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読んで味わう ドイツ語文法

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発音を少しずつ…(その1 母音編)

 Wien und der Wein ウィーンとワインよ
     ヴィーン    ウント     デア      ヴァイン
(映画『会議は踊る』より)  

 今回はドイツ語の母音の発音をチェックしましょう。

 ドイツ語の発音は、英語に比べると格段に規則的ですし、日本語式の発音でかまわない音が多いのです。厳密に言えば、ドイツ語と日本語で音がずれている場合も当然あります。でも考えてみてください。外国の方がその国のなまりで日本語を話しても、たいてい問題なく理解できます。ヘンな発音だったとしても、私たち日本語話者のほうで文脈などから補正して意味を汲みとっています。それと同じで、私たち日本人がドイツ語の L と R の音を区別できぬまま発音したとしても、たいていの場合は意味を汲みとってもらえるのです。

 なので、初級のうちは開き直って、完璧でなくてもいいや、だんだんに直そう、くらいのつもりでやってみましょう。

1. 母音で注意が必要なもの

 a/e/i/o/u は、ほぼ日本語の「アエイオウ」のつもりでかまいません。厳密には、e は日本語の「エ」よりも唇の両脇を引っ張る感じで、ちょっと「イ」に近い音です。o と u では、口を丸めることを意識するとよりドイツ語らしくなります。

Im Anfang war die Tat. はじめに行為ありき。
イム ンファング ヴァール ディ ート

 文法は考えずに、音だけに注意を向けてください。a の音が見事に続いていますね。素直に真っ直ぐに「アー」の音です。英語みたいに音がねじれたり(?)しません。

 これは、ゲーテの『ファウスト(Faust)』で、主人公のファウストが聖書をドイツ語訳しようとする場面です。「言葉」や「論理」を意味する言葉であるギリシア語の logos を、ファウストは「行為」と訳します。悪魔と契約して世界に出ていこうとするファウストらしい意訳(誤訳?)と言えるでしょう。

 i の音が続く文としては、有名な早口言葉があります。

Fischers Fritz fischt frische Fische, 漁師のフリッツが新鮮な魚を捕る
フィシャース フツ フィシュト リシェ フィシェ
Frische Fische fischt Fischers Fritz. 新鮮な魚を捕るのは漁師のフリッツ
シェ フィシェ フィシュト フィシャース フ

 オーストリアの詩人エルンスト・ヤンドル(Ernst Jandl: 1925-2000年)は、音で遊ぶ面白い詩をたくさん書いています。その „Ottos Mops“ は「オットーさんのパグ犬」を歌った詩で、以下は全14行のうちの冒頭3行です。ヤンドルは名詞も小文字書きしています。

ottos mops trotzt オットーさんのパグが逆らう
トース プス トツト
otto: fort mops fort オットーさん「行ってしまえ、パグ、行ってしまえ」
トー フォァト プス フォァト
ottos mops hopst fort オットーさんのパグはピョコピョコ行ってしまう
トース プス プスト フォァト

この後も、母音は o の音だけで詩を作っています。最後の3行、犬が戻ってきた嬉しい場面ではこうなります。

ottos mops kommt   オットーさんのパグが来る
 トース プス ムト  
ottos mops kotzt オットーさんのパグがへどを吐く
トース プス ツト  
otto: ogottogott オットーさん「ああなんてこったい」
トー オトオ  

最後の語は、本来は „O Gott, o Gott!“「ああ神よ、ああ神よ」が直訳の表現ですが、「ああひどい!」くらいの意味です。興味がある方はぜひこちらのページで、ヤンドル本人の朗読をお聴きください。

2. ウムラウト

 次はドイツ語らしいウムラウト記号がついた3つの母音です。ウムラウトとは「変音」を意味していて、例えば ä は a の音に似ている別の音とお考えください。まず ä「アー・ウムラウト」。

ä Bäcker パン屋 Käse チーズ
カー ーゼ

この母音は短い音の場合には e と発音が同じです。なので、Bäcker と Becker(こちらは主に人名で、例えばかつてテニスのトッププレーヤーとして活躍し、現在はジョコヴィッチのコーチをしているドイツの Boris Becker [ボリス ベカー]の姓です)は同じ発音です。

 長音では、日本語でびっくりしたときの「え〜!」という音と同じだと思ってください。e が口を左右に開いての「エ」の音だとすれば、ä は口が上下に開いて出る「エ」の音です。

 ö「オー・ウムラウト」は、口を o のかたちで丸めて、そのままの口のかたちで「エー」と発音します。「オ」と「エ」が混じったような音になればOKです。二日酔いのときに胃袋から来る「おえっ」という感じを一気に発音してみてください(?!)。昔はこう言って教えられたのですが、最近の大学は未成年の飲酒に厳しいので、使えない教え方になってしまいました…。

ö Köln ケルン Möros メロス
ルン ーロース

 2つめの例の「メロス」、皆さんは太宰治の「走れメロス」をご存じですね。この作品は、ドイツの詩人シラー(Schiller)の物語詩「人質(Die Bürgschaft)」をもとにしています。もとは古代ギリシアの話なのですが、ドイツ語ではメロスはウムラウトを使って綴ります。なので、これから皆さんは「走れMöros」と正しく発音しましょう(?!)。

 また、ドイツの作家としてもっとも知られているゲーテ(Goethe)の oe も、実は ö の発音です。この発音が日本人には難しいために、「ギョエテとはオレのことかとゲーテ云い」といった川柳が出来たほどでした。実際、『ファウスト』をはじめとしてゲーテの作品をいくつも翻訳している森鷗外は、Goethe のことを「ギヨオテ」と書いています。ほかにも「ゴーセー」など、30以上の表記が見られるそうです。

 ü「ウー・ウムラウト」は、u のかたちに口をすぼめるように丸くした口で「イー」と発音します。日本語の「ユ」を丸めた口で発音する感じでどうぞ。

ü München ミュンヘン üben 練習する
ミュンヒェン ーベン

3. 複母音

 次は複母音をチェックしましょう。複母音とは、2つの母音が連続することによって、発音が変化した音のことです。

au Haus Maus ネズミ
アオ オス オス
ei eins Wein ワイン
アイ インス ヴァイン
ie Liebe Wien ウィーン
イー ーベ ヴィーン
eu/äu Freude 喜び träumen 夢を見る
オイ イデ イメン

 ドイツ語の w は「ヴ」の音で、これで冒頭の文の „Wien und der Wein“ [ヴィーン ウント デァ ヴァイン]が正しく発音できるわけです。

 これは、戦前のドイツ映画黄金期に作られた『会議は踊る(Der Kongress tanzt)』(1931年)の挿入歌のひとつ、「新しい酒の歌(Das muss ein Stück vom Himmel sein, Wien und der Wein... )」の歌詞から取ったものです。オリジナルの意味は、「それは天国の一部に違いない、ウィーンとワインよ」です。映画の背景は、1814年から15年までナポレオン戦争後のヨーロッパについて話し合うべく開かれたウィーン会議です。リーニュ侯シャルル=ジョゼフがフランス代表のタレイラン宛の書簡に書いた有名な言葉、「会議は踊る、されど進まず」からタイトルが取られました。会議に来たロシア皇帝がお忍びで街に出てウィーンの乙女と恋に落ちるというストーリーで、その二人がウィーンの居酒屋で聞き、かつ一緒に歌うのがこの曲です。今はYouTubeで、日本語の対訳つきでこの場面を見ることができます。


 最後に、「母音 + h」の h は発音せずに、母音を長く発音する記号だと考えてください。

母音 + h Brahms ブラームス Mahler マーラー
ームス ーラー

 ブラームスもマーラーも、19世紀末を代表する作曲家ですね。



まとめ

 ドイツ語の母音は、基本的に素直にまっすぐ、お腹の底から出すつもりで発音しましょう。


ドイツ文化ひとこと

 『会議は踊る』は、1931年のドイツ映画です。制作会社は戦前のドイツ映画界を代表するUFA(ウーファー:ウニヴェルザール映画株式会社)。監督はエリク・シャレル、主演はヴィリー・フリッチュ(ロシア皇帝役)とリリアン・ハーヴェイ(町娘クリステル役)。彼らの共演した映画は10本を超え、「夢のカップル」と称されていました。

リリアン・ハーヴェイ
▲リリアン・ハーヴェイ

 ドイツのトーキー映画はすでに1920年代末から制作され、例えばマレーネ・ディートリヒ主演の『嘆きの天使(Der blaue Engel)』(1930年)もトーキーでした。しかし本格的なミュージカル映画としては初めてであり、かつカメラを移動させての撮影やモンタージュ手法の活用など、画期的な作品でもありました。戦前ドイツ映画の黄金期を代表する作品のひとつです。



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矢羽々 崇(やはば・たかし) ■ 執筆者プロフィール

1962年岩手県盛岡市生まれ。ミュンヘン大学マギスター(修士)、上智大学博士(文学)取得。獨協大学外国語学部ドイツ語学科教授。専門は近現代ドイツ文学(主に叙情詩)。著書は、『「歓喜に寄せて」の物語――シラーの詩とベートーヴェンの「第九」』(2007年)ほか多数。2000~2002年度および2007年度に「ラジオドイツ語講座」講師、2008~2010年度「テレビでドイツ語」講師を担当。






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