Fortune Favors the Bold
ラテン語由来の言葉として、こちらも有名な言葉になっています。たとえば英語圏で書かれた、Fortune Favors the Bold: What We Must Do to Build a New and Lasting Global Prosperity という本(Lester Thurow 著)はグローバリゼーションの中で国を経済的に繁栄させることについて書いたもので、これは大変なベストセラーになりました。ちなみに和訳本のタイトルは『知識資本主義』(ダイヤモンド社)となっており、ことわざの面影は見られなくなっています。 また日本においても、『幸運は大胆な人が好き――私らしい夢の見つけ方・育て方 FORTUNE FAVORS THE BOLD』(KADOKAWA)というタイトルの、YouTube クリエイター miku/未来によるエッセイ集が売れています。 他にも、東京ディズニーシーにあるマクダック・デパートメントストアというグッズショップや、東京ディズニーランドにあるキャンプ・ウッドチャック・キッチンというレストランではラテン語で FORTUNA FAVET FORTIBUS 「運は勇敢な者たちに味方する」という文が見られます(うまく頭韻が使われています)。このフレーズは、ドナルドダックの伯父であるスクルージ・マクダックのモットーでもあります。 海を越えてパリのディズニーランド・パークを見てみましょう。そこには、以前存在した Explorer’s Club というレストランに AUDENTES FORTUNA JUVAT 「運は大胆な者たちを助ける」という文がありました。 このように、似たような意味のラテン語が数々見られるのですが、この元は何なのでしょうか?
ラテン文学での登場例
たとえば、ラテン文学の金字塔と呼ばれている、ウェルギリウスが書いたローマ建国叙事詩『アエネーイス』には Audentes fortuna juvat という、先ほど出てきたフレーズがあります。こちらは主人公アエネーアースの敵トゥルヌスが、アエネーアースをリーダーとする勢力と戦う際に、自身の仲間たちに向けて言った言葉です。 加えて言うと、同様の趣旨のフレーズは『アエネーイス』が初出ではありません。それよりも100年以上前に、喜劇作家テレンティウスによる『ポルミオー』という劇の中で Fortes fortuna adjuvat 「運は勇敢な者たちを助ける」という文が登場しているのです。 個々の単語の解説は、以下の通りです。
fortis という形容詞は、音楽記号のフォルテ「強く」の語源になっています。ちなみに、このフレーズにおいての fortes は形容詞を名詞化して、「勇敢な人たち」という意味になっています。さらに、fortis は英語の fortify「強化する」や fort「砦」の語源でもあります。fortuna は、英語の fortune「運」の語源です。adjuvo は英語の adjuvant「補助薬」の語源です。adjuvo は juvo「助ける、喜ばせる」の派生語で、juvo は英語 jovial「根が明るい」や jocund「陽気な」の語源になっています。
父親の前でびくびくするな
さて、このフレーズは『ポルミオー』という劇においてどの場面で使われたものでしょうか? この文が出てくるゲタという奴隷の台詞の全体は、以下になります。 ergo istaec quom ita sunt, Antipho, tanto magis te advigilare aequomst. fortis fortuna adiuvat ですから、アンティポーさん、こうなった以上、それだけいっそう用心するのがいいですよ。運は勇敢な者を助けます(ここでは fortis で複数対格) ここでいうアンティポーは絶望しており、ゲタはアンティポーを元気づけるために以上のことを言ったのです。というのもアンティポーは父親の留守中に、父親に内緒で一目惚れした女性と結婚をしたからです(ちなみに劇中でゲタは、「アンティポーが持参金も用意できず生まれも卑しい人と結婚するなど、父親が許すはずがない」と考えています)。帰ってきたらどんな怒りがまっているかびくびくしながら過ごしていましたが、とうとう父親がそろそろ戻ってくる(港に着いた)という知らせを受けて、絶望しているのです。そこでゲタはアンティポーがびくびくするのをやめさせようと、「運は勇敢な者を助けるものですよ」と言ったのです。現在、「運は勇敢な者に味方する」という意味のフレーズは一般的に「勇気を出して行動しよう」という意味合いで使われますが、その起源を探っていくとこのように、厳しい父親を恐れる喜劇の登場人物が出てくるのです。なんとも意外で面白い発見だと思います。 こちらの喜劇の全体の話を知りたい方は、『ポルミオー』の和訳が収録されている『ローマ喜劇集 5』(京都大学学術出版会)をぜひ読んでみてください。
〈参照文献〉
Barsby, John. (2001). TERENCE, Phormio. The Mother-in-Law. The Brothers. Harvard University Press.
テレンティウス「ポルミオ」高橋宏幸訳『ローマ喜劇集 5』(西洋古典叢書)木村健治他訳(京都大学学術出版会、2002)。
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