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研究社 WEB マガジン Lingua リンガ

 

第10回 キャラクターと役割語で読み解くフィクション(1)

 

 「ヒーローズ・ジャーニー」 

石橋博士:わしが石橋博士じゃ。

ワリ子:博士、久しぶりですね。


画:武内一巴

:うむ。ファンの諸君にはご無沙汰をしておった。今日は、役割語やキャラクターが、どのようにフィクションの構造と関わるかという点について話したい。

ワリ子:ついにジブリや村上春樹のお話がうかがえるのですね。

:まあそうじゃな。まず、「ヒーローズ・ジャーニー」(英雄の旅)について話しておこう。クリストファー・ボグラーという、ハリウッド映画のシナリオのアナリストがいて、この人が書いた The Writer's Journey という本がひところ評判になった。日本語訳も出ておるし、大塚英志氏(2003, 2009)や内田康氏(2016)も著作の中で紹介しておられる。金水教授の書いた、『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』第二章でもこの本のヒーローズ・ジャーニーを援用しておるぞ。

ワリ子:どんなことが書いてあるんですか。

:ジョゼフ・キャンベルという世界的に有名な神話学者の『千の顔をもつ英雄』という著作を下敷きにし、そこにユングやフロイトなどの心理学者の学説を援用したアーキタイプ(原型)の考え方を盛り込んだものじゃ。キャンベル氏によれば、世界の神話や伝説にはかなり共通したパターンがあって、そのエッセンスを取り出したのが「ヒーローズ・ジャーニー」ということになる。ボグラー氏は、そのヒーローズ・ジャーニーを映画シナリオに応用しやすい形に仕立て直したんじゃな。

ワリ子:ヒーローズ・ジャーニーということは、英雄が旅行をするの?

:旅行というか、旅というのはいわば象徴的な表現であって、実際に冒険の旅をすることもあれば、一歩ももとの場所を離れない場合だってある。重要なのは、旅によってたとえられる主人公(英雄)の成長・成熟がテーマであり、また王国(家族)の喪失・崩壊・離別から王国(家族)の復興・創出への物語を通して、さまざまな人生のステップが語られるのじゃ。だから、ここで言うヒーローは、いわゆる万能の英雄などではなく、むしろ成長の余地を残した未完成の人格であり、映画の観客や小説の読み手は、ヒーローに自己同一化をして物語の中を旅していくのじゃ。ボグラー氏が示すヒーローズ・ジャーニーの階梯を以下に示そう(岡田・講元版の訳語を添えておく)。

 

ヒーローズ・ジャーニー・モデル
 1. Ordinary World 《日常の世界》
 2. Call to Adventure 《冒険への誘い》
 3. Refusal of the Call 《冒険への拒絶》
 4. Meeting with the Mentor 《賢者》
 5. Crossing the First Threshold 《第一関門》
 6. Tests, Allies, Enemies 《試練、仲間、敵対者》
 7. Approach to the Inmost Cave 《最も危険な場所への接近》
 8. Ordeal 《最大の試練》
 9. Reward 《報酬》
10. The Road Back 《帰路》
11. Resurrection 《復活》
12. Return with the Elixir 《宝を持っての帰還》

 

:伝統的な三幕構成では、《第一関門》の前までが第1幕、《報酬》から《帰路》の辺りまでが第2幕、それ以降が第3幕となり、いわば「序破急」の構成をなす。またボグラー氏は、《最も危険な場所への接近》から《帰路》までを「危機」、《復活》から《宝を持っての帰還》までを「クライマックス」としている。そこで、《第一関門》までを第1部、そこから《最も危険な場所への接近》までを第2部、それ以降、《帰路》までの「危機」を第3部、そのあとの「クライマックス」を第4部とし、「起承転結」の構成と捉えることもできるな。

ワリ子:ファンタジーものとか、ロールプレイングゲームとか、この図式にぴったり当てはまりますね。「桃太郎」なんかも大きく見ればここに入ってくる。

:そう、ファンタジーや昔話はこの構造が見やすいが、実は映画『パルプ・フィクション』(ジョン・トラボルタ/ブルース・ウィリス主演、クエンティン・タランティーノ監督、ミラマックス、1994年) や『フル・モンティ』(ロバート・カーライル主演、ピーター・カッタネオ監督、フォックス・サーチライト、1997年)のようなリアルな現代ドラマや映画『タイタニック』(レオナルド・ディカプリオ/ケイト・ウィンスレット主演、ジェームズ・キャメロン監督、パラマウント映画、1997年)のような恋愛ドラマでもこの図式で説明できることを示したのが、ボグラー氏の著作の面白いところじゃ。逆に言えば、この図式に当てはまるものはわかりやすく、大衆的な支持を得やすいということもできるな。

ワリ子:そうは言っても、うまくはまらない作品もありますよね。

:むろん、それはある。作品の規模に依存するところもあって、短編作品ではこの構造を作るのは難しいが、長いものは何らかの構造に頼って、見る側に物語の展開に期待感を持たせないと、興味を惹きつけておくのが難しいということもある。わかりやすいのは「ドラえもん」シリーズじゃ。テレビ・シリーズは短編の羅列なので、「《動機付け》→《ドラえもんによる発明品提示》→《発明品を使って一時的に成功》→《結局、調子に乗って失敗》」というワンパターンを延々と繰り返していればよいが、劇場版長編アニメになると、断然、のび太君やその仲間たちの成長物語となって、キャラクターまで変わってくるじゃろう。

 

「映画ドラえもん のび太の月面探査記」予告1
【2019年3月1日(金)公開】(DoraemonTheMovie)

 

ワリ子:ほんとだ!

:あと、クライマックスから大団円と見せかけてバッドエンドに持ち込んだり、構造をまったく作らないアバンギャルドな作風にまとめたりと、実際のフィクション作品にはさまざまなパターンが見られる。しかし、よく見るとヒーローズ・ジャーニーを部分的に援用していたり、大きく見れば枠組みが共通していたりと、この図式はやはり強力なものがあるな。同様の構造論としては、芦刈・飯富(2008)などもあって、ハリウッド映画を中心とする大衆映画作品では、かなり共有知識になっていると言える。

 

 アーキタイプについて 

ワリ子:さっき言ってた、アーキタイプって何ですか。

:物語の構造の中でキャラクターが果たす役割を、抽象化して整理した類型じゃ。ボグラー氏が提示しているのは、〈ヒーロー〉〈メンター〉〈トリックスター〉〈同調者〉〈変貌者〉〈門番〉〈敵〉〈影〉[注] などとなっておる。〈ヒーロー〉は言うまでもなく主人公だが、読者や視聴者が最も強く自己同一化を行う対象であり、その分、内面描写もそれなりに多くなる。〈メンター〉は賢者、師匠、老師、マスター、先生などとして現れ、〈ヒーロー〉に進むべき正しい道を教え、生き方について心得を説き、危機を乗り切る知恵を授ける存在じゃ。老人として現れることが多いが、東洋人や黒人など、西洋人から見た〈異人〉の姿をしていることも多い。時に不思議な力や秘密兵器などを主人公に授けることもする。物語の中では、冒険への旅立ちに躊躇する〈ヒーロー〉を勇気づけ、出発しなければならない道理を説く働きをすることが多い。金水教授が田中ゆかり教授との対談(『研究社 Web マガジン Lingua』「Web 版! 読み解き方言キャラ」第9回)でも、触れておるところじゃ。

ワリ子:『スター・ウォーズ エピソード 4』のオビ=ワン・ケノービとか、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのガンダルフとか!

:そうじゃな。〈トリックスター〉は、失敗したりおどけたりして周囲を和ませ、時に困らせ、硬直した精神を和らげたり変化の必要性を知らせたりする役柄じゃ。道化役、ムードメーカーと言えばわかるじゃろうか。〈同調者〉は〈ヒーロー〉を助ける仲間、相棒であり、〈変貌者〉は敵なのか味方なのかつかみにくく、その真意を容易にわからせない存在で、二面性があったりもする。〈ヒーロー〉にとって異性の心惹かれる存在であることもある。

ワリ子:〈敵〉はわかるけど、〈影〉って何でしょう? ユング心理学と関係がある?

:ユング心理学の影響を受けた概念じゃが、フロイト的な一面も持っておる。敵のボスキャラであり、〈ヒーロー〉にとっては憎悪の対象ともなるわけじゃが、それは実は自分の親的な存在であったりもする。「スター・ウォーズ」シリーズの、“フォース”のダークサイドとはまさしくユング的な〈影〉だが、主人公のルーク・スカイウォーカーを苦しめるボスキャラ、ダース・ベイダーも〈影〉であり、それがルークの父であったりするところはフロイト的と言ってよいじゃろう。

ワリ子:だいぶイメージがつかめてきました! でも、アーキタイプはこれだけで足りるんですかね。あと、一人のキャラクターが複数のアーキタイプを兼ねていたり、途中で変わったりすることはあるんですか。

:うむ、分類すべきアーキタイプの種類がこれで十分かと言われれば、必ずしもそうとは言えないかもしれない。また、まったく別の観点からのアーキタイプの立て方もあり得る(後に紹介する)。物語の展開によってアーキタイプが変わってくることも、あり得るとボグラーも書いておるよ。

 

 発話から見たキャラクターの分類 

ワリ子:今まで見てきたアーキタイプは、役割語とはどんな関係を持つんですか?

:そう、そこが一番肝心じゃな。金水教授は、アーキタイプを発話の面から3つのクラスに分けた。クラス1は〈ヒーロー〉すなわち主人公または主人公クラスのキャラクターで、言語的には、標準語を話すことが最も多い(これを役割語セオリーと言う)。それは、読者や視聴者にとって、一番接近しやすく、自己同一化しやすいという条件から来る制約じゃ。むろんこれには例外も多々あるが、その場合は主人公が話すスピーチスタイルに読者や視聴者が同調するという手間が必要になってくる。

ワリ子:『NARUTO―ナルト』の主人公うずまきナルトの「〜だってばよ」とかもそれに当たりますかね。

 

劇場版 NARUTO-ナルト―大興奮!みかづき島のアニマル騒動だってばよ - Trailer
(TV TOKYO Corporation)

 

:主人公が特徴的な話し方を頻繁に繰り返すことで受け手が同調し、その結果その話し方が流行語になる、というパターンはよくあることじゃ。特に方言ドラマにはこのパターンがしばしば発生する。

 クラス2は、〈メンター〉〈影〉〈変貌者〉〈トリックスター〉など、個性が強く、〈ヒーロー〉に良くも悪くも強い影響を与えるキャラクターが含まれる。言語的には、標準語やステレオタイプな役割語も用いられるが、独自のスタイル(キャラクター言語)で読者に強い印象を与える工夫がなされることも多い。

 クラス3は、いわば“その他大勢”のモブキャラということになる。「村人A」「レストランのウェイトレスB」などといった、名前も付けられていないようなその場限りのキャラクターを典型とする。言語的には、標準語も含め、できるだけシーンの中で目立たないスタイルを選ぶということが重要で、そういう意味では最もステレオタイプな役割語を用いるのはこのクラスであるということもできる。

ワリ子:よくわかったけど、分類に迷うような場合もありそうですね。

:そうじゃな、クラス1〜3がきっちり分類可能であるという理論的要請も逆にないので、場合によってクラス1.5とか、2.5とかいった中間的なキャラクターが出てくる可能性は十分ある。

ワリ子:道具立てが一通りそろったところで、具体的な作品分析に入りましょう! というところで、続きは次回ですねえ。

:うむ、今回はこれまでじゃ。

 

いよいよ次は、作品分析じゃ

(by 石橋博士)

 

 

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〈注〉

それぞれのアーキタイプについて、原文の名称と、岡田・講元訳本の訳語を付けておく。
ヒーロー …… Hero/英雄
メンター …… Mentor/賢者
トリックスター …… Trickster/いたずら者
同調者 …… Allies/仲間
変貌者 …… Shapeshifter/変化する者
門番 …… Threshold Guardian/門番
敵 …… Enemies/敵対者
影 …… Shadow/影、悪者

 

〈参考文献〉

芦刈いづみ・飯富崇生(2008) 『時計じかけのハリウッド映画――脚本に隠された黄金法則を探る』(角川 SSC 新書)角川 SS コミュニケーションズ.
内田 康(2016)『村上春樹論――神話と物語の構造』瑞蘭國際.
大塚英志(2003)『キャラクター小説の作り方』(講談社現代新書)講談社.
大塚英志(2009)『物語論で読む村上春樹と宮崎駿――構造しかない日本』(角川新書)、KADOKAWA.
キャンベル、ジョーゼフ 著/倉田真木・斎藤静代・関根光宏 訳(2015)『千の顔をもつ英雄(新訳版)』(上・下)(早川文庫 NF)早川書房.
金水 敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店.
ボグラー、C. 著/岡田 勲 監訳/講元美香 訳(2002)『神話の法則――ライターズ・ジャーニー』ストーリーアーツ&サイエンス研究所.
山田奨治(編著)(2017)『マンガ・アニメで論文・レポートを書く――「好き」を学問にする方法』ミネルヴァ書房(金水担当は第11章「言語――日本語から見たマンガ・アニメ」pp. 239-262).
Vogler, C.(1998) The Writer's Journey, Studio City: Michael Wiese Productions.

 

 

金水 敏(きんすい さとし)

 1956年生まれ。博士(文学)。大阪大学大学院文学研究科教授。大阪女子大学文芸学部講師、神戸大学文学部助教授等を経て、2001年より現職。主な専門は日本語文法の歴史および役割語(言語のステレオタイプ)の研究。主な編著書として、『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店、2003)、『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房、2006)、『役割語研究の地平』(くろしお出版、2007)、『役割語研究の展開』(くろしお出版、2011)、『ドラマ方言の新しい関係―『カーネーション』から『八重の桜』、そして『あまちゃん』へ―』(田中ゆかり・岡室美奈子と共編、笠間書院、2014)、『コレモ日本語アルカ?―異人のことばが生まれるとき―』(岩波書店、2014)、『〈役割語〉小辞典』(研究社、2014)などがある。

 

 

 


 

 

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