割語〉トークライブ!」第10回で引用した、ヒーローズ・ジャーニーの見出しも再掲する。
ヒーローズ・ジャーニー・モデル
1. Ordinary World 《日常の世界》
2. Call to Adventure 《冒険への誘い》
3. Refusal of the Call 《冒険への拒絶》
4. Meeting with the Mentor 《賢者》
5. Crossing the First Threshold 《第一関門》
6. Tests, Allies, Enemies 《試練、仲間、敵対者》
7. Approach to the Inmost Cave 《最も危険な場所への接近》
8. Ordeal 《最大の試練》
9. Reward 《報酬》
10. The Road Back 《帰路》
11. Resurrection 《復活》
12. Return with the Elixir 《宝を持っての帰還》
起承転結モデル
〈起〉
〈承〉
〈転〉
〈結〉
ワリ子:こうやって見ると、かなり忠実にヒーローズ・ジャーニーの図式に乗っかってますね! でもちょっと気になるところもいくつかあるかな。ヒーローズ・ジャーニーでは、《冒険への誘い》のあとに《冒険への拒絶》という項目があるけど、アシタカはあんまり拒絶のそぶりは見せず、ヒイ様のお告げに従って集落をあとにしますね。 石橋:そうじゃな。日本で作られた作品をいくつか見てると、主人公はわりと従順に運命に従って冒険へと旅立ってしまうケースが多いようじゃ。「桃太郎」なんか、その典型じゃな。金水教授が、文楽「国性爺合戦」を分析したケース[4] でもそういう特徴が現れておるということじゃった。 ワリ子:あと、シシ神の首は確かにお宝だけど、主人公のアシタカはむしろエボシ御前やジコ坊に「シシ神を殺さないでほしい」と説得する側にいて、アシタカにとってシシ神の首はお宝でも報酬でもないはずでは? 石橋:そうなんじゃ。上の『もののけ姫』のストーリー分析は、一応、アシタカ目線で作られている。アシタカにとっては、タタリ神が生じ、自らが呪いを受けた由来を「曇り無き眼」で見通し、呪いからの救済の道を探るということが言わば旅のミッションであるはずじゃった。 しかし一方で、この物語は実はアシタカだけではなく、エボシ御前とタタラ場の人々、ジコ坊およびジコ坊が引き連れている集団とその背後にある朝廷、アサノ公方ら武家集団、サン、モロの君と森のもののけたちという、複数の意思や思惑が対立し合い、重なり合いながら進んでいくという複雑な構造になっておる。アシタカはむしろ、これら対立する勢力の間に立って融和を図ろうとする動きをする。そこが、この作品の分かりにくいところでもあるのじゃ。 シシ神の首は、森を弱らせようとするエボシ御前や、朝廷に献上して利を得ようとするジコ坊らにとってのお宝ではあるが、アシタカにはなんら価値を持たず、むしろそれをシシ神に返そうとしておるのじゃが、古典的なヒーローズ・ジャーニーの図式に当てはめると、ここはまさしく主人公が宝剣をつかんで魔の洞窟を逃げだそうとする体の、「脱出」シーンにぴったり当てはまるので、そのように分析した。
石橋:前回話したボグラー氏の提示したアーキタイプ(類型)は覚えて おるかな。 ワリ子:え〜と・・・。 石橋:〈ヒーロー〉〈メンター〉〈トリックスター〉〈同調者〉〈変貌者〉〈門番〉〈敵〉〈影〉などじゃ。 ワリ子:じゃあ、アーキタイプから見ると、当然アシタカが〈ヒーロー〉ですよね。あと、ヒイ様は〈メンター〉、百姓やジコ坊を襲った野武士あたりが〈門番〉かな。タタラ場の女、トキやその夫で牛飼いの甲六は〈同調者〉、あるいは甲六はちょっと〈トリックスター〉的な面も持ってますね。トリックスターという意味では、エボシ御前に付き従うゴンザも、えばってる割には頼りにならない、ちょっと間抜けなキャラクターということで〈トリックスター〉かもしれないかな。 でも、もののけ姫のサンとか、エボシ御前とか、山犬のモロの君、乙事主、猩々たち、そしてジコ坊など、うまくアーキタイプに当てはめられないキャラクターも多いですね。 石橋:先にも言ったように、この物語は、複数の目的や意思が交錯する構造になっておって、古典的で単純な図式には乗りにくい。中軸となるのは、古代のままの自然を象徴するシシ神やサンやもののけたちと、森を切り開いてタタラ場を作り、女性や病者など弱者も幸せに暮らせる世を作ろうとするエボシ御前の対立構造じゃ。このような自然と文明の対立は、ジブリアニメの中でも、『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』と、脈々と受けつがれておる。ここに、不老長寿をもたらすと言われるシシ神の首を狙うジコ坊らと、武力によって覇権を広げようとする侍たちも絡まってくる。もののけたちにしたところで、モロの君一家とサン、乙事主と猪たち、猩々たちの間でも思惑の違いが交差している。誰が悪者で誰が味方か、それぞれの視点によって見え方が全然違ってくるわけじゃ。 ワリ子:そうですねー。 石橋:そもそも、この物語における〈影〉、すなわち悪の根源とは一体何か? それは、エミシの里を襲い、アシタカに呪いをもたらした、タタリ神ということになる。タタリ神とは、恨みを呑んで死んでいったもののけの怒り、恨み、憎悪が変じたものという描かれ方をしておる。アシタカはそのことに気づき、タタリ神をこれ以上生じさせないように、森=自然とタタラ場=文明を融和させる方法はないのかと、もののけたちとエボシ御前の双方に訴えているわけじゃ。 ワリ子:なるほどー。あと、そもそもサン、つまりもののけ姫は、物語の中でどんな役割を果たしているんでしょう? 特に、アシタカとの関係は? 2人は結局ラブに落ちてるのかな? そのあたり、あたしとしては興味津々なんですけど。 石橋:うむ。そこのところがこの物語の最大の謎であり、また『もののけ姫』の面白さの中核でもある。今日も時間が来たので、続きはまた次回。そもそも、肝心の、キャラクターの話し方の分析がまったく手つかずじゃ。 ワリ子:はい、次回もよろしくお願いしまーす。
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〈注〉 [1] 『もののけ姫』(原作・脚本・監督:宮崎駿、制作:徳間書店・日本テレビ放送網・電通・スタジオジブリ、音楽:久石譲、主題歌「もののけ姫」作詞:宮崎駿、作曲・編曲:久石譲、歌:米良美一、配給:東宝[1997]).
[2]
叶精二(2006)『宮崎駿全書』フィルムアート社、12頁. [3] 金水敏(2017)「言語――日本語から見たマンガ・アニメ」(山田奨治 編著『マンガ・アニメで論文・レポートを書く――「好き」を学問にする方法』pp. 239-262、ミネルヴァ書房). [4] 金水敏「「国性爺合戦」は「スター・ウォーズ」か?」(『文楽かんげき日誌』2016年 初春文楽公演 https://www.ntj.jac.go.jp/bunraku/diary/27/diary113.html)
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