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第11回 キャラクターと役割語で読み解くフィクション(2)

 

 『もののけ姫』の構造 

石橋博士:ケーススタディとして、多くのファンがいるジブリアニメから『もののけ姫』 [1] を取り上げたい。

ワリ子:私も見ました! 楽しみです。「ものの〜け〜たち〜だけ〜♪」

:まず作品の設定について説明しておこう。なかなか簡潔に要約するのは難しいが、室町時代中頃の日本が舞台じゃ。おそらく東北であろうと思われる、エミシ(古代から生き延びてきた、異民族の人々)の里に「タタリ神」が現れ、それを退治した部族の長の血筋をひくアシタカが、右腕に呪いを受けてしまう。部族の掟により里を離れたアシタカが、タタリ神が生じた原因を探るうち、西国の森の中にあるタタラ場(製鉄を業とする人々の集落)とそこを取り仕切るエボシ御前、また山犬に育てられてエボシ御前を付け狙う少女、サン(=もののけ姫)と出会う。森を支配するもののけたち(野生動物が巨大化して神のような存在となったもの)と人々との争いの中で、アシタカとサンは森の命を司る「シシ神」の死に立ち会い、シシ神亡きあとの世界に生きる道を見いだしていく、という物語じゃ。

ワリ子:ふーん、コンパクトに要約されちゃうとなんかイメージ変わっちゃいますね。そんなお話だったのかあ。前回教えてもらった、「ヒーローズ・ジャーニー」に当てはまりますか?

:原作・脚本・監督の宮崎駿自身が、「長編のストーリーはいつも四段構成で考えている」[2] と言っているので、ヒーローズ・ジャーニーを4段に分割した「起承転結モデル」(金水 2017)[3] には当てはまりやすいじゃろう。これを短くまとめて構成を示しておく。また、前回「〈役割語〉トークライブ!」第10回で引用した、ヒーローズ・ジャーニーの見出しも再掲する。

 

ヒーローズ・ジャーニー・モデル
 1. Ordinary World 《日常の世界》
 2. Call to Adventure 《冒険への誘い》
 3. Refusal of the Call 《冒険への拒絶》
 4. Meeting with the Mentor 《賢者》
 5. Crossing the First Threshold 《第一関門》
 6. Tests, Allies, Enemies 《試練、仲間、敵対者》
 7. Approach to the Inmost Cave 《最も危険な場所への接近》
 8. Ordeal 《最大の試練》
 9. Reward 《報酬》
10. The Road Back 《帰路》
11. Resurrection 《復活》
12. Return with the Elixir 《宝を持っての帰還》

 

起承転結モデル
〈起〉
  • エミシの集落にタタリ神が襲来(《日常の世界》《冒険への誘い》)、アシタカが討ち果たすも右腕に呪いを受け、呪術師のヒイ様の占いと判断により(《賢者》)アシタカはアカシシ(大カモシカ)のヤックルに乗って集落を離れ、タタリ神の由来を探るため西へと旅立つ。

 

〈承〉
  • 旅の途中、地侍の起こした騒ぎに巻き込まれるが切り抜け(《第一関門》)、謎の僧体の男、ジコ坊を救う。ジコ坊は、タタリ神を産み出した鉄の玉を見て、西国のシシ神の森に向かうよう助言する(以下、《試練、仲間、敵対者》)。
  • タタラ場を差配するエボシ御前とその一行が物資の運搬中、山犬に襲われ、牛飼いらが谷に落ちる。通りかかったアシタカは甲六ら牛飼いを助け、タタラ場まで送り届ける。
  • エボシ御前はアシタカにタタラ場の成り立ちを説明し、タタラを踏む女たちや、物資の輸送に当たる牛飼いの男たち、また石火矢という火器の製造に携わる病者たちの存在を知る。
  • タタラ場をサンが急襲するも失敗し、失神する。アシタカは割って入ろうとして誤って石火矢に射貫かれながらも、サンを担いでタタラ場を出て行く。
  • サンを山犬のモロの君とその息子のもとに届けたアシタカは、そのまま倒れてしまう。サンはアシタカを殺そうとする山犬の兄弟や、猩々(しょうじょう、サルに似た動物)らを退け、アシタカを救うためにシシ神の森に連れて行き、アシタカを池に浸す。
  • シシ神を狙うジコ坊は「ジバシリ」と呼ばれる猟師とともに、森の奥でシシ神が「デイダラボッチ」に変身する場面に出会う。また、また森に集まるおびただしい数の猪と、猪らを率いる鎮西の乙事主(おっことぬし)を目撃する。

 

〈転〉
  • 意識を取り戻したアシタカに、サンは食事を与える。アシタカは乙事主に、タタリ神となったナゴの守の最期を語る。乙事主はモロの君の制止を退けて、人間との決戦に臨む決意を告げる。アシタカはモロの君に、サンを解き放てと訴えるが、モロの君は一蹴する。
  • ジコ坊は、シシ神の首を欲している朝廷の意向を伝え、シシ神の森に遠征することを要請する。エボシ御前は女たちに、タタラ場を守るよう言い置いて、ジコ坊率いるジバシリ、石火矢衆、唐傘連らと森へと入っていく。エボシ御前の留守に、アサノ公方の使いがタタラ場にやってくるが、女たちは退ける。
  • アシタカは、タタラ場がアサノ公方の手に急襲されたことを知り、タタラ場に駆けつける。エボシ御前のもとに事態を知らせようとタタラ場を後にするが、追っ手の矢に射られてヤックルは怪我を負う。
  • 石火矢衆は地雷火を使って、タタラ場の男たちもろとも猪らを殲滅しようとしていた。森は、ジバシリの焚く煙に覆われている。サンは、乙事主の目の代わりになろうと、猪らのもとに赴く。アシタカは急ぎ、タタラ場の危機をエボシ御前に告げ、サンを救おうと森の奥に向かう(《最も危険な場所への接近》)。
  • サンは深手を負った乙事主を、シシ神の森の池に連れて行こうとするが、猪に化けたジバシリたちを見て乙事主は錯乱し、やがてタタリ神となってしまう。サンも、タタリ神に飲み込まれてしまう。
  • アシタカは、タタラ場の急をエボシ御前に伝えて戻るよう説得するが、エボシ御前は拒否する。さらにアシタカは森の奥に進み、瀕死のモロの君、タタリ神に変じた乙事主、そしてタタリ神に飲み込まれたサンを目の当たりにする。アシタカはタタリ神に飛び込むが、池に押し出されてしまう(《最大の試練》)。
  • 池にシシ神が現れ、乙事主とモロの君に死を与える。デイダラボッチに変じようとするシシ神にエボシ御前は石火矢を放ち、デイダラボッチの首が飛ぶ。首を失ったシシ神は、どろどろの物体となって広がり、首を求めて人々を襲う。死んだかと思われたモロの君の首だけが動いて、エボシ御前の腕を食いちぎる。首桶にシシ神の首を入れて、ジコ坊たちは森から逃げ出そうとする(《報酬》《帰路》)。

 

〈結〉
  • タタラ場では、膠着状態の中で女たちが最後の戦闘の準備をしている。そこに、首を求めて肥大化したデイダラボッチが襲いかかる。タタラ場に到着したアシタカは、皆に逃げるよう告げる。タタラ場は炎に包まれ、燃え落ちる。
  • アシタカはジコ坊に追いつくが、デイダラボッチに逃げ場を奪われて立ち往生する。アシタカは、ジコ坊に首をシシ神に返すよう説得する。切羽詰まってジコ坊は首を渡すが、陽の光を浴びてデイダラボッチは消え失せる。
  • 再び緑に覆われる森。気づくと、呪いを受けたアシタカの腕からは、痣が消えていた(《復活》)。アシタカは、サンに、タタラ場と森に別れてともに生きようと告げる(《宝を持っての帰還》)。エボシ御前はタタラ場の男女に、一からやり直そうと話す。バカには勝てんとつぶやくジコ坊。

 

ワリ子:こうやって見ると、かなり忠実にヒーローズ・ジャーニーの図式に乗っかってますね! でもちょっと気になるところもいくつかあるかな。ヒーローズ・ジャーニーでは、《冒険への誘い》のあとに《冒険への拒絶》という項目があるけど、アシタカはあんまり拒絶のそぶりは見せず、ヒイ様のお告げに従って集落をあとにしますね。

:そうじゃな。日本で作られた作品をいくつか見てると、主人公はわりと従順に運命に従って冒険へと旅立ってしまうケースが多いようじゃ。「桃太郎」なんか、その典型じゃな。金水教授が、文楽「国性爺合戦」を分析したケース[4] でもそういう特徴が現れておるということじゃった。

ワリ子:あと、シシ神の首は確かにお宝だけど、主人公のアシタカはむしろエボシ御前やジコ坊に「シシ神を殺さないでほしい」と説得する側にいて、アシタカにとってシシ神の首はお宝でも報酬でもないはずでは?

:そうなんじゃ。上の『もののけ姫』のストーリー分析は、一応、アシタカ目線で作られている。アシタカにとっては、タタリ神が生じ、自らが呪いを受けた由来を「曇り無き眼」で見通し、呪いからの救済の道を探るということが言わば旅のミッションであるはずじゃった。

 しかし一方で、この物語は実はアシタカだけではなく、エボシ御前とタタラ場の人々、ジコ坊およびジコ坊が引き連れている集団とその背後にある朝廷、アサノ公方ら武家集団、サン、モロの君と森のもののけたちという、複数の意思や思惑が対立し合い、重なり合いながら進んでいくという複雑な構造になっておる。アシタカはむしろ、これら対立する勢力の間に立って融和を図ろうとする動きをする。そこが、この作品の分かりにくいところでもあるのじゃ。

 シシ神の首は、森を弱らせようとするエボシ御前や、朝廷に献上して利を得ようとするジコ坊らにとってのお宝ではあるが、アシタカにはなんら価値を持たず、むしろそれをシシ神に返そうとしておるのじゃが、古典的なヒーローズ・ジャーニーの図式に当てはめると、ここはまさしく主人公が宝剣をつかんで魔の洞窟を逃げだそうとする体の、「脱出」シーンにぴったり当てはまるので、そのように分析した。

 

 『もののけ姫』のアーキタイプ 

:前回話したボグラー氏の提示したアーキタイプ(類型)は覚えて おるかな。

ワリ子:え〜と・・・。

:〈ヒーロー〉〈メンター〉〈トリックスター〉〈同調者〉〈変貌者〉〈門番〉〈敵〉〈影〉などじゃ。

ワリ子:じゃあ、アーキタイプから見ると、当然アシタカが〈ヒーロー〉ですよね。あと、ヒイ様は〈メンター〉、百姓やジコ坊を襲った野武士あたりが〈門番〉かな。タタラ場の女、トキやその夫で牛飼いの甲六は〈同調者〉、あるいは甲六はちょっと〈トリックスター〉的な面も持ってますね。トリックスターという意味では、エボシ御前に付き従うゴンザも、えばってる割には頼りにならない、ちょっと間抜けなキャラクターということで〈トリックスター〉かもしれないかな。

 でも、もののけ姫のサンとか、エボシ御前とか、山犬のモロの君、乙事主、猩々たち、そしてジコ坊など、うまくアーキタイプに当てはめられないキャラクターも多いですね。

:先にも言ったように、この物語は、複数の目的や意思が交錯する構造になっておって、古典的で単純な図式には乗りにくい。中軸となるのは、古代のままの自然を象徴するシシ神やサンやもののけたちと、森を切り開いてタタラ場を作り、女性や病者など弱者も幸せに暮らせる世を作ろうとするエボシ御前の対立構造じゃ。このような自然と文明の対立は、ジブリアニメの中でも、『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』と、脈々と受けつがれておる。ここに、不老長寿をもたらすと言われるシシ神の首を狙うジコ坊らと、武力によって覇権を広げようとする侍たちも絡まってくる。もののけたちにしたところで、モロの君一家とサン、乙事主と猪たち、猩々たちの間でも思惑の違いが交差している。誰が悪者で誰が味方か、それぞれの視点によって見え方が全然違ってくるわけじゃ。

ワリ子:そうですねー。

:そもそも、この物語における〈影〉、すなわち悪の根源とは一体何か? それは、エミシの里を襲い、アシタカに呪いをもたらした、タタリ神ということになる。タタリ神とは、恨みを呑んで死んでいったもののけの怒り、恨み、憎悪が変じたものという描かれ方をしておる。アシタカはそのことに気づき、タタリ神をこれ以上生じさせないように、森=自然とタタラ場=文明を融和させる方法はないのかと、もののけたちとエボシ御前の双方に訴えているわけじゃ。

ワリ子:なるほどー。あと、そもそもサン、つまりもののけ姫は、物語の中でどんな役割を果たしているんでしょう? 特に、アシタカとの関係は? 2人は結局ラブに落ちてるのかな? そのあたり、あたしとしては興味津々なんですけど。

:うむ。そこのところがこの物語の最大の謎であり、また『もののけ姫』の面白さの中核でもある。今日も時間が来たので、続きはまた次回。そもそも、肝心の、キャラクターの話し方の分析がまったく手つかずじゃ。

ワリ子:はい、次回もよろしくお願いしまーす。


画:武内一巴

(by 石橋博士)

次は役割語じゃ!

 

 ご感想、ご質問等ありましたらぜひ nihongo@kenkyusha.co.jp までお寄せください!

 

 


〈注〉

[1] 『もののけ姫』(原作・脚本・監督:宮崎駿、制作:徳間書店・日本テレビ放送網・電通・スタジオジブリ、音楽:久石譲、主題歌「もののけ姫」作詞:宮崎駿、作曲・編曲:久石譲、歌:米良美一、配給:東宝[1997]).

[2] 叶精二(2006)『宮崎駿全書』フィルムアート社、12頁.
「……宮崎は、全体を進行に沿って A・B・C・D と四分割して絵コンテを描き、各二五分を一ヶ月で製作・消化するという目算を立てた。(中略)この ABCD 形式のコンテは、その後宮崎の長編演出の基軸となる。それは、そのまま起承転結という古典的ドラマツルギーをなぞったものでもあった。」(『ルパン三世 カリオストロの城』の項)

[3] 金水敏(2017)「言語――日本語から見たマンガ・アニメ」(山田奨治 編著『マンガ・アニメで論文・レポートを書く――「好き」を学問にする方法』pp. 239-262、ミネルヴァ書房).

[4] 金水敏「「国性爺合戦」は「スター・ウォーズ」か?」(『文楽かんげき日誌』2016年 初春文楽公演 https://www.ntj.jac.go.jp/bunraku/diary/27/diary113.html

 

 

金水 敏(きんすい さとし)

 1956年生まれ。博士(文学)。大阪大学大学院文学研究科教授。大阪女子大学文芸学部講師、神戸大学文学部助教授等を経て、2001年より現職。主な専門は日本語文法の歴史および役割語(言語のステレオタイプ)の研究。主な編著書として、『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店、2003)、『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房、2006)、『役割語研究の地平』(くろしお出版、2007)、『役割語研究の展開』(くろしお出版、2011)、『ドラマ方言の新しい関係―『カーネーション』から『八重の桜』、そして『あまちゃん』へ―』(田中ゆかり・岡室美奈子と共編、笠間書院、2014)、『コレモ日本語アルカ?―異人のことばが生まれるとき―』(岩波書店、2014)、『〈役割語〉小辞典』(研究社、2014)などがある。

 

 

 


 

 

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