英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史 コンパニオン・サイト

第11回 なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)

1 日本語と英語の語順の違い

みなさんは,英語を学習し始めたとき,英語の何に違和感を感じていましたか.英語は多くの点で日本語と異なるタイプの言語ですから,違和感は多種多様だったはずです.文字や発音への戸惑いから始まって,語彙や文法に至るまで,あらゆる点が不思議だったのではないでしょうか.

筆者の場合,特に違和感を感じたのは英語の語順でした.なぜ「私は英語を学びます」が *I English study. ではなく I study English. なのだろうか,なぜ「野球をしましょう」が *Baseball play let’s. ではなく,Let’s play baseball. なのだろうかと.なぜ日本語のような主語 (S)+目的語 (O)+動詞 (V)という語順にはならずに,SVOという語順になるのだろうかと.この違いは両言語の世界観の違いであり,日本語と英語の母語話者の思考回路が根本的に異なることを表わしているのではないかとまで考えていました.それくらい日本語と英語の語順の違いが印象的だったのだと思います.

しかし,よく考えてみれば日本語でも,I study English. と同じ要素の並び順で「私は学びます,英語を」と言うことは許されますし,「英語を,私は学びます」でも「英語を学びます,私は」でも通用します.場合によっては「学びます,私は英語を」すら可能です.それぞれどの要素に力点を置くかという点でニュアンスは異なりますが,命題の内容は同一です.一方,英語では特殊な文脈で English I study. が許容されるのを別とすれば,I study English. 以外の語順は原則として不可能です.英語は日本語と比較して,(1) 基本的な語順が異なる上に,(2) 語順の自由度が低いという特徴があるのです.

この2つの特徴について,2回にわたり言語類型論と英語史の観点から考察していきます.前編となる今回は,世界の諸言語にみられる語順のヴァリエーションを概観した上で,古英語 (700-1100年)の文法を紹介します.関連する話題は,拙著の4.4「なぜ *I you love ではなく I love you なのか?――語順の固定化(2)」でも取り上げましたが,本連載記事ではさらく深くこの問題に切り込んでいきます.

なお,一口に語順といっても,I study English. にみられるようなS, V, Oの3要素間の関係のみならず,形容詞と名詞の関係,副詞と形容詞の関係,人名における姓と名の関係など様々なタイプの語順があります.以下では,議論を単純化するために原則としてS, V, Oの3要素の語順に焦点を絞って議論していきます.

2 世界の言語の基本語準

拙著の4.4.1「世界の言語の基本語順」でも触れましたが,言語には「基本語順」なるものがあります.前節でみたように,S, V, Oの3要素に関して日本語では語順が比較的自由ではありますが,特殊な文脈でないかぎり「私は英語を学びます」のようなSOVが最も自然に感じられます.これを,日本語の基本語順と呼びます.幾通りかの語順が可能であったとしても,デフォルトの語順は決まっていることが多いのです(ただし,必ずしもこのような傾向を示さない言語もあります).英語では言うまでもなくSVOが基本語順となります.

世界の諸言語を見渡して言語学的な共通点と相違点を探る言語類型論という分野があります.その知見によると,S, V, Oの3要素の語順に関して,論理的に可能な6つの組み合わせのすべてが何らかの言語に見いだされます(筆者は初めてこの事実を知ったとき,言語の多様性と人間の言語能力の柔軟性に驚嘆しました).以下にそれぞれの代表的な言語を挙げましょう.


世界の言語の基本語順

意外に思われるかもしれませんが,世界の言語のなかで最も多く採用されている基本語順は日本語型のSOVであり,英語型のSVOは2番目とされます.みなさんの多くは,英語をはじめとしてヨーロッパの主要な言語,および中国語などがいずれもSVOの基本語順を示すために,日本語型のSOVは少数派に違いないと思っていたのではないでしょうか.調査対象となる言語の種類と数によって統計結果に差はあるとはいえ,控えめにいってもSOVはSVOと同程度の割合でトップを走っているといってよく,まったく少数派などではないのです.

世界の言語のなかで,SOVとSVOに次いで多いのがVSOです.いきなり動詞で始めるというのは,並々ならぬ決意をもって「学びます,私は英語を」と言っているかのようで,不思議な感覚ではありますが,このタイプの言語は稀ではありません.一方,それ以外のVOS, OSV, OVSの3タイプは合わせてもわずかにすぎず,真の意味での少数派といえます.

多数派を構成する上位3つのタイプ,すなわちSOV, SVO, VSOの共通点は,主語 (S) が目的語 (O) に先立っていることです.どうやら人類言語の語順の傾向として,主語→目的語の順が自然のようです.この3タイプは,上記の共通の基盤に立ちながら,動詞 (V) の位置が,最後なのか,真ん中なのか,最初なのかという違いがあるにすぎません.言語類型論的には,動詞の位置が反対側にあるSOVとVSOは,その他の文法特徴に関しても正反対の方向を示すことが多く,一方SVOはその間にあって両者の中間的・折衷的な文法特徴を示す傾向があるようです.

英語も日本語も,基本語順の類型論という観点からみれば,異なるタイプには属するものの,ともに主流派といってよく,ある意味で平均的で平凡な言語ということになります.筆者がかつて語順の異なる日本語と英語では「思考回路が根本的に異なる」のではないかと考えたのは,近視眼的な比較に基づいた印象論にすぎなかったのかもしれません.このように言語類型論は,視野を広げてくれる頼もしい分野です.

3 古英語の語順

日本語型のSOVと英語型のSVOの違いは,世界ではよく見られる2つのタイプにすぎないことが分かってきました.しかし,実はそれだけでは片付けられない問題もあります.まず,前述のように,日本語では基本語順から逸脱する自由が相当に与えられていますが,英語では事実上SVOで固定です.この自由度の違いは何によるものなのでしょうか.また,歴史的にみた場合,英語も古英語(700-1100年)の段階においては現在よりもずっと語順が自由だったという事実が確認されるのです.多くの英語学習者にとって信じられないことかもしれませんが,現代英語型のSVOのほかに,日本語型のSOVもごく普通に見られましたし,頻度の高低を度外視すればVSOなど他の語順も可能でした.つまるところ,古英語も日本語と同じように語順が比較的自由だったのです.


英語の語順の変化

古英語では語順が比較的自由だったとはいえ,基本語順なるものはあったはずです.後期古英語における頻度からいえば確かにSVOが多く,また後のSVOへの固定化の流れを考えても,すでにその段階でSVOの基本語順がおよそ確立していたとみなすのが妥当でしょう.しかし,古英語よりさらに時代をさかのぼった段階の言語特徴について研究する印欧語比較言語学の知見によると,おおもとの印欧祖語はもとよりゲルマン祖語においても基本語順はSOVだったのではないかという可能性が指摘されています.そうだとすると,古英語の時代までにSVO化が進んでいたけれども,前時代から受け継がれたSOVの名残もいまだ相当に存在していたし,その他の語順ですら可能であったという過渡期的な状況を想定することができそうです.

4 古英語の「屈折」

さて,古英語では語順が比較的自由だったと述べましたが,では,2つの名詞(句)が文中にあったとき,どちらが主語でどちらが目的語なのか,どのように判別していたのでしょうか.

具体的に考えるために,現代英語の The bridegroom loves the bride. 「その花婿はその花嫁を愛する」という文を考えてみましょう.この文の主語が The bridegroom であり,目的語が the brideであると分かるのは,英語では loves という動詞の前のスロットに入る名詞句が主語となり,動詞の後ろのスロットに入る名詞句が目的語となることがあらかじめ決まっているからです.つまり文を構成する要素の位置関係がSVOに「決め打ち」されているからです.したがって,2つの名詞句の位置を入れ替えて The bride loves the bridegroom. とすると,文意も入れ替わり「その花嫁はその花婿を愛する」となります.当たり前の話ですね.

現代英語の語順

ところが,古英語ではSVO固定ではなく,語順は比較的自由だったわけですから,「その花婿はその花嫁を愛する」を意味する文として,The bridegroom loves the bride. のように表現できたことはもちろん,The bride loves the bridegroom. もあり得たわけですし,The bridegroom the bride loves. や Loves the bridegroom the bride. でもよかったことになります.さらに,「その花嫁はその花婿を愛する」という反対の意味の文さえ,上記のいずれの語順によっても表現され得るということにもなります.これでは,どちらがどちらを愛するのか分からなくなってしまい,コミュニケーション上問題が生じそうです.通常,発話においては文脈の支えがあるために,誤解の危険はそれほど頻繁に生じるものではありませんが,言語体系としてある種の問題を抱えていると言わざるを得ません.

しかし,実際上,古英語ではこのような心配はほとんど無用でした.というのは,語順とは別に,どちらが主語でどちらが目的語かという文法関係(これを「格」と呼びます)を示す手段が別に用意されていたからです.「屈折」 (inflection) と呼ばれる手段です.屈折とは,名詞,代名詞,形容詞,冠詞,動詞などが,文中での文法的役割に応じて語形(特に語尾)を変化させることです.射し込む光が対象に応じて様々に屈折するように,語尾が文法的役割に応じて様々に折れ曲がる,というイメージです.日本語でいえば,動詞や形容詞の「活用」に近いものと想像してください.

現代英語の The bridegroom loves the bride. を古英語の文になおすと,Se brȳdguma lufaþ þā brȳd. となります.ここで,Se と brȳdguma は,それぞれ “the”, “bridegroom” を表わす語が「(男性単数)主格」に屈折した形となっており,この2語がこの屈折形で組み合わさった名詞句 Se brȳdguma が,男性・単数であり,そして何よりもこの文の主語であることが明確に示されています.第3語の lufaþ は “love” を意味する動詞を3単現に屈折した形です(〈þ〉は現代英語の〈th〉に相当する文字です).そして,最後の þā brȳd は,それぞれ “the”, “bride” を表わす語が「(女性単数)対格」(目的格のことを古英語文法では対格と呼びます)に屈折した形となっており,この2語からなる名詞句が,女性・単数であり,そして何よりもこの文の目的語であることが明確に示されています.名詞や冠詞を屈折させ,語形そのものに変化を加えることで,主語であるか目的語であるかが明示されているのです.

上の古英語文の語順を入れ替えて,Þā brȳd lufaþ se brȳdguma. としても文意は変わりませんし,Se brȳdguma þā brȳd lufaþ. や Lufaþ se brȳdguma þā brȳd. でも,さらに別の語順でも文意は変わりません.冠詞と名詞は常にセットでなければなりませんが,それさえ保持されれば,文中での位置にかかわらず se brȳdguma が主語であり,þā brȳd が目的語であるという事実は変わりません.

古英語の語順

では,文意を逆転させて「その花嫁はその花婿を愛する」としたい場合には,どうすればよいのでしょうか.その場合には,「その花嫁」を主格の形に屈折させて sēo brȳd とし,「その花婿」を対格の形に屈折させて þone brȳdguman とすればよいのです.すなわち,Sēo brȳd lufaþ þone brȳdguman. となります.冠詞と名詞に関して,先の場合と語形が異なることに注意してください(brȳd については屈折形がたまたま同一ですが).もちろん,その語順を入れ替えて Þone brȳdguman lufaþ sēo brȳd. でも Sēo brȳd þone brȳdguman lufaþ. でも Lufaþ sēo brȳd þone brȳdguman. でも,その他の語順でも可能です.

このように,古英語は屈折という手段が発達していたため,語順という手段に訴えかけずとも格を示すことができました.もちろん,屈折を利用するためには,冠詞や名詞などの複雑な屈折表があらかじめ頭に入っていなければなりません(以下を参照).しかし,それさえ押さえていれば,現代英語的な決め打ちされた語順による窮屈さを感じることなく,ある意味で自由で解放的ともいえる言語生活(?)を営むことができたのです.


seの変化表

男性名詞bridegroomの変化表

女性名詞brideの変化表

なお,日本語も比較的語順が自由ですが,それは古英語と同じように,語順とは別に格を表わす手段が用意されているからです.日本語の場合は,「が」「を」などの「格助詞」(なぜ「格」助詞というのかはもうお分かりですね)が発達しているため,文中のどの位置にあっても「〜が」が主語,「〜を」が目的語であると分かります.したがって,日本語と古英語は,本質的に同じ原理に基づいているといえます.ただ,その原理を実現する方法が若干異なるにすぎません.古英語では語ごとに暗記していなければならない複雑な屈折という方法を利用しているのに対して,日本語では数種類の無変化の格助詞を覚えてさえいればよいのです.

5 屈折重視か語順重視か

古英語と日本語が原理としては本質的に同じであり,むしろ現代英語がそれに対置されるという意外な議論に発展してきました.しかし,考えてみれば,現代英語も古英語も日本語も,そして古今東西のあらゆる言語も,格を表わす何らかの手段をもたざるを得ません.かなりの程度は文脈で判断できるとはいえ,言語体系そのものに主語と目的語などを明確に区別する手段が備わっていないと不便だからです.

その手段を大きく2分すれば,語順か屈折となるでしょう(ここでいう屈折とは広義の屈折のことで,古英語の語形変化や日本語の格助詞の使用を含みます).実際には,いずれか一方を用いるというよりは,ウェイトのかけ方に差はあれ両方を用いるのが普通です.現代英語では語順という方法を主として用いますが,屈折という方法も皆無ではありません.例えば,人称代名詞には古英語に由来する屈折がおおむね残存しており,I, he, she, we, they は主格であり,me, him, her, us, them が目的格であることが語形によっても示されます.また,日本語や古英語も,屈折に多く依存するとはいえ,先にみたように基本語順という原理は機能しています.語順と屈折は,格を標示するための手段として,相反する関係ではなく,むしろ互いに補完する関係ととらえたほうがよさそうです.

それでも,2つの手段は相当に異なっているように思えますし,現実の言語ではいずれかにウェイトが偏っていることも事実です.では,どちらが優れた手段と考えられるでしょうか.現代英語のような語順重視型の言語の最大のメリットは,学習が容易であるということです.SVOという型をいったん覚えてしまえば,それでおしまいです.ところが,語順重視型の言語は語順決め打ちになりがちですから,窮屈感を強いられるというデメリットがあります.一方,古英語のような屈折重視型の言語のメリットとデメリットは,上記の裏返しになります.語順が自由という解放感はありますが,複雑な屈折表を暗記するのが大変だということです.いったん学習してしまえば後は楽とも言えますが,まさにそれこそが最大の難関のように思われます.つまり,「先楽後憂」か「先憂後楽」か,いずれを取るかという問題です.


女性名詞brideの変化表

おそらく多くの英語学習者は,現代英語が古英語のような屈折重視型でなくてよかったと安堵しているでしょう(筆者もそうです).しかし,それは第2言語としての学習のしやすさという基準での評価にすぎません.本連載の「第3回 なぜ英語は母音を表記するのが苦手なのか?」の第5節で論じたように,言語はそもそも母語話者たちのために発達してきたものであり,第2言語学習者のために発展してきたわけではありません.このことは少し考えてみれば自明なのですが,私たちは普段英語を第2言語学習の対象としてしかみておらず,母語話者とともに歴史を背負ってきた1つの言語としてみる習慣がないために,意外と盲点となっているように思われます.母語話者は,いかに複雑な屈折表であれ,物心のつかない子供のうちにその言語を完璧に習得してしまいます.そこに格別の「憂い」はないのです.天才的な言語習得能力をもっているすべての人間の子供には,いかなる言語の体系的複雑さも問題なく処理できてしまうので,「先楽」は確定しています.あとは「後楽」か「後憂」となりますが,選べるならば当然「後楽」を取りたくなるのではないでしょうか.

6 設問の通時的なパラフレーズ

語順と屈折のいずれの手段が優れているのかという問題は,適切な問題設定ではなかったようです.第2言語学習者と母語話者とでは,問題に対するスタンスが異なりますし,さらに世界の言語を見渡せば,現実に語順重視の言語もあれば屈折重視の言語もあるわけですから,そこに絶対的な優劣があると考えるのは妥当ではありません.英語は歴史のなかで屈折重視型から語順重視型へと方針を切り替えてきたわけですが,それは必ずしも優れた方向への変化であるとか,その逆であるなどと評価することはできないのです.

では,屈折重視型の古英語が,いつ,どこで,どのように,なぜ語順重視の言語へシフトしていったのでしょうか.ここまでの議論を踏まえると,標題の設問「なぜ英語はSVOの語順なのか?」は,通時的な視点から「なぜ英語は屈折重視型から語順重視型の言語へと切り替わり,その際になぜ基本語順はSVOとされたのか?」とパラフレーズできることになります.この英語史上最大の問題について,次回の後編で考察していきます.


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